実家を立てなおすことにした
箱の中で目を覚まして、私は今日も仕事を始める。
ダンジョンの修理も進めなくちゃいけないが、まず破壊されたゴーレムたちの確認と片付けと。
整備室の別区画の確認もしておこう。
箱から立ち上がりながら、私は自分の体を改めて確認した。
人間の、ちょうど日本での私と同じような年頃の、少女に似せて作られたボディは、ゴーレムというより人形と呼ぶ方がイメージとしては近い。
ここに鏡は無いけれど、『私』が丹精込めて作ったのだろうこの予備ボディを、私も気に入ってる。
だけど悲しいことに、コレ、皇女様にお仕えする儀式にはふさわしくても、力仕事にも戦闘にも向いてないんだよなぁ。
これに私が入ったってことは、他に入れそうなボディが無かったってことでもある。
破壊された中に、多少マシなのが複数あったらリサイクルして、自分の力仕事用にするのも手かもしれない。
私は昨日掬い取った魔石入りバケツ片手に、作業にかかる。
ひとまず、私は一番ゴーレムの残骸の多い地下一階へと向かった。
こうして残骸の内容を改めると、警備型のゴーレムはもちろんのこと、園丁やら生産やらダンジョン整備用やら、ありとあらゆるゴーレムをここに集めて防壁にしたっていうのがわかる。
それが全部おしゃかになってる光景は、一種……こう「あー、徹底しちゃってまぁ」みたいな呟きしか生まれない。
私はバケツを部屋の隅に降ろして、今度は丁寧にゴーレムたちを調べた。
しかし、全体的に石、それもかなり硬い石で作ってるはずなのに、散々なありさまだった。
これは、だめ。頭を潰されてる。
これも、頭。これも頭だ。あ、ひどい両手もダメにされてる。
じっくり見て回るうちに、だんだん、だんだん、「ましなのがあったら自分用に」なんてのが実に甘い見通しだったってことを思い知らされてしまった。
ここまで丁寧にやらなくっていいんじゃない?
どうにか胴体だけが砕けているゴーレムを見つけることができた。
頭だけをやられてるゴーレムならたくさんあるから、だいたい同じ大きさのものがあれば、胴体を取り換えるだけでいい。
共食い整備になっちゃうけど、今はこれしかない。
砕けた胴体をどけると、近くにある無事な胴体の石に手をかける。
「どっこい、しょー!」
あ。
人間の時の癖で力を入れて、入れすぎた。
スーパーの米袋をかつぐような気持ちでいたのに、軽々と胴体の石が持ちあがる。
そうでした……人形みたいな形でも、私もゴーレムでした。
開いたスペースに胴体を降ろすのも滞りなく終わり、私はバケツの中から魔石を一つ取りだした。
これはいわば石の形をした電池。それから基盤みたいなもの。
これから魔力をゴーレム中に張り巡らせて、複数の石をつなぎあわせてゴーレムの形に成立させる。
上手くつながるかな……?
十七年の向こう側から記憶を掘り起こして、私は魔石をゴーレムの額に押し付ける。
私の手の下から、光が膨れ上がる。
光が線を引いて、石と石をつないでいく。
棒人間のような、光の線。
それが一気に太くなって、ゴーレムの体とかっちり重なり合ったかと思うと、その内側へと吸い込まれた。
「起きなさい」
命令に、石をつないだだけのゴーレムが起き出して、立ち上がる。
……ロボットの知識があるから、どうもこう……物足りないなぁ。
とはいえ、問題なく動いただけで今回は成功だ。
私は、ちゃんと、魔法が使える……。
人間として生活するうちに、魔法が使えないことが当然の世界に馴染みすぎた自覚はあったから、使えなくなってる可能性もあったからね。
「横になって、停止」
本当なら、このゴーレムに他に共食い整備できそうな組み合わせを探させたいところなんだけど、そこまで複雑な命令……ロボットなんかでいうところの、認識から確認、運搬までわたるプログラムを組む自信が無い。
もう今日はこれでいい。別の仕事をしよう。
横たわって沈黙した、修理第一号のゴーレムを後ろに、私は整備室の別区画へと向かった。
このダンジョンは地下二階、地上は八階、全部で十階層ある。
一応地下二階は除いたとしても九階層。
中庭と地下二階を守るための壁のようなものだけど、そんな規模の建物を手入れするのに必要な人数を考えれば、その手入れを行う場の規模も大きくなるのは当然。
汚れれば洗うし、その洗浄に使う場も比例して広くなる。
私が次に向かったのは、そんな一角。いうなれば洗浄室とでも呼ぶべきか。
見た目はただのがらんとした空間にしか見えないから、こっちは荒らされた様子はない。
奥には滝状に水が流れ落ちているため池のような場所があり、そこから水を汲んで使う。
水道なんて当然ないから、庭園の小川を流れる水を取水、濾過と浄化されてここに使われることになる。
一階から地下への落差を利用しての水の運用は動力を使わないから、滝は止まることなく流れ続けていたようだった。
排水も濾過と浄化のみだけど、そもここで被る汚れなんてたかが知れてるし、洗剤も使わないから現代日本の水まわりほど難しく考えなくてもいい。
……うん、とりあえず使うのに問題はなさそう。
ここでもう一度ほっとする。
「よし」
でもなぁ……本当にゴーレムの材料どうしよう。
ゴーレムの中身は精密機器じゃなくて、それこそ石の塊と魔石か魔力そのものかと作るための魔法があればいいくらいの単純なもの。
だから材料そのものに問題がなければ、何百年でも稼動できてしまう。
壊される以外で、自然に壊れること自体少ない。
その、上で。
今さっきの共食い整備の方法は、あくまで「壊れた箇所がそれぞれバラバラである」から成り立つ方法。
同じ箇所ばかり壊されていたら、あっという間にリサイクル不可能になってしまう。
そして私は、管理者の設定上、自分で材料を手に入れるために外に出ることができない。
石との交換に使える魔石こそあるけど、そも交換させてくれる人がいないんだよね、今は……。
お金はあっても、店が無い。
んー……修理第一号に、石掘ってこさせる?
粘土の塊でも掘ってくるかもしれないけど、それならそれで粘土のゴーレムを追加でもして……。
そんな風に考えながら歩いていたら、階上から緊迫した声が聞こえた。
「おーい! おーい!」
おや?
私は急いで、地下を出た。
声がしたのは入り口近く。
暗闇を通して見てみれば、犬頭の獣人、コボルトがそこに一人いる。
侵入者とはいえ、入って来たばかりのところで足を止めて、おそるおそる呼びかけている。
私は驚かせないようにしながら、正面へと回った。
もしここが襲われたのを知ってのおこぼれ狙いなら、こんなところで足を止めずに入ってくるはずだ。
それとも、誰かをここに迷い込んだと仮定して探してでもいるのだろうか?
「誰?」
ああそうだ、向こうにも見えるようにしないと。
コボルトは鼻が利くけど私は匂いが無いし、暗闇でも動けるはずだけど、私ほどは見えていないだろう。
私は、そっと懐から取り出した魔石に灯りをともして、浮かべた。
さて、何の用事だろう?
目を丸くしてびっくりしているコボルトを前に、私は友だちをびっくりさせた時の、あのちょっとした楽しさを思い出した。
それはなんだかずいぶんと、久しぶりな気がした。