彼らの物語 13
教会の鐘が鳴っている。
「結婚式かなぁ」
ミヤが顔を上げて楽しそうに言うのに、ナオはケンと同じように頷く事しかできなかった。
昨日、『レベルアップ』の儀式を済ませたミヤの顔には、もうほくろは無い。
それと同時に、ナオにはミヤの顔が『ミヤの顔』として認識できるようになった。
あの鐘の音が、あの日教会の中に逃げ込んだ少女の葬式のものだろうと想像できるのは、今この場にはナオだけ。
もしあの日、ナオが教会まで行かなければあの子は巻き込まれなかった。
だけど、自分たちの甦りや『レベルアップ』のたびに、誰かを犠牲にしている事にも気づけなかった。
鏡に映る自分の顔に違和感を覚えた事は無かったから、見覚えのある顔でなければ、きっと気が付かないんだろう、とナオは見当をつけていた。
これからも……三人が死ぬ、あるいは『レベルアップ』するごとに三人、どこかの誰かが死ぬ。
この体が死ぬことで。
現代日本に生まれ育ったナオにとって、それは恐ろしいことだった。
成長がゆるやかであれば『レベルアップ』は避けられるかと思いもしたが、その期待は昨日の儀式で打ち砕かれた。
冬の間中積み重ねた鍛錬の結果だと、『賢者様』は三人を褒めてくれたが、……もしも、何もしなかったとしても『レベルアップ』は行われたのではないかとナオは疑っている。
ひとつの身体をもたせることができる限界は、一つの季節までなのかもしれない。
その時、ノックが自習時間と物思いの終わりを告げた。
「正体不明の人食いの魔物が現れた。これを討伐せよと王様の御命令だ」
ドアを開けないまま、騎士の誰かが三人に伝える。
「出立の準備が整ったならば知らせよ」
これもまたいつも通りに、三人は各々の物入れから与えられている旅装や杖など、必要なものを一揃い用意した。
そのほかに必要な食糧などは、騎士たちが用意している。
ノックをして外に伝えると、すぐに扉は開かれて騎士が先に立って歩く。
先ほどの騎士かは、口を開かず、何も言わないのでわからない……。
「大丈夫か?」
馬車に乗りこむ、まさにその寸前に掛けられた声に思わずナオはそちらを見たが、いつも通りに無愛想な御者がそこにいるだけだ。
「だいじょうぶ……かな……?」
「何してるんだ?」
「早く乗らないと出発できないよ?」
小さな声で、おそるおそる応えた内容は、ケンとミヤには聞こえなかったようだった。
馬車のドアを閉めて、三人はそれぞれ席に着く。
御者から話しかけられたのは初めてだった、ということにナオはようやく気付いた。
今の今まで、特に考えたことはなかったが……他の大人たちが自分たちとほとんど……いや、何も話していないということにも。
自分たちに向かっては、告げること、伝えることだけだ。
話してくれたのは『賢者様』だけ。
逆に、特に何も言われない限り、ある程度年がいけば子どもは大人には進んで話しかけたりはしない。
急にナオは、自分の心臓が早く動き出した気がした。
信じられるものを、限定する。接する者を、限る。それって。
「どうしたの? 顔色悪いよ?」
「そういや、最近ずっと考えごとしてるな。大丈夫か?」
「なんでも、ないよ」
言ってはいけない。
ケンとミヤを守るためにも。
書き残すことはできない。言葉にすることもできない。
誰にも訊くこともできない。
ナオにできることは、何も無かった顔をして覚えておくことだけだ。
だからこそ覚えておかないといけない。
ナオは、奪われてはならない記憶を何度も噛みしめる。
今回の討伐任務は、王都から馬で三日ほど離れた村でのものになる。
「人食いかぁ」
「人間の村の近くで冬中潜んでたとか、変に賢いな」
「こわい……」
前のドラゴンのように問答無用で、ということはあまりない。
正体不明の魔物の、その正体を解き明かすことも彼らの仕事のうちだ。
未知は恐怖を呼ぶ。
同じことが起きたとき、彼らでなくとも対処できるようにしなければならない。
「それでも数は少ないっていうからな、力押しされることはないんじゃないか?」
「逆に罠とかかけられるかもしれない」
作戦を練るのはいつものことだったが、いつもの敵よりも手ごわそうだとなればより一層、熱も籠る。
それに参加しながらも、ナオはもうひとつのことを考えなくてはならなかった。
どうやったら、抜け出せる……?
今の仕事の最中は駄目だ。
平時はもっと駄目だ、前みたいに窓から抜け出すということもできなくなってる。
「だまし討ちにされにくい場所におびき寄せるのは?」
「村の人たちに防衛ラインを作ってもらって追い詰めるとか」
「それだと、村の人たちに余計に負担かけるよ。危ないし」
道中の長さを利用して、三人はひたすら今わかっていることでできることを考えていた。
その、夜のことだ。
彼ら三人のための馬車は、そのまま三人の部屋でもある。
外に出ることなく過ごせるのが利点でもあるのだが、今のナオにはこの馬車が檻そのものにも思えていた。
そんな中であれば、眠りも浅いものになる。
せめて外の空気を少し吸おうと、ナオは友だちを起こさないようにしながら小窓を開けた。
少し離れた所に、随伴の騎士たちの囲む焚火が見える。
「……」
「眠れないのか?」
小さく話しかけてきた声に、ナオは身を震わせた。
声は近くからした。
馬車の、あまり居心地のよくなさそうな御者台の上から声がしているのだと気づいて、ナオは背筋をただした。
自分に話しかけてきた人だ。
「ああ、おしゃべりは禁止だと言われているんだろう? 俺もそう命じられている。答えなくていい。これは単なる、俺の独り言だ」
それでもと、ナオは振動だけ伝わるように小さく壁を叩いた。
「……まぁ、お互いに告げ口は無しってことでいいな。……お前たちに、ここで勇者と呼ばれていた奴と、俺は友だちだった。少なくとも、俺は友だちのつもりでいたよ。その時のことを、しゃべる。眠くなったら寝ちまえ。……あいつらに気づかれないようにな」
ことことと、指先だけでナオは壁を叩く。
「あいつは、十五の年にこの世界にやってきた。この国で初めてよその世界から招かれた『勇者』として。それからあいつは十二年、陛下に命じられることのために働いていた。一人で、ずっと」
それは、『賢者様』の語る先代の物語ではない、ナオの初めて聞く……使い潰された一人の青年の話だった。
ケンもミヤも、決して鈍感な子じゃないです。もし何かが違っていたら、ナオの立場はケンかミヤの立場になっています。それだけ、三人の世界は限られている、ということです。




