ひらひらと落ちてきたもの
ちょっとずつ前に進んでいます。
手紙を書くための羊皮紙はあっけなく見つかった。
やっぱり隠し部屋の、和風にいうなら文箱にたんまりと。
私が急いで手紙をしたためたのはいうまでもない。
ゾトとザルに、石がちゃんと届いていることへの礼。
特になにかないようで良かったという事。
忘れちゃいけない、このドラゴンは武者修行の身の上で世界を見て回っているだけなので、攻撃しないでやってほしいということ。
それから、食費を同封するので、その範囲でドラゴンに何か食べさせてやってほしいこと。
コボルトの鉱山なら、ここよりとほどマシな料理を出してくれるはずだ。
「いやいやいや、私、甘やかしすぎでしょ?」
自分にツッコミを入れながら、羊皮紙の切れ端で封筒を作って、中に手紙と魔石を一つ入れた。
また多すぎだってゾトに叱られるかなぁとは思うけど、私の最小単位の貨幣がこれなんだもんなぁ。
さて、とそれを持って部屋を出ると、てっきりバケツの鍋の前に居るだろうと思っていたドラゴンは、庭園の中にいた。
石碑の前で葉っぱをお皿にして、今日の若芽をお供えしてる。
ドラゴンに死者へのお供えの文化があるのか、なんて気にしたことも無かったのは、私の家もそれを普通にやってたからなんだろうか。
なんにしろ、それは私にとっては感心な光景ではあった。
あるいはゴーレムとして、嬉しいと感じろとプログラミングされているものなのかもしれないが。
「お待たせ。これが手紙。もしコボルトの鉱山に行くようなことがあったら、ゾトかザルというコボルトがいないか、尋ねてみて」
「わかった」
「遅くなったし、もう出発は明日にした方がいい」
「うん」
いそいそと人間姿のドラゴンは手製の封筒を服のポケットにしまっている。
ラッコには毛皮のたるみを利用した、自然のポケットがあるというけれど、ドラゴンにももしかしてそういうものがあるんだろうか。
鱗の隙間とか。
まぁ、深く考えない方がよさそうだ。
「あ、あのね」
これで一安心、この子もこの冬中食べてたまずいものから解放されるわけだ。
そんなことを考えていたら、ドラゴンの声で我に返った。
「何か?」
「また来るから! その時はまた泊めてほしい。いい?」
「何もない所なのに?」
「あるよ! あるから来てもいい?」
……一冬ここで過ごさせたのは私だし、居心地が良かったっていうんなら、悪くはない事なんだろう。
「別に構わない。私はいつでもここにいる」
「ありがとう!」
ぱぁっと、ドラゴンの表情が晴れる。
泊まると言ったって、庭園の一角を貸す程度の事だしね。
「それより、道中気を付けて。棲家が定まったら、お母さんにも連絡を入れること」
「うん。こっちにも連絡する」
ヴァー……。
なんともいえない感情に、心の中で悲鳴を上げた。
え? 懐かれてるの、もしかして。
翌朝、手紙を持ったドラゴンは張り切って外に出て行った。
何かを感じ取ったのだろうか、スライムたちがわさわさプルプルとエントランスに集まっていた。
ああそっか、ドラゴンがいなくなるとごはんの生ごみが出なくなるからねぇ、なんてそんな光景を見ながら思ったものだった。
料理だのなんだのの用事が無くなると、なんだか急に暇になった気がする。
一冬エントランスで作業をし続けていたおかげか、外への出入り口に以前ほどの焦燥を感じなくなったのは、あのドラゴンのおかげといってもいいだろう。
さて、と私は改めて机上に新しい羊皮紙を広げ、次の作業について考えた。
園丁ゴーレムはもう十分いる。
プログラム段階で止めてた回遊型警備ゴーレムには、結局ドラゴンもスライムも攻撃対象外に指定することにして、プログラムを定めた。
後はそれをコピーした魔石を作って動かすだけ。
ゴーレム用の魔石造りに魔力を使いすぎると、壁の修理回数は減るのが閉口モノだけど。
入り口用のゴーレムはコボルトみたいなこともあるし、どうしようかな。
見張り一号と連動させて、侵入者がいたら移動するようにさせようか。
あれ、そういえば『私』は入り口近くをどう処理してたっけ?
こつこつと羊皮紙の上を指で叩きながら考える。
と、その時、私は机の上に置いておいた本が、少しずれているように見えた。
ほんの少しだけ、切り揃えられているはずの小口に小さな影が落ちている。
まだ読んでないページだ。
私は好奇心から、それを引っ掻いてみた。
わずかな影はわずかな段差から生まれたもの。
その段差に指がひっかかり、するりと一枚が滑り出てきた。
「え?」
まるでメモか、栞のようなきれっぱしだ。
私は目を瞬かせて、それを指先で摘まんで引っ張ってみた。
まだ本のページがちぎれてはみ出たのでは?と思えたから。
ちぎれたものならあるはずの抵抗はまったくなく、その切れ端の全部が抜け出てきた。
しっかりと、のどのほうへと深く挟み込まれていたせいで、今の今まで落ちてくることはなかったんだろう。
心臓があったら、たぶん私はどきどきし通しで、震えながらそれを確かめていただろう。
実際には指は震えなかったし、息をのむことさえなく、そのカード大の紙を摘まんで確認することができた。
印刷のような、一ミリの無類も無い同じフォントの文字。
『私』の字だ。
「秋の空の話を聞いた……?」
こんな出だしの詩は、『私』の記憶にあっただろうか。
ざっと記憶を攫ってみる。
小説の一節だろうか?
でも、どっちも心当たりはない。
『私』は小説なんかのたぐいは全部覚えているはずだ。
第一、地球の小説ならこういう言文一致をやるけど、こっちの物語はしゃべるような言い方の文章じゃない。
少なくとも、私と『私』が共通して覚えている範囲の物語では。
私は急いでその切れ端の続きを読んだ。
秋の空の話を聞いた。空の青が澄み渡ってきれいなのだという。空気も澄んで、実りを迎えた果物は美味いのだと笑う。何も食べない私に、どうしてそんなことを言うのだろう。わからない。わからないと言ったら、皇女様に秋の話をするのに、秋を理解できている方がいいと言う。それならわかる。理解しよう。
なんだろう。小説じゃない。歌ではありえない。
詩ならば稚拙すぎて技巧というものがない。
間違いなく『私』の手になるものなのに『私』らしくない。
私はこんなの知らない……。
第一、もしこれが『私』のメモのようなものとして、『私』は誰に秋の空の事を聞いたんだろう?
私は……『私』のことを十七年分知らないのだと改めて……いいや、知らないことを知ろうともしていなかったのだと、思い知らされた。




