彼らの物語 12
あけましておめでとうございます。あまりおめでたくないパートからです。
冬の間も、彼ら三人は休むことなく『勇者』の後継として学び戦い、そしてまた学んでいた。
三人がこの冬に覚えたのは、攻撃の魔法を何種類かと、防具そのものを守る何種類もの防御の魔法。
使い分けることが安全への道だと、『賢者様』は教えてくれる。
曰く、手札をたくさん持っている方が、最善手を選べない時にも次善を選べる、と。
あの祭りの日などなかったかのような日々。
だがその中で、ナオだけは心の中に別のものをひっそりと育てていた。
『王様』、そして『賢者様』への疑いを。
だがナオは、それをとても上手に隠していた。
人間という物は、とかく下に見ている相手には油断してしまうものだ。
まして、自分を信用している、頼っていると思い込んでいたなら。
そういうことも、ナオは自分の経験を踏まえてよくよく知っていた。
疑いのひとつめは、やはりミヤの口元のほくろ。
たしかに事故前には無かったものだと、自信を持って言える。
だがケンも、鏡を見ているはずのミヤ本人も何も言わない所があまりにも不自然すぎた。
ふたつめに、祭りの日の自分たちの落下事故の記憶がきれいさっぱり二人の中から消えてしまっていること。
ナオだって忘れていたものを思いだせたのは、自分の事ではなくミヤの顔のほくろがあまりにも強い印象を持っていたからだろう。
それから、もうひとつ。
ナオはゲームを持っていなかったし、やったこともない。
テレビは親のもので、映画も覚えている限りで学校で見たものだけだ。
だからナオの知識には、よくあるRPG、あるいは他のゲームやあるいはホラー映画ではおなじみの、ゾンビという存在は無かった。
図書館で見るオカルト本にも幽霊は多いが、有名どころのアンデッドらしいモンスターなんて、理科室の人骨と人体模型、それにドラキュラくらいのものだろう。
ただ、なんとなくではあったが、「自分は生きているものではなく、身体のあるオバケのようなものではないか」という考えにたどりついた。
それも、他者の身体を乗っ取ってしまうような……。
前に訊かれたときには、友だちであるふたりにも言えなかったことだが、ナオがこちらに来る前の最後の記憶である「家出をして隠れていた」というそれは、実は正確ではない。
正しくは「殴られ続けて死ぬかと思ったから、親が外出した隙に家を抜け出した。公園の茂みの中で傷が痛いのも、お腹が空いたのも、喉が渇いたのも我慢して横になっていたら気が遠くなって目が覚めたらこの世界にいた」、だ。
その気の遠くなったときの感覚が、こちらに来ての死んだ時の感覚、『レベルアップ』したときの感覚と同じものに思えてきてしまった。
それらを口に出せるほど、ナオは無邪気な子どもではなかった。
ウソはバレる。
ならば作り事をしゃべるよりも沈黙するのが良い。口を閉ざすだけでいいのだから。
そしてそれは、友だちである二人にも……。
今日も彼らは魔法の勉強を続けていたが、ふと思いついたとばかりにナオは手を止めて顔を挙げた。
「そういえばさ、身体を鍛えたいなって思うんだけど、二人はどう?」
「鍛えるって、筋トレとか?」
「それもあるし、騎士さんたちみたいに剣術とかできたらかっこいいなぁって」
心なし、ナオが声を強めたのは、あの日以来彼らの部屋の外にいるようになった誰かに訊かせるつもりからだった。
おそらくは騎士の誰かであろうと、ナオには見当もついている。
なんとなれば、普通の大人くらいなら、彼らは一人でも制圧できる程度には強い自信があるし、山賊を退治したという実績もある。
そんな自分たちをどうにかしたいなら、それなりの人間を用意するはずで、そういった人間は上の人間には報告を怠らないものだ。
先生と校長先生とか、教頭先生のように。
「なんで? 魔法だけで十分じゃないの?」
「いや、わかるぜ。ロングソードぶんまわすの、ロマンだもんな。魔法剣士とかすっげぇかっこいいし」
「そうだろ? だって『勇者』の後継者っていうなら、そんな風な方がいいと思うし!」
ナオがするのは、ひとまず友だちとそうやってはしゃいで盛り上がること。
そうすれば、数日のうちに様子見に『賢者様』がこの部屋を訪れるはずだ、と。
はたして、数日と言わず翌日彼らの部屋を訪れた『賢者様』に、ナオは思い切ったような様子で剣術を学びたいと訴えてみた。
あれだけ騒いでおいて、チャンスができた時に何も言わないのはおかしいから。
ローブの影、そこしか見えない口元に『賢者様』は困惑の表情を浮かべる。
「どうしたんだい、急に」
「ずっと、考えていたんです」
緊張がナオの舌を縛るが、そのたどたどしさがいかにも決心を伝えているように聞こえるだろう。
「体を鍛えて剣術を覚えたら、もっとうまく動けると思うんです。騎士の人達にまざって訓練するとか、……難しいでしょうか?」
ぐっと腹の底に力を入れる。
それは決して下がらぬようにというナオの決意からのものであったが、『賢者様』には別の姿に見えたらしい。
考えるようにしばらく首を傾げ、しかし間を置いて『賢者様』は首を横に振った。
「それは、できないんだ。前の勇者様は、剣術にも優れていたが、それが災いして……」
「そう、ですか」
「代りに、身体強化の魔法をカリキュラムに組み込もう」
「はい! ありがとうございます!」
「やる気だよなぁ」
「うん、そうよね」
「だってドラゴンにリベンジマッチしかけるには、やれること全部やらなくっちゃ」
新しい魔法を得るだけで喜んでいる……実際、そうだ。
しかしその一方で直は別の事に確信を得られたことに喜んでいた。
少なくとも『賢者様』は、自分たちが身体を鍛えることを望まない、あるいは体の変化を自分たちが実感できるようになることを望まない、ということへの確信を。




