ふりつもったもの
私、の話と、『私』が『私』ではなくなった話。
メモはいろいろな本の、いろいろなページに挟まっていた。
番号が割り振られているから、その順番になるように並べ直す。
言葉のパズルを組み立てていくようなものだ。
最初に手に取った一枚を基準にして、その前のもの、それより後の番号と並べていく。
一番最初の番号にあったできごとは、私をあっちに送りだした後のこと。
当然だ、私の記憶にこの出来事は無いのだから。
文章の中で、『私』は地球の、日本人としか思えない名前の男性と出会って、交流を深めていっていた。
そのことが、この記録の中心のようだった。
読み進めるうちに、『私』の所有していた魔法の教科書は、その人、ハルカズの持ってきた物とわかった。
魔法の教科書ばかりではなく、あの隠し部屋に溢れていた品物はすべて。
ハルカズという人がどんな存在であったかも、『私』は記録していた。
つまり傭兵のようなものらしい。
十五の年から……って、私が戻って来た年よりまだ若い!
向こうの年で考えたら義務教育中!
……そこから、少なくとも数年こっちで戦って『私』に会った、と。
……このハルカズ、という人がどんなルートでこっちにやってきたかはわからない。
だけどこんな、人里離れたところにたった一人で通ってたってことは、たぶんたった一人でこっちの世界に来たんだろうな。
考えることしかできないけど、普段彼の周りにいる人では癒せない性質の孤独を持ってたんだろうか。
日本人はある意味、モノに人格を見出しやすい。
精巧か稚拙かは関係なく、思い入れができたら、それだけで。
そこらへんの感性に、『私』ががっつりハマっちゃったんだろうか。
『私』に日本風の名前を付ける許可すらとりつけて。
『私』の記述から伺えるハルカズの人物像は、不器用で、実年齢よりも幼い少年のような青年だった。
途中までは思い出しながら書いていったものだろう。
羊皮紙を手に入れて、それを製本したときの切れ端でも再利用しようとでも思ったんだろうか。
そこらへんのことは書いているカードは見つからなかったが、ある一枚から現在のことを書くようになっているから、そこらへんだろうことは見当がついた。
相変わらずワープロソフトで打ちだしただけのような文章が続いているのだけれど、進むにつれて文字の大きさが変わったりしていることにふと気づいた。
そうか、私は何かあれば、文字が汚くなるんじゃなくて大きさの調整がおかしくなるのか。
自分の事なのに、妙な所で新発見があるものだ。
そんな風に考えていたのは、たぶん、書かれていたことに驚いたから。
どう考えても『私』が感情、あるいは思考以外の心を得ている。
私がそうであるように『私』は人工精霊だ。
実体のないホムンクルスにも似た、自然には生まれ得ないもの。
地球で言うならAI。
しかしながら……『私』は、『私』を作りだした者から、皇帝陛下皇后陛下の名において、自律行動、自由意志、自己決定、そして成長の許可を得ている。
じゃなきゃ『私』は自分自身の意思すらもてなかったはずだ。
だけど、この成長は……
「人間っぽく、なってる……」
私は思わず呟いた。
いや、人間っぽく、なんてもんじゃないかもしれない。
私が人間として過ごすうちに、それらしくなっていきはしたけれど、人そのものではなかったように、人工物と人の間には分厚い壁のような「違い」がある。
その「違い」を超えてしまうポイントが、たまさかにある。
『私』はそこに到達していた……。
ゴーレムに宿らせるための、人工精霊としての精神を変容させて。
ここを訪れたたった一人が、彼女を変えていた。
ありきたりな言い方をすれば、恋が彼女をシオリという人に変えた、だろうか。
私は分裂元でありながらも、彼女の心が揺れ動く様子に甘酸っぱさを感じていた。
ありていに言ってしまえば、私自身の事ではなく、一種の他人事、それでいい方が悪ければ友人の恋情を知ってしまったような心持になっていた。
私は『私』じゃない。シオリじゃない。
だからこれは、たぶん、追体験というよりも友人の日記を見た居心地の悪さと好奇心に近い。
私の胸に心臓があれば、鼓動が早くなりすぎているはずだ。
私は彼女の変化を読み進める。
彼女にその自覚は無いみたいで、感情を表す言葉を書いていてもそのことを不思議にも思っていないようだった。
魔法の教科書にあった使い魔の視界を使う魔法、あれを使ってハルカズが彼女に外の世界を見せたいと言った事にも、素直にうなずいたらしい。
使い魔の視界なんて、普通に考えれば偵察に使うようなものだ。
それを地球風に言うならリモート観光に使うなんて。
知ってはいても知識だけ、という世界を、使い魔ゴーレムの視界を介してではあるが、初めて彼女は見た。
その喜びが細かな文字でびっしりと綴られている。
いずれにせよ、それは彼女にとっては幸福な時間だったらしい。
私には、そう思えた。
雲行きが怪しくなってきたのは、地球へと、自分の魔法で彼を返せるかもしれないということに彼女が気づいてからだ。
その次のカードでは帰したくないという。
そのまた次では、前のように光景に喜んで、でも悩んでいる言葉がある。
『シオリ』の精神はジェットコースターみたいに上下していた。
その上下の末に……不思議な記述にたどりついた。
指輪?
なにそれ?
でも、首をかしげるいとまもなく、次のカードではハルカズは……たぶんこれ、ハルカズは、死んだんだろう。
そして彼女の嘆く言葉は続いて……神というものに縋る様子は、まるきり人間の女の子だ。
木の操り人形が男の子になったように、石像が乙女になったように、ハルカズという人が彼女に名前を与えることを魔法の代わりにして、人間にしたようにも見えた。
最後のカードは半分くらいは私にあてて、そして彼女が自分に言い聞かせるような言葉だった。
死を前にして文字の大きさに乱れはない。
どれだけ彼女は、最後のこの一枚と、その前の一枚の間に考えていたんだろう。
たぶんこの三人の子どもと書かれているのが、彼女を壊した人間なんだろう。
謎が少しとけた。
彼女の全部をわかることはできないけど、少しだけはわかった。
彼女を好きでいた人、彼女が好きになった人がいたことも。
十七年分のなかの、ほんの何割かでも記録を得られてよかったと思うべきなんだろう。
けれど、今私の胸を満たしている、人間生活の中で覚えた感情は、「どうして、なんで」という哀しみだった。




