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奥津城守の帰還  作者: みかか
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彼らの物語 10

今回とても「痛い」描写がありますので、ご注意ください。

 ナオは必死で前に進んでいた。

腕を前に伸ばして、身体を引き寄せ、逆側の腕を前に、そして引き寄せ……つまりは、這いずっている。

痛い、熱い、痛い、熱い。

身体は前に進んでいく感覚よりも強くそのふたつを訴えて、ナオの思考を焼き尽くす。

それも道理だ。

その二本の足は膝下から砕けて形を失ってしまっている。

それで石畳の上を進もうとするなら、這いずるようにしか動けないだろう。

もし誰かいれば助けを求められたろうが、祭りのせいだろうか、人通りは無い。

それでも、あの尖塔を持つ建物へ行かなければならない。



 始まりは、窓の外から賑やかな音楽がかすかに聞こえてきたことだった。

ドラゴンとの再戦に、あるいは別の脅威との戦いのために研鑽をつむ身ではあっても、三人は人間だ。

それも、見た目よりも中身はずっと幼い。

石板や課題から顔を挙げさせるのに、音楽は十分すぎた。


「賑やかだな……」


 たとえ、馴染みのない旋律であっても心浮き立つようなリズムはその音楽がどういう性質のものかを三人に教える。

祭り……少し肌寒い季節からして収穫祭なのだろう。


「BGMが変わると、イベントって感じでいいよな」


 『イベント』。

ケンが口に出した言葉は、実は合っていたのかもしれない。

このとき、何かのフラグのようなものが立った、といえるかもしれない。


「……前から思ってたんだけど、ちょっと『お城』、抜け出さねぇ? そこの窓からならいけそうなんだよ」


 しばらくの沈黙ののち、ケンが言葉を続けた。

彼らの部屋の窓は、採光のためのものと、換気のためのものだった。

ガラスは使われていない。

鎧戸の下にあるのは、格子の窓だ。

大きく開けば、人間一人たやすく出入りできる。

もっとも、三階の高さの窓の外にはベランダなどないのだが。


 まず、ケンが外に顔を出した。


「壁、ちょっとずつデコボコしてるな……」


 つるつるに磨き上げられているわけではない壁は、だが手がかりにするには、あまりにそのでっぱりなり窪みなりは小さすぎた。


「あれやろう! シーツのロープ!」


 だから……彼らは御伽噺などではおなじみのそれをやろうと考えた。

三人分の上下のシーツ、合せて六枚分をつなげたなら、確かに三階の高さからでも地上には充分届きそうだった。

三人はさっそく、自分たちのシーツをつなげにかかった。

問題は、彼らの誰も、その正しいやり方を知らなかったということだろう。

つなげる。手がかり足がかりになる結び目を作る。

これらは、なんとなくでもできてしまうものだったから。

できあがったロープらしきものを、部屋の中で最も大きな家具に括りつけるのも、また。

だが、大人に近い人間三人分の重さに、「なんとなく」でできてしまう物が耐えきれるはずがない。


「あ」


 悲鳴が誰のものかは、わからなかった。

窓から下へ垂らしたシーツのロープの、結び目が解けたのか、それともちぎれてしまったのか、三人の誰にもわからなかった。

潰れるような音が、ほんの少しずれながら三つ続く。


「い、……い、た」


 身を起こせたのは、ナオだけだった。


「ミヤ……? ケン……?」


 二人は地面に伏せたまま、動かない。

その体の下に、赤いものが広がっていくのに、あげそうになった悲鳴を飲みこんでナオは腕で必死で這いずった。

『死んでも生き返ることができる』。

それは『王様』のために働いているから、特別にやってもらえているのだと、ナオは理解していた。

じゃあ、「そうじゃない」時に死んだら……?

ナオの頭の中には、ケンが以前に教えてくれた「教会で回復してもらえる」ということで一杯になっていた。

窓から見える景色の中、高い尖塔を持つ建物が教会っぽいという、いつかの会話とともに。

―――あそこまで行けば、二人を助けてもらえる。

痛みに焼かれる思考は、それ以上を考えられなかった。

幸か不幸か、あたりには誰もおらず、ナオを見咎める者もいなかった。



 呼吸を必死で継ぎながら、ナオは必死で這いずって這いずって……尖塔のある建物までたどり着いた。

ケンが言っていたとおり、地球でいうところの教会なのだろうか、尖塔には鐘が吊るされているが、ナオにはそれを見上げる余裕はない。


 大きな正面扉の階段の下には、簡素な服装の少女が籠を肘に掛けて佇んでいた。

口の下あたりに小さなほくろのある、かわいらしい少女。

教会の下働きか、あるいは誰かと待ち合わせでもしているのか。


「たす、けて」


 あの子のいるところまでいけば、助けてくれる。

痛み、パニック、罪悪感。

そんなものでいっぱいのナオには、もうそれしか考えられない。

だが、少女はナオの姿を見つけるなり、表情を凍らせた。

信じられないものを見た、と、その表情が教えている。


「っ、いやああああ!」


 籠が落ちた。

下がろうとした少女が足をもつれさせて、尻もちをついた。

なんとか逃げようとして、しかし立ち上がれないのだろう。

そのままの姿で後ろへと下がり、その背が階段の一番下の段に突き当たると、手探りでかき集めた砂を、彼女はナオに投げつけた。


「あ……」


 ばちばちと当たる、細かな礫にナオが顔を背けた、その一瞬を好機と見たのだろう。

少女は身を翻して、数段の階段を四つん這いで逃げ登った。

ほうほうのていで、彼女は教会の扉を押し開けて、中に滑り込む。


 ナオは砂を払って、少女の後を追った。

ただただ、助けてほしくて。

しかしそれは重い扉に阻まれ、押そうとしたその手も音を立てて弾かれる。


「?」


 静電気に遭ったときのような、しかしその何倍にもなる痛みに、一瞬にしてナオは焼き尽くされたようになって、扉の前に倒れ伏した。


「お、おぞましき、ものよ。なんじ、の、あるべき場所へ、かえりなさい」


 扉の向こう、震える声がする。


「い、いつわりの、いのちの、ここ、此の世にとどまって、生命をゆがめたるものよ、さりなさい」


 ナオには、少女が何を言っているのかがわからなかった。

ただ、拒まれていることはわかる。


「たすけて。ケンと、ミヤを、ともだちを、たすけて。大けがを、してる、から」


 それでも訴えを重ねながら、ナオは扉を引っ掻く。

そのたびに指がばちばちと音を立てて、酷い痛みとともに弾かれるのに。


「ともだちが、しんじゃう」


 自分の手がどうなっているのか、もうナオは考えることもできない。

扉の向こうで少女がか細い悲鳴をあげつづけていることも、聞こえない。

ぐしゃ、ととうとうナオはその場に倒れ伏した。

意識が遠ざかる中で、ナオはひたすら、どうしようどうしようと考えていた。



 ぷつん。

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