どんぐりクッキングは根気と時間
レッツどんぐりクッキング。
砂糖、小麦粉、卵。
この順で切実に欲しい……。
エントランスで、平べったく形を作って鉄に変化させた泥板の上で粉を練りながら、私は思った。
パンを焼くならタンドリー窯みたいなものか、最低でも鉄板が欲しい所。
そこで思いついたのが、石化の魔法の応用だった。
左手に触れたお手本の鉱石と同じものに、右手で触れたものを『石化』できるのであれば、もしかして金属にも変えられるんじゃないかって。
どんぐりの粉を練る前に泥を練るはめになったけど、ゴブリンのなまくらをお手本にしたら、なんとか鉄板を作ることはできた。
できあがった鉄板の鈍い輝きに、これ武器も作れちゃうかも、なんて思ったけれど、泥の粘土でそんなもの作れるはずもないとさっさと諦めた。
さて、そうこうしてるうちになんとかまとまってきた。
小麦粉と卵がつなぎとして偉大だと思い知らされるひとときだった。
ここにあらかじめ煮て粗く砕いた栗を投入。
砂糖が無いから、甘みと食感の変化を付けるのが目的。
まとまってる、とはいえすぐぼろぼろになるから、平べったく形成したらこれでおしまい。
パンというより、クッキーみたいになった。
どんぐりクッキーのタネを載せたままの鉄板を持ち上げ、三個の石で作った台の上にのっける。
キャンプなんかでよく作られてる、簡易版石竃。
バケツを鍋にするときは吊り下げ式がいいんだけど、板を載せるならやっぱりこれでしょう、と砕けた石で作った。
三点式にしたから、グラグラもしないし。
石の囲いの内側に薪を入れて、火を点け、焼けるのを待つ。
結局、ほぼ半日かかったなぁ。
昼までにドラゴンがとってきたどんぐりのより分けで、あまりおいしくないものはどけて(弾いた実はいつの間にかスライムが食べに来てた)、鬼皮を剥いて栗以外を粉にする間に栗は煮て(鬼皮はまたスライムが食べてた)、粉を晒して灰汁を抜いて、それから延々捏ねて。
形になったのがやっと今さっき。
それにしても、昨夜の栗の皮もだけどそれどころか焚火の燃え残りとかも、全部ごっそりスライムが片付けちゃってるなぁ。
デカスライムじゃなくて、このダンジョン内のノーマルなスライムが。
灰汁を抜くのに灰が必要だから、それに気づいて慌ててより分けたけど。
まあ、デカスライムだけが食べるのは、他のスライムが飢えるから管理者としてよろしくない状態だから、これは喜ぶべきなんだろうけど、じゃああのスライムはここ最近何を食べてるんだろう。
エントランスじゃ、こういう時間には見かけないし。
ちわちわと鉄板から音がし始める。
ほどよく焼けた所でひっくり返すのだけれど、まさか石でできた指がこんなとこrでも役に立つとは思わなかった。
素手でクッキーをひっくり返すと、どんぐりに含まれている油分がぱちぱちと音を立てる。
自分で食べるわけじゃないのに、なんか嬉しい。
「これがパン?」
おっと、今日の野暮用が済んだらしいおチビさんが戻ってきて、鼻を動かしてる。
「どっちかというとクッキーに近いけどね。食べたいなら手を洗ってらっしゃい」
すっかり行動がお母さんっぽくなってきてる自覚はある。
まぁ、仕方ないか。
この子、ドラゴンなのにあまりにも子どもらしいんだもの。
「もう洗ってきた!」
ほら、今も。
目をキラキラさせながら、まだ水分の残る手をこっちに見せている。
作っている一枚の端を割りとって、その掌に、あ。
「熱いから、火傷しないようにね」
あっぶな! 私は火傷しないけど、人間に化けてたら人間の皮膚になってるのは充分ありえること。
ココを摘まめ、と指示して指先で摘まませた。
ぽい、とドラゴンの口の中に、あまりきれいなとは言えないひとかけらが消える。
もぐもぐ動かしてる顔を覗き込むと、ドラゴンはきゅうっと口角をあげた。
「熱い食べ物って、不思議だ」
「不味くはない?」
「ぽろぽろするけど、ところどころ昨日のが入ってて、ぽくぽくしてる。そこのとこ甘い」
「もうちょっと工夫が要るか」
「でも不思議。木の実と形がぜんぜん違う。もっと食べたい!」
「食べられるなら、もっとおあがりなさい。これ全部あなたのなんだから」
「ありがとう!」
火を消して、鉄板の端へと寄せたものを大きなおせんべいみたいに持って、ドラゴンが食べ始める。
……こういうとこ。
この子のお母さんは大事にこの子を育てて、躾けたんだろうなぁってのがちらちら覗く。
ドラゴンなんて、ダンジョンに籠りっきりの『私』だって知ってる最強の生き物の一角だ。
好き勝手に暴れて生きていけるだろうにね。
「スライムたちが片付けてくれるから、いらなくなったら床に置いておいて」
「わかった」
夢中で食べる姿がほほえましい。
さて、私は棚上げにしといた昼からの仕事をしてこよう。
残ってる回数分の石化魔法を使いに、私は修理中の階層へとのぼっていった。
灯りを持って、皇女様の元へと夜のお勤めのために参上した、その灯りの中に浮かび上がるものがあった。
石碑に載せられた葉っぱの上に、昼のどんぐりクッキーが一枚。
それから昨日と同じように、子ども姿のドラゴンが石碑の横に寝ている。
「どうしたの? 全部あなたのだったのに」
「母様が、誰かと同席するときは食べ物は分け合うって教えてくれてたのを思い出した。食べられないなら、供え物にするといいと思ったんだ」
ふにゃふにゃした笑顔でこんなこと言われたら、なんというか、湧き上がる物がある。
「……ありがとう。皇女様もきっとお喜びになる。だけどこのままだと虫が湧くから、後で食べておいて」
「わかった」
「さて。じゃあ今夜は、森の狼と赤い頭巾の女の子の話をしましょう」
やばいなぁ、やりがいがプラスされちゃった。
「むかしむかし、深い深い森に隣り合う小さな村に、赤い頭巾の似合うかわいらしい女の子がいました。赤い頭巾の似合うその女の子を、村の人達は……」
参考文献:『どんぐりだんご』小宮山洋夫
こちらを参考にしつつ、「粉にしてからあく抜きをする」という行程にしました。




