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奥津城守の帰還  作者: みかか
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魔王は次代に託す

いやぁ、イベントがあるとついつい間が。

「メイソン」


 静かな声に呼ばれ、猫の獣人は主人の傍に跪いた。


「お傍におります、ご主人様」

「はは、念のためと作っておいた遺言、存外早く役に立つことになったものだ」

「……」

「私の後継に、ひとつ、頼みごとを増やさねばならん」


 そのとき、メイソンの同族である狼の獣人が、音を立てぬように、しかし乱れ切った息を整えきれぬまま入ってきて、小さな袋を差し出した。


「ラドル、よくやってくれた。……受け取ってくれ」

「はい」


 メイソンに袋を預けると、狼の獣人はぎゅっと口を引き結び、涙をこらえているとありありとわかる表情でその場を後にした。

悔しくてたまらないと、その顔が教えている。


「私も、老いたものだ。最初からラドルに送らせていれば、むざむざとあの男を殺されることもなかった」


 血に汚れた袋は、『勇者』がそれを大切に胸の隠しに抱え込んでいた証でもある。

大切な物、贈物……。

メイソンはそれが選ばれた場に居たから、申し訳なさそうに受け取った『勇者』が泣きそうだったのも、懐にしまいこんだところも見た。

死を待つばかりの主人が、その背を見送るのに肩も貸した。

しかし贈り物は戻ってきてしまった。

『勇者』の死によって。

主人の最期の願いは、愚かな策に穢されてしまった……。

同僚であり同族であるラドルほどに顔には出さなかったが、メイソンもまた後悔の中に在った。


「メイソン」

「はい」

「遺言書に、指輪の事を付け加えておいてくれ」

「はい」

「……ハルカズが最期に口にしたのが、娘の名前だろう。シオリ、そう言っていた。それを手がかりに、指輪を持つべき者へと届けよと」

「かしこまりました」


 深々と、ため息が吐かれた。


「ああ、見てみてみたかったな。……『勇者』という生き物が、命の終わりによってではなく、人間に戻るところを」


 メイソンは……己の主が、主自身の同胞から変わり者扱いされていることを知っている。

彼自身、主の酔狂から拾われ、爪月の氏族らしからぬ育成をされて、秘書として傍に控えるようになった身だ。

その酔狂の極みがこれなのかもしれない。


「メイソン」

「はい」

「良く仕えてくれた。大義であった」

「もったいのう、ございます」


 それでも、どんなに酔狂だ変わり者だと言われてもこの主は、メイソンにとってこの上ない主であったのだ。


「後継である暁闇の氏族の曾姪孫、ミラエステル=ロクサーヌがよき主となるよう、教え導いてやってくれ」

「ご命令、しかと賜りました」

「みな、頼んだぞ」

「ご命令、賜りました!」


 幾重も重なって声が響く。

メイソンの背後にあたる食堂の壁際に、城の使用人すべてが控えていた。

爪月の氏族、暁闇の氏族、夢路の氏族、緑陰の氏族、この大陸のありとあらゆる夜の種族が、召使としてここに仕えていた。

中には城の地下に有る氷室の管理を任される代わりに、そこから出たがらない氷輪の氏族までいる。

返事をしたところで、その場のすべての者たちが泣き崩れた。


「みな、楽しき時を生きよ!」


 張りのある声の命令、それが人間には『魔王』と呼ばれた、暁闇の氏族のエルダー格の一角、セオドリク=ルーキス・オルトゥスの最期の言葉であった。



 すぐに使いが出され、葬儀の準備も整った日暮れ、喪服の後継者は馬車で到着した。

老年と壮年の境目にあったような見目と、年月に裏打ちされた威厳をマントのように纏う主人を見慣れていたメイソンには、かの人の孫娘ほどにも見える、頼りなさげな新しい主人。


「ありがとう」


 馬車から降りるのに手を貸すメイソンを、黒いヴェールの向こうから、鮮やかに深い真紅の目でまっすぐに見て、少女は言った。


「あなたが、便りと迎えをくれたメイソンね?」

「はい」

「右も左もわからない若輩者だから、頼りないとは思うけれど、……大おじさまとあなた方を失望させないよう、努めるわ」


 なるほど、よく似ていらっしゃる……そう、メイソンは思った。

『あれは私によく似ているから後継者とした』と、主に生前冗談のように聞かされていたことを彼は思い出す。


「我らはみな、貴女様をお待ちしておりました……」


 並び迎えた、城内の者達が一斉にそれぞれのやりかたで礼をあらわした。

その様子に、少女はまぶしげに目を細めて微笑んだ。



 先代によく似ている。

そのメイソンの第一印象は間違ってはいなかった。

少女は城の住人たちからするとおどろくようなスピードで先代の仕事を習得していった。

先代のやり方を踏襲することが肌に合っていたのだろう。

同性には辛口になりがちなメイドたちが、メイド頭を筆頭にすっかり陥落してしまっているし、ラドルのような衛兵を担う獣人たちも彼女をお嬢ちゃん扱いこそしても、決して軽んじてはいないあたり、遺言をいいわけにしながらも後継として認めているだろうことが伺えた。


「いやぁ、ほんとによくやってるよ、あの子は」


 城下の森にある村のひとつで、植物による同族向けの食糧開発に取り組んでいる暁闇の氏族、アスター=オルトロスはしみじみと言いながら、薔薇水のボンボンを買い付けに来たメイソンにハーブティーを供した。

彼は先代とは割合近しい一族ではあったのだが、研究者肌すぎて後継としては候補にもあがらなかったことを自分から吹聴するような人物だった。

後継者なんてとんでもない、自分は大おじさんに提供してもらえていた研究環境を継続してもらいたいだけなんだ、などと。

とはいえ彼の、暁闇の氏族が香りの良い植物の精製油などをもってして、血液には足りずとも栄養を得られるということの発見と、食料への応用発明、ならびにレシピの普及は氏族の生活様式を大きく変えた偉業であり、そのような人物はなかなかエルダー格にもいないのだが。

ミラエステルがおめざに愛用している品も、彼の手になるものだった。


「で、先代の課題はどうだい? シオリ、だっけ? かの人の遺した唯一の手掛かりは」

「いっこうに……彼のよく行っていた、あるいは拠点としていた街に変身の達者な者を向かわせましたが、むしろそんな女性がいたのかと驚かれる始末で」

「おやおや、ずいぶんと一途なお人だったようだ」


 アスターもカモミールのハーブティーを口にする。


「と、すれば隠れ家のようなものがあったか、その名自体『勇者』殿が分け与えたもので、本来は別の名かもしれないね。我々でいうところのタンポポちゃん、ポピーちゃんのようにね」


 前述を踏まえると、人間で呼ぶところの『マイハニー』や『お砂糖ちゃん』といったところ。

だがそうであれば、もはや手掛かりは無いも同然。

なにより、『シオリ』嬢が『勇者』と同じく人間であるならば、早くせねば墓に指輪を供えることになってしまう……。

難しい顔をするメイソンのカップに、アスターはお茶をもう一杯そそいだ。

「曾姪孫」、格好をつけて使いましたが、大おじさんから見て正しくはミラエステルは大めい、ですね。

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