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奥津城守の帰還  作者: みかか
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ゴブリンは奪われる

ゴブリンによる残酷な行為があります。ご注意ください。

 まだまだ冷たさの残る空気の中をゴブリンは走っていた。

トロルにも今日の分の餌は与えたし、自分の獲物もある。

冬ごもりの最中の食事はたくわえがあったが、それでも新鮮な肉は干し肉よりも美味い。

充分な食事と急速は一冬でゴブリンの身体を育てていた。

遺された森の中を、トロルに食事を運ぶために移動していた影響もあるだろう。

今なら、かつての集団の古参と取っ組み合いをしても負けないだろうと、ゴブリンには自信ができていた。

それは単なる自信だけではない。

相変異を起こしたゴブリンは、本来のゴブリンの枠から外れて成長をし続ける。

爬虫類には成長限界が無いと言われるが、それと同じように変化した、あるいはトロルなどといった存在に近くなっているといえるだろうか。

生き物ではなく、魔法生物や魔物といった存在に近い物へと。

もうこのゴブリンは、通常のゴブリンとはいえない。


 だが……ゴブリンは我が家近くにある常緑樹の小さな茂みに身を隠した。

人間の声がした。

雪が残るうちは猟を始めないというのがゴブリンの知る人間の風習だ。

まだこの季節の狩りは、獲物が痩せていて旨みが無いから。

だがその人間がいるのが、まさに我が家の前であることに気づくなり、ゴブリンは踵を返した。

今隠れている位置は風下だが、これ以上近寄れば犬がおらずとも誰かが気づく。

話している声はあきらかに四人分以上。

話に夢中になっているうちに、離れるのが得策だ。

成長をしていたとはいえ、一人でいるときの用心深さをゴブリンは忘れてはいなかった。


 トロルの縄張り近くまで退くことを決めて、再びゴブリンは走り出す。

必要な物は身に付けておくという習慣のおかげで、道具類は全部持っている。

靴も含めた防寒具も、人間を偽装するために身に付けていたから寒くも無い。

が、食べきっていない食料だけは惜しかった。



 ほんの少しの偶然が、それを発覚させた。

まだ残る雪に足を取られてくじいた商人がいた。

たまたま商人はこの近くの小屋に、友人の老猟師が冬もいることを知っていた。

そこまではなんとか行けそうだから、足を延ばしてみた。


 商人が見たのは、誰もいない小屋。

人が住んでいる気配はあったから、友人のよしみで中で待たせてもらうことにした。

荷物の中から老猟師の好物を手土産としてテーブルに乗せ、足の具合をみて手当をし、鍋で湯を沸かしているうちに、彼は違和感を覚えた。

友人は、もっときちんとした人ではなかったろうかと。

食事が終わっているのに、食器は汚れたまま。

ぬくもりなんてとうに無いベッドは掛け布団も掛布もぐちゃぐちゃ。

暖炉やストーブの灰も掃除された様子はない。

ひとつひとつは忘れたのかもしれない、くらいの些細な事ではあるが、商人が今とっさに思いつく限りそうなっているというのはおかしい。


 商人は鍋を火からおろした。

この鍋だって、本来はもっと使われているはずなのに片隅に放られていた。

使われていたのは、大きな、何かのスープを入れた寸胴鍋だけ。

火に灰を分厚く被せて消してしまうと、商人は靴ひもを結び直すのもそこそこに、音を立てないようにして小屋を逃げ出し、痛む足で近くの村までを駆け通した。

村に入るなり、老猟師が襲われたかもしれない、その小屋が乗っ取られたかもしれないと村の男たちに訴えた。

山賊が根城にしているとまずいと、すぐさま村の男たちは猟師たちを中心にして現場へと向かったのだった。


 改めて男たちが調べた小屋の様子は、商人の話が嘘ではなく、違和感が間違っておらず、予想よりもさらに悪いことになっていると彼らに教えてくれた。


「まずいな……」

「人食いか」

「小屋の様子からして、そう数は多くないだろうが」

「よくもまぁ、今まで潜んでいたものだ」

「このまま春になっていたら……」


 会話になっていない感想の言い合いは、つまり何かをいう事で事実と衝撃をなんとか受け止めようとした結果だ。

商人の言っていた違和感の元は、たしかに彼等から見てもおかしいもの。

それと……外を詳細に調べなかったのは、商人の今後の睡眠と旅路のためにも良かったといえるだろう。

小屋の裏手には、食い終わった獲物の、食えない部分が捨てられていた。

骨はどれがどの獣のものかわからないほど入り混じっていたが、中にあきらかに獣とは違う頭蓋骨、毛皮とは違う布があった。

それも、複数人分。

スープの中身や、作られている最中の干し肉……雪の中、灯りのともる小屋は、魅力的な餌として機能したのだろう。


 人ほどの大きさ、人の道具を使い、火を使う。

罠を使う知恵もある。

山賊ではない。はぐれエルフでもないだろう。


「ゴブリンは?」

「奴らは群れをつくるぞ。この小屋だけに収まるもんか」

「トロルやオーガでも小さいだろうな」


 村人たちはただちに正体不明の人食いの魔物を知らせるため、王都へと使いを出した。

この村の馬はすべて農耕馬だから足は速くない。並足で王都までは三日。

だがその分体力はある。替えの馬無しでも、王都まで行ける。

戻るまで……彼らの村の訴えが受け入れられたとしても一週間。

ことによればそれ以上。


 村の人々は春の訪れを祝うこともできないまま、そして畑の二度目の土起こしにさえ手を付けられないまま、柵や罠、手ごろな武器の準備に追われることになった。



 一方、逃げのびたゴブリンは、熊穴の中で冬の残滓に震えながら、村の人間たちをどうするかを、じっとりと考えていた。

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