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奥津城守の帰還  作者: みかか
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ゴブリンはそそのかす

今回、ゴブリンによる残酷なシーンがあります。

 トロルを手懐けるというのは、ゴブリンが考えていたよりも難しいものではなかった。

言葉が通じないことは変わらないものの、身振り手振りで多少の意思疎通ができるとわかってからはなおさらだ。

やはり胃袋を掴むというのは、とても応用の利く方法だといえるだろう。

トロルはその性質や体型上、素早い物、逃げる物を捕まえることが不得手。

ゆえに、初めて知った兎肉の味にトロルは夢中になった。

兎肉ばかりではない。鹿肉、鳥の肉も。

『これ』は自分にとっては悪いものではないと、トロルが判断するには充分だったのだろう。

そこから『これ』は自分に有益である、までは一足飛び。

さらに『これ』の指示はよいことにつながる、とまでも行ってしまう。

つまり『これ』であるところのゴブリンの思うように、トロルが動くようになったということ。


 そう仕上がるのに、晩秋までかかってしまったことに、ゴブリンは内心焦りを感じていた。

冬までにはなんとしても、トロル手懐けねばならなかったし、欲を言うならもっと早くこの状態にしたかった。

……ここ、今ゴブリンが拠点としている遺された森は、元ダンジョンではあるのだが、建築らしいものはまったくといっていいほど残ってはいない。

やがてくる冬の寒さの中、風よけひとつない暮らしは辛い。

トロルに住人を追い出させた熊穴はあるが、これではだめだ。

熊穴は待ち伏せなどには便利なものではあったが、快適には程遠い。

だから冬までには「家」を手に入れる必要があった。

もちろんこのゴブリンが手に入れる、となればそれは略奪によるものである。



 遺された森の獣たちは程度の差こそあるが、総じて大型化する。

ダンジョンの管理者には、侵入者を阻むモノが必要になるが、遺された森の前身のダンジョンの管理者はそれを魔法生物に頼った。

その魔法生物を強化するために大型化させ、かつ定められた範囲からは出ていかないようにさせるワンダリング効果もある機構がダンジョンの基礎に組み込まれているらしい。

ダンジョンが失われて以降はその力はただの獣に向けられていた。

単なる獣が大型化し、けれどこの森からは出ていかない。

おかげでこの森近くに住む猟師は多かったが、狙うのは草食のものがメインだったからか、単独行動の者ばかり。

そのため拠点となる小屋に仮住まいの設備を整えるものもいた。


 トロルを先導しながら、ゴブリンは何度も偵察を繰り返した道を歩いていた。

万が一にも、この森にゴブリンがいることを人間に知られてはならないから、行動は極力控えめにしていた。

それがゴブリンにとってはどれほどのストレスになるか……。

しかしそうしなければ望みの物が手に入らないとなれば、ゴブリンは執念深くそれを成し遂げることができる。

火を起こしても見とがめられない、潜伏できる、雨風防げる「家」は、それほどまでに魅力的なのだ。


 ゴブリンが目を付けたのは、猟師たちのなかでもコミュニティを少し離れた老人の住まい。

前述の執念深さを持って、ゴブリンは老人の家近くの猟師たちが今期の狩りを終え、仮住まいを離れていくのを待った。

老猟師もそうやって離れてくれればゴブリンにとっては楽だったのだが、彼は近隣の村に冬の家を持たない天涯孤独の身。

この冬も森に留まるために、冬支度を重ねていた。

彼の家は仮住まいではなく、年を通して住む物で、それゆえの頑丈さをゴブリンに見込まれたのが不運だった。

犬を飼っていなかったことも、ゴブリンは気に入っていた。

こちらの存在を嗅ぎつけられずにすむ。

そして、これから彼の家はゴブリンのものになる……



 ぬぅ、と突然物陰から姿を現したトロルに、老猟師は驚きながらも長年の経験から「早く逃げればトロルは諦める」ことを知っていた。

森を抜ける道を、彼は思いだそうとして


「っ!」


 背中に酷い鈍痛を与えられ、彼はそちらを振り返った。

二三歩たたらを踏んで振り返ったその先で、口が耳まで裂けた笑顔が彼に向けられている。

挟み撃ちだ。

背中へのこん棒の一撃は、呼吸も判断も狂わせる。

よろけ、前に、トロルの方へと近づいて、その上背中を向けてしまった。

あ、と思った時には、さらに重いトロルのこん棒が、彼の上へと打ちおろされていた。



 家の中に蓄えられていた品物を挙げていけば限りないが、干し肉に漬物、日持ちする堅パンに今日食べるつもりだったのだろう普通のパン。

上に着られそうなまともな服が二揃い。

道具は弓矢にしろ刃物にしろ、古びてこそいたが手入れが行き届いている。

むしろ新品の固さが無いぶん、こっちの方がいいかもしれない。

暖炉にくべる薪など、軒下まで届こうかという高さに積み上げられている。

もちろん鍋もある。水甕もある。

水は一冬持たせるものではないが、小川まではすぐだ。

トロルはすでに縄張りに返した。

それまでに獲った山鳥を二羽もやればトロルへの報酬は充分、だからこれはゴブリンが独り占めできる。


 さぁ、今夜は久しぶりの御馳走だ、とゴブリンはにやりと笑った。

里を出てから食べていないスープに―――なにしろゴブリンたちは煮あがるまで待てない。串刺しにした肉の塊を、焼けた傍から切り取って食べるのだから―――、調理をするための塩もある。

たった一度の狩りの成果に、ゴブリンは満足した。

この冬は楽しく過ごせそうだとその口の端が大きく上がった。


 思考能力が育つのは、考える余裕ができたとき。

ありていに言ってしまえば、暇ができたら。

じっくりと思考を重ねる時間ができれば、思考は育つ。

ゴブリンは里を出てから初めて、そんな時間を得られたことになる……。

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