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奥津城守の帰還  作者: みかか
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保存記録片(個体名:シオリの記録)

1:最初の事から、思い出して書くことにする。

これは、私の個人的記録である。

私は忘れることは無いけれど、それでも残したいと思った。

これは単なるわがままの破片だ。

 変な人間が来た。

物珍しそうに入り口から中を覗き込んでいる。

奥津城を守る者として、乱暴者、墓荒らしは追い返すのが私の仕事だ。

ではそうではない者に対してはどうなのかといえば、どうもしない。

特に何か訴えることがあるというのならば、出もしようが。

だから、呑気に入ってきた男が特に何をするでもなく、このダンジョン内部を歩いているだけという時も、私自身は何もしない。

何かするのは、回遊型警備ゴーレムだけだ。

ところが、その男はゴーレムを器用にかわして前に進んでいた。

どうやらゴーレム同士に行動範囲がある、と見極めたものであるらしい。

ちょうど鉢合わせになるように位置取りしながら進んでいる。

警備型は自分の範囲の外に出ると追わなくなるから、そのようにすればたしかに、理論的には戦闘を避けることは可能だろう。

でもそれはあくまで理論上のものにすぎない。

実際にそんなことができるかといえば、無理に決まっている。

しかし私の目の前で、「そんなこと」は悠々と、いっそ優雅にといえそうな動きで行われていた。

私はダンジョンの壁に身を寄せながら、それを見た。


2:一日かけてじっくりと内部を調べながらも、男はやはり特に何かを破壊することは無かった。

休息のために一度外に出たのを見た。

 私は警戒しながらも、その日も皇女様のための務めを果たした。

だが……それを見られていたらしい。

翌日、気が付いた時には庭園に侵入されていた。

しかしながら、彼はここがどういった場かを賢明にも読み取ったらしい。

庭園を荒らすことも無く、私が到着したときに、彼は皇女様の石碑を前に祈りを捧げていた。

私がするのとは違うかたちではあったけれど、手のひらを合わせて目を閉じる姿は、間違いなく祈りだった。

だから私はその祈りが終わるまで、それを邪魔できなかった。

思えば、皇女様のためにあのように祈る者は久しくいなかった。

 祈りを終えてようやく、彼はこちらに向き直った。

「待っててくれてありがとう。さぁ、決着を付けよう」と、気付いた彼はこちらに告げる。

 そんな風だったからこそ、剣を抜く手を止めさせたのかもしれない。

なぜここに来たのかを問う気になったのかもしれない。

こうして改めて文字にしていても、なんでそうしたかの理由を思い出せずにいる。

もし私が人間であったなら、気まぐれの一言で済んだのかもしれないが。


3:彼はハルカズと名乗った。

ずいぶんと変わった名前だと思ったが、異国の出であるらしかった。

 話している最中に、突然ぼろぼろとハルカズが泣き始めた。

まったく前振りがなかったので、私は行動を止めてしまった。

泣き止むのを待って話しかけてみると、こうして名前をいいかえしてもらえるのも久しぶりとのこと。

人間は、特定の固体を呼ぶために名前があるのではなかったのだろうか?

 彼は他の人間に雇われて、ダンジョンや未踏の地に赴いて調査をしたり、魔物と分類する生物を狩ることを生業としている、というように理解した。

『勇者』とはそういうものと、記憶しておく。

だからこのダンジョンにも、調査の一環で来たのだと。

「でも何もないし、お墓だったしで、迷惑かけただけだった。ごめん」

 素直に謝った言葉を、記録しておく。

私の中の基準の年齢よりも、だいぶん幼いようなしゃべり方をしている。


4:ここがどんなものか、教えてほしい。

そう乞われて、私は彼に歴史を教える教師役となった。

そしてたびたび、ハルカズはここを訪れるようになったのだが、仕事(私からしてみれば、そのような仕事もあるのかと思ったものだが)に支障が出ないのかを尋ねると、その分の仕事はしてから来ているから心配いらないと呑気に笑う。

わからない。


7:ハルカズが本を持ってきた。

自分では読めないからこれも教えてほしいらしい。

この年頃まで字を習い覚えなかったということは責められるべきではないが、仮にも調査を託すような者に、雇い主は教育を与えなかったのだろうか?

本は以前褒美でもらったというが、何かの皮肉で与えられたのではないか?

教えること自体はやぶさかではない。


 ハルカズは文字を知らなかったのではなく、別の文字を知っているだけだった。

妙に知識があると思ったら、そういうことであるらしい。

これが自分たちの使う文字の基本だと、何十個もを書き並べた。

次に同じ意味で同じ音だけれど、使い道が違う文字を同じ数、書き並べた。

表音文字であるとのことだった。

そのほかにも表意文字や別の国の文字、計算に使う文字もあるらしい。

文字の国なのだろうか。

わけがわからない。


8:私が教える傍ら、私の側も教えてもらうことになった。

現在の世界の事を、私は来訪者以外から知ることはできないからだ。

 ハルカズの元々住んでいた場所は私の知識にはない。

皇女様にお仕えする者にふさわしいようにと、私には帝国のもてる知識がすべて下賜されている。

その私が知らない……。

 時代は流れ、先端のものであった知識は古色を帯びて、有用無用の選別を受け、あるものは消えていく。

それは当然のことだ。

けれどそれとはまったく違う流れのようなものが、ハルカズの知識には存在する。

第一、魔法や魔力が存在しないというのだ。

はるか昔には存在したと思われていたが、無いという事が技術で証明されたという。

そんなことが、この世界であるのだろうか。

現に私は魔法を使えている。

一方で、そんな国では私のようなものはどう作動するのだろうか。

そんな好奇心もわいたが、なんだか嫌な予感がした。


10:秋の空の話を聞いた。

空の青が澄み渡ってきれいなのだという。

空気も澄んで、実りを迎えた果物は美味いのだと笑う。

わからない。


15:海の話を聞いた。

深い所に行くのに従って、青も深くなるのだという。

空を飛ぶように海の中を飛ぶ鳥がいるという。

鳥は空を飛ぶものだというと、その鳥は空を飛べないのだという。

わからない。


25:星の話を聞いた。

夜空に光る星は、本当はどれも太陽ほどにも大きいという。

その太陽も、とてもとても……世界を合わせた大きさよりも大きいのだという。

信じられない。

あまりに遠くて、あんなに小さい……ランタンが遠くから見ると、小さな光に見えるのと同じで、ただその規模が違いすぎるのだという。

理屈だけはわからなくもない。


30:天を目指すほどに高い建物の話を聞いた。

それはダンジョンではないのかと尋ねたら、わからないという。

管理者はいるらしい。

仕事をする建物と、住まいとする建物がどちらも似た高い建築だというが、とても裕福な者はかえって地上に住まうらしい。

そんな高い建物のうち、仕事にも住まいにも使わないものがあるという。

無駄ではないのだろうか。わからない。


52:今日は私の知らない物語の話をした。

星から落とされた娘の物語。

代わりに寄越された不死の薬を焼くとは、ずいぶんと物のわかっている王だと感想を伝えたら、そういうものかと言われた。

 ほんの少しではあるが、私が理解できた分は書き留めておこう。

私は忘れない。

だがそうしておいたほうがいいような気がした。

ほかならぬ私が読み返すために。

だが異世界の物語ばかりではなく、私の知る物語も書き留めておこう。

書きものの中とはいえ、彼の知る物語と私の知る物語が並ぶのは、好ましい事のように判断したので。


62:ハルカズは、異国の人ではなかった。

異世界の人だった。

この世界に魔法によって招かれた人であるとのこと。

彼の話によれば、生活の中で突然この世界へとやってきたらしい。

それは、どうなのだろうか。


70:ハルカズの国の話を聞くうちに、ふと思い至ることがあった。

十年前に私の分裂体を、別の世界に送り込んだ。

もしかしたらその世界が、ハルカズの国のあるところではないだろうか?

いちがいにそうとは言い切れないが、私ではない私がハルカズの世界の実物を見ているのかと思うと、なにやら愉快な心持になる。

私も、見てみたい。


73:ハルカズが、私を呼ぶのに名をつけてもいいかと訊いてきた。

名前は個体を識別するためのものだ。

ここに私と同型はいないのに、どういうことだろう。

そのことを含めてハルカズに問い返してみた。

奥津城のゴーレムとか、そんなものでは駄目なのかということを含めて。

ハルカズは困った顔(少なくとも私の中の分類はそうである)になって、それはたくさんいるから、という。

前述のとおり、私と同型はいないはずなのだが。

私の固体名を、ハルカズはシオリというものにしたいという。

わからないが、私の自己判断能力を信じ、自己決定権において、許可をする。


78:そういえば、ハルカズの体格がだいぶん最初の頃と変わった気がする。

異世界の人とはいえ、年はとるのだとそのことで感じ取ってしまった。

この人が来るようになってから、どれくらいたっただろうか。

年月を数える機能は、しばらく使っていないが、それでもずいぶんと長い間、彼はここに通っているような気がするのだが、それでいいのだろうか。

そんな長い間、人の子は


82:魔石をひとつ、私はハルカズの選んだ石の人形に埋め込んだ。

動くこともできないが、これで小型のゴーレムができあがった。

 ハルカズが棚の上に置いたその人形に意識を移すという魔法も、なんの支障もなく行えた。

目も無いけれど見え、耳も掘っていないのに聞こえるというのは、妙な感じがする。

身体がふたつあって、頭の中で接続されているような感覚だった。

これでシオリさんを連れて行ける、そんな風に笑われたら、違和感を覚えなくなった。

むしろ快い気がする。


83:暗視の能力を付与しているのに見えない、ということは、布に包まれでもしているのだろうか。

それでも一定のリズムを保って聞こえている音は、おそらくハルカズの生きている音だ。

急いで歩いているのか、少しだけ早い。

今は見えないけれど、私の目になるこのゴーレムに、ハルカズはたくさんの景色を見せてくれるという。

楽しみだ。楽しみだと思う自分が不思議だけれど、悪い気分じゃない。


85:テーブルの上には皿が置かれて、湯気をたてている。

なるほど、人間の食事は今はこうなのか。

明るい日差しの入る窓際で、食事をしている。

ゴーレムを誰かがからかって、ハルカズはそれに笑っている。

「大事なものなんだ」って嬉しそうに笑って言い返している。

その顔を見たいけれど、このゴーレムは顔の角度を動かせない。


96:自分なら、ハルカズを元の世界に送り返せるのではないかと思った。

理論としては、術式を三回折り畳んで圧縮し、詠唱を変調すれば可能なはずだ。

十五年を生きた肉体を支障なくこちらへ呼べるものであれば、こちらで過ごした肉体を帰すことも問題は無いはずだ。

けれど失敗のおそれもあることを、ハルカズにしてしまうのはどうか。


本当にそう考えているか?


97:私は、帰したくない。





140:聞こえてきたのは不思議な会話のやりとりだった。

私に、指輪を?

石の指なのに?

ハルカズ、何をしているの?

ゴーレムは相変わらず布の中で、何も見えない。


141:鼓動が聞こえない。


142:どうして。


143:神様、あの人の魂を、故郷に帰してあげてください。

神様は人のためのものだから、私の願い事は聞いてくれないかもしれない。

だけど、あの人は、人だったから。どうか、神様。


144:わがままの罰は、三人の子どもの形をしてあらわれた。

あの人を家に帰してあげなかった、私の傍にひきとめてしまった、罰だ。

あの人が死んでしまって、どれくらいたったろう。

長かったような気がする。昨日のような気もする。

わからない。年月を数える機能は使っていないのだから。

私の本体は、魂と呼べるのだろうか。

私が、死んだら

 もう、きてしまった。

ここで書くのを止めて、最後のこれを本棚にまぎれさせよう。

これを見つけた私の分身、そしてこれを見た時には私となっている者、私の先の私へ。

個体名シオリは、愚かだった。

どうか、願わくば私のようには

違う

私の過ちを、正してほしい。

 シンギュラリティ、と書こうと思ったんですが「なんか…違う…」となったので、「私」の記述ではああなりました。

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