魔王は勇者に褒美を与える 上
各々が冬ごもりに入ったので、数年前の『魔王と勇者』の話を。
話は、数年前までさかのぼる。
『彼は誰の城』と呼ばれるダンジョンを管理する『彼』の目の前には、青年が一人立っていた。
緊張もあらわなその青年は、ここいらの人間とは少し異なった顔立ちをしていて、異郷の人であるのはたしかなようだった。
彼とて、人の作った国に密偵を放つような位の者だ。
人というものが作り上げた『英雄制度』、あるいは『勇者制度』のことは密偵の報告ばかりではなく、経験からも知っている。
目の前の青年が、その顔立ちから、その制度の犠牲者なのだろうこともうかがえる。
あれは、人買いが攫ってきた奴隷で行うものだから。
国家によって育て上げられた、汚れ仕事や軍を動かせない時の武力行使に使われる、洗脳済みの暗殺者。
それが彼の知る『勇者』である。
ただ、この『勇者』の身に付けている物はあまり上等なものではなかった。
「あなたが、このダンジョンの魔王、なのか?」
異国なまりの言葉に、それは確信となる。
彼、魔王と呼ばれはしたが、単なる暁闇の氏族の一人でしかない、セオドリク=ルーキス・オルトゥスはため息を重々しい首肯で隠した。
さて、何人目の『勇者』だろうか。
「魔王かどうかは知らん。だがそう呼ばれるならば、そうであろうよ。来訪者よ、何用か?」
もう、何度も繰り返したやりとりである。
相手は全部、そのたびごとに違うのだが。
「あ、あなたを倒しに来た」
相手から返る答えもまた同じだった。
それでも彼の経験上、この青年は割と丁寧な方だ。
誰何の声も無く切りかかられ、そうでなくとも罵られるのが普通だ。
彼に目通りが叶うまでに、『勇者』にとっての同行の仲間を、城の防衛機構で失うことも多いから、それもまた当然であろうとも彼は考えていた。
だがこの青年はたった一人で侵入し、大した怪我を負うことも無く、この城の住人のための隠し通路まで見つけ出し、ここまでやってきた。
少しだけ、興味が湧いたといってもいいだろう。
今二人がいるこの部屋は、客人からすれば謁見の間にも見えるだろう。
重厚ではあるが、余計な飾りつけは無い部屋は『勇者』の知るところではないが普段はテーブルと椅子が何客も置かれた、この城の住人のための食堂だ。
その住人たちは部屋の外で、事の成り行きを見守るように命じられている。
セオドリクが、この『勇者』が住人用の道を見つけ出した時に、そう命じた。
今回の者は、いつもの者たちとは違うと思ったがために。
「ほう。では何のために?」
「自由のために」
「なるほど。我を倒せば自由の身か」
『勇者』は、属する国を妄信する……子どもばかりだ。
狂信といってもいい。
今まで返ってきた答えは「王様の命令だから」「平和のため(この答えは大抵、国ひとつの平和のことだが)」というものばかりで、食傷していた。
だからこそ今回の『勇者』の答えにその興味が育った。
それこそ、一人称を変えてそれなりに魔王らしく振舞ってやるかと思う程度には。
「しかして、自由の身になってなんとする?」
「……好きな人のところに、行くんだ。もっとゆっくり話をして、……俺の故郷の話をもっとして、あの人に俺が見たものの話もして」
『勇者』は純粋培養で洗脳されるが、それにしたって見た目から二十代にはなっているだろう青年のものとは思えない欲望だった。
正直なところを言ってしまえば、セオドリクには『勇者』のいうところの『好きな人』は、所属する国の手の者であり、洗脳を脱し始めた青年期の人間を引き留めるための道具としか思えなかった。
「あの人は、勇者じゃなくて俺の名前を呼んでくれた」
この『勇者』は自由になっても、自由にはなれまい、と彼は思う。
やはり『勇者制度』の犠牲者はどこまでも憐れだ、とも。
「そうか。……戯れに、もし我をお前が倒せたなら、手にした自由のはなむけとして、何かひとつ財宝をくれてやろう」
その憐れさゆえに、彼はちょっとした気まぐれをおこした。
自分を倒せるまい、とは思うのだが、この賢い愚か者は、自由の次に何を欲しがるかを見てみたくなったのだ。
本当に賢ければ、高跳びのための馬を買う費用のようなものを欲しがると思ったのだが―――なにしろこの『勇者』はきらきらしい装備など何一つ持っていない。
金を持っていないということは、容易にうかがい知れた。
そんな状態で自由を得て、どうしようというのか。
視線を彷徨わせる青年の様子に欲深さを見て、セオドリクは苦笑した。
だが、定まった、と彼を見返す『勇者』はぐっと力を込めた。
「だ、ダイヤの、宝石がついた指輪も、あるだろうか?」
「は?」
「女の子の指に似合うような、綺麗な」
「その程度、簡単に手に入るだろう?」
言ってしまってから、セオドリクはこの『勇者』に金が無さそうだったということを思い出した。
だが、青年の方がそうは悪くはとっていなかったらしい。
「宝飾品は、俺が入れるような店には無いんだ。そういうのは、貴族がお抱えや、有名な職人に作らせたりするものだって、友だちにも笑われた。自由になれても、たぶんそういう所には俺は断られるだろうし」
セオドリクが口の端を歪めたのは、笑いからではない。
この男は、自分が騙されることは無い……『王様』を信じ切っているのだろう。
自由の身となっても、殺されることは無いと。
それでいて、その忠誠へと返されている物があまりにも少ない……。
『魔王と呼ばれる者の打倒を成し遂げたあかつきには自由を与える』、それ以前に身飾りひとつ誂えられぬような扱いには、不満は無いらしいが……。
「よかろう。我に願うにはささやかすぎる物ではあるが、叶えよう」
部屋の外で動きがあったのは、それを成すため。
宝飾のたぐいであれば、いくらでも、というわけではないがそれなりの数はある。
女の指を飾るのにふさわしい指輪なら、すぐに箱一つくらいは集められるだろう。
「では、そろそろ始めるとしようか」
「……話を聞いてくれて、ありがとう」
おや、とまたしてもセオドリクには引っかかるものがあった。
『勇者』に仕立て上げられているのに、この青年に妙な孤独の影を感じて。
だが、それも鞘から剣を抜く音で断ち切る。
開戦だ。




