冬が終わってた
冬が終わりましたので、「現在」の時間軸再開です。
冬は気鬱になるような季節だ。
皇女様の中庭は寒風からこそ守られているけれど、天井から取りこまれている外の光は弱くなり、荒れた日には薄暗くすらなる。
外から取り込んだ水を冷たく感じることは無いけれど、氷の欠片が流れてくることもある。
なのに、結局私は今年の冬は、前のような憂鬱に捕まえられることは無かった。
いいや、憂鬱に浸ることができなかったというほうが正しい。
どんぐりを焼いたり砕いたり、そういうことに使うための道具を試作してみたり。
あるいは異世界の話をするのに、説明を自分なりに組み立ててみたり。
つまるところは、例の居候の相手をし続けていた。
ダンジョンの修理なんかの仕事はちゃんと進めていたし、ゴーレムの数も増えた。
園丁の仕事も整理して割り振った。
そう、その庭園にドラゴンがすっかりと居候を決め込んでしまったからこその、気晴らしだったといえそうだ。
このドラゴン、悪戯はしないのだが、とにかく興味の向いたことを知るのに貪欲で、人間の家のことや風習、それにおとぎ話を好んだ。
ときに私は地球の事を話したりなんかすると、次の日にはどっさりの質問を抱えてやってくる。
そうなってくるとこっちも「きちんと答える」ことを考えねばならなくなる。
世界の構造への思考が深まった……といえば言いすぎか。
このときほど、私は全部を覚えておけた自分の性能と、疑問に思ったら調べるという性質に感謝したことはない。
さすがに国語辞典の丸暗記はしていないけど、多少なりとも覚えて帰った向こうのことが役立つとは思わなかった。
冬が終わったらしいことを、私は外からそのドラゴンが持ち帰ってきた新芽で知った。
「ただいまー!」
ドラゴンはすっかり我が家扱いで帰ってくるなり、玄関先でうぞうぞしているスライムの群れに飛び込む。
スライムの群れの上で、潰さないように上手に転がると汚れが取れる、ということを知ると、ドラゴンは外から戻ると必ずそこでごろごろするようになった。
ドラゴンの鱗どころか、目玉ですらスライムの溶解液をものともしないから、あの子本体は私と同じくスライムたちには「食べられない物」認定されているのだが、その体の付着物は別だ。
返り血、食べこぼし、爪に引っかかっているもの、あらゆる汚れがスライムの餌になる。
もにゅにゅん、とスライムの上から滑り降りるころには、すっかり綺麗になっている。
外で狩りをしながら、散策しているらしい。
最近はスライムたちも何か感じ取っているのか、あのデカスライム以外は帰宅時間が近づくとエントランスに大集合するようになってしまった。
……実際、スライム浴は気持ちいいくらい汚れが取れるからなぁ。
「おかえり」
「これ、地面から生えてた! ちっちゃい雛ドラゴンの鱗の色だからすぐわかったんだ」
それに溶かされないように、抱え込んでいたんだろうものを、ぐいっと私の目の前につきだす。
蕾を抱えこんだ新芽、フキノトウに似てる。
ドラゴン自身は「これも料理になる?」とわくわくした顔で、花より団子だったものだから、そのフキノトウによく似た新芽はさっそく夕食に茹でサラダにしてしまうことになったのだけれど。
「どんな料理?」
「春の草はあくが多いから、茹でて……」
「あく?」
「苦い味を作る、草の中のもの」
「そうなのか。だから齧ったらベロが痛いんだ。でも知らない味でおもしろかった」
……この子、私の知らない所で好奇心に任せて、毒草食べてたりしないだろうか。
ドラゴンを倒せるような毒草に心当たりがないから、逆にわからない可能性があるのが怖い。
そんなことを考えながら、新芽を千切って鉢に入れ、湯を沸かす。
根元のあたりは変色を始めてたから、すぐ近くにいたスライムの上に載せた。
すぐさまそれはつるりと飲みこまれ、泡を出しながら溶かされていく。
まぁ、このドラゴンみたいな住人なら受け入れてもいいかもね。
ダンジョンならドラゴンがいたって不思議はないし、格好もつく、とか言ったらこの子に失礼か。
それにしても塩があれば、もっと色を保てたり味付けができたりするのになぁ。
そんなことを考えながら沸いた湯で新芽を茹でていると、なんだかドラゴンがそわそわしているのに気付いた。
なんだろう、とそれとなく気配をうかがっていると、ぐ、と拳に力を入れている。
「あ、あの。僕、また外に、旅に出ようと思うんだ」
「また、急な話を」
「ずっと考えてたんだ。話で聞いたいろんなものを見てみたいし、もっと知りたい」
なるほど。
おそらくこんな感じで、実家も出てきたんだろうな。
おっとと、茹で過ぎちゃう。
私は鍋の中身を理由にして一旦会話を止めた。
下茹でが済んだ新芽を再び鉢にとってから、鍋を火からおろす。
「行くあては?」
「あんまりない。けど、今度はやり方わかってるから大丈夫!」
不安。
いや、ドラゴンの心配をするのがナンセンスだってわかってるんだけど。
「ああ、そうだ」
とはいえ、どこへともなくというのは、と思った時、ちょうどいい事を思い出した。
コボルトたちの避難先の鉱山。
あそこへの手紙を託そう。
石の定期便、と呼ぶほどにはしょっちゅう来ているわけじゃないけど、あれのお礼を伝えたいって思っていたし。
「手紙を届けてもらえる? 北の方の鉱山のコボルトたちに。私は外には出られないから」
「うん、いいよ」
「あくまで、近くに行った時でいいから」
「わかった」
ドラゴンは素直に頷いた。
それじゃ、手紙を用意しないと。
そうだ、どうせ集落に行くなら、あっちにひとつ頼みごとをしてみようか。
「書けるまで、出発は待っていてくれる?」
「うん」
さて、ちょっと急いで書かないと。
現に今もそわそわしてるし。
「もう食べていい?」
そっちか!
「どうぞ」
「いただきます!」
明日には手紙を書きあげて、持たせられるようにしておいかないと。
隠し部屋から持ち出してきた筆記具がまだ使えるのはチェック済み。
予備の羊皮紙もある。
皇女様の御勤めをする時間までには、なんとか手紙の骨子は組み立てておこう。
降ってわいた仕事に、私は茹で汁だのの片づけをスライムに任せて自室へと引っ込んだ。
そうだ、今夜のお話は遠くに旅に出るようなのがいいかもしれない。
そんな風に考えながら歩いていたものだから、私はドラゴンの声を聞き逃していた。
何か言っているのは、聞こえたのだけれど。




