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奥津城守の帰還  作者: みかか
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こんな時には本を読もう

 直面してしまった外の世界への渇望。

自分の中のそれがひどく怖くなってしまって、私は機械的な、繰り返しの仕事しか手に着かなくなってしまった。

皇女様の御伽役、壁を直すこと、そういった毎日の事しか。

まだまだ材料はあるのだから、人手を増やさなくちゃならない。

庭園の手入れの仕事はまだ清書できていないし、配置するつもりだった入り口近くの警備ゴーレムだってほったらかしになっている。

庭園に行くとき以外は入り口を避けているのだから、本当なら今だって侵入され放題のはず。

また蜘蛛の一匹くらいは入り込んで、天井に巣を張ってるかもしれない。

それなのに、確かめにいくことすらできないでいた。


 幸い、あの蜘蛛以来侵入してくる小動物を見かけたことはないけど、たぶんそれは運がいいだけだってのもわかってる。

早々に入り口周りの警備を強めないと、小動物どころかゴブリンやら、好奇心いっぱいの冒険家に歴史家の侵入を許すことになる。

それも、わかってる。

だけど、倦怠感みたいなものがどーんとのしかかってて、動くエネルギーはあるのに、点火しないみたいなことになってた。


 私は寝床である箱の中、お風呂に入っているみたいに肘や踵を箱の縁にひっかけ、お行儀悪く脱力していた。

なぁんにも、考えたくなくて。

いつまでもこうしちゃいられないのだけれど、私の頭は今日の分の修理はおわったんだから、とか、皇女様の所に歌い語りに行く時間はまだきてないからとか、理由を付ける。


 私……私、こんなとき何してたっけ?

『私』じゃなくて、十七歳の人間の女の子だった私の記憶をたどる。

動く気力も無かったときは……暗くした部屋で音楽聞いて、寝る寸前みたいにぼんやりしてた、はずだ。

お気に入りの音楽、無い。

暗くした部屋、そもそもこのダンジョンに、灯りらしいものは庭園以外にまったくない。

寝る寸前といったって、そもこの体は生物じゃないから身体的な睡眠はしないけど、体勢だけなら今まさにそれだ。

うーん……。

私は足をばたばた、子どもみたいに暴れさせる。

そうこうしている間にも、作業は止まったまんまだっていう罪悪感は膨らむ。

やらなきゃいけないってのは変わらないけど、ずーっとそれが頭の片隅にあるのは辛い。

「行きたくない」と「やらなきゃいけない」の天秤が今より動いたら、動けるようになるだろうか。

だけどまだ、「行きたくない」の方に傾いたままで止まっている。


 考え方を変えよう。

今日は、雨の日だと主もう。

雨の日には、何してた?

あったかいお茶を淹れて……お茶、無い。

おやつを皿に盛って……お菓子、無い。

……本。

そうだ、本なら、有る。

私は勉強のために読みこんでいた、魔法の教本を振り返った。

机の上に伏せられた本は、今日もつつましく自分の出番を待っている。

だけど、……今日は君の気分じゃない。

それに隠し部屋のぎっしり詰まった本棚は、まだ最初の十冊も中を確かめてない。

中身が『私』の備忘録だったとしても、復習だと思えばいいし、何かしら私が首をかしげてきたことの答えがあるかもしれない。


 急に湧いて出たやる気に、私は寝床を抜け出した。

一冊一冊、じっくり読み進めるのもいいし、適当に抜いたのを読んでもいい。

これなら仕事が止まってても、他の仕事をしているわけだから―――緊急性の無さ、本来の優先順位の低さにはこの際目をつぶることにする―――罪悪感もそんなに感じなくていい。

私は喜び勇んで、隠し部屋に向かった。



 この間軽く見た中から一冊。

まったく中身を探していなかったあたりから一冊。もう一冊。

ゆっくり読むなら三冊くらいでいいだろう。

後で追加すればいいだけだし。

三冊持ち出して戸を閉じると、こちらをうかがっていたらしいスライムたちがわぁっと……じゃ、ないな。

のたーっと逃げてった。

あのデカスライムくらいよね、私から逃げないのって。

そんなことを考えながら、階下へ歩いていく。


 さて、どこで読もうかな。

拠点の部屋には机も椅子もあるけど、こんな時にお行儀よくってのも違うし。

ちょっと考えて、入り口から角を曲がったところ、この間蜘蛛の様子を覗き見た場所近くに腰を落ち着けることにした。

壁に背中を預けて、私はさっそく一冊目の、『私』の備忘録らしいものを開いた。

これは子守唄。

中身を読みながら思い出す。

指先で紙面を軽くたたいて拍子をとりながら、歌ってみる。

これは三拍子だから……思い出せる限り、調子は外れてないはずだけど、譜面が欲しいなぁ。

楽譜、五線譜ってよく考えたらすごい発明だよね。

口伝だと、一人でも音痴がまざっただけで全部違って伝わっちゃう可能性あるもの。

一段落したら、楽譜作ろうかな。

『私』も私も、忘れるってことは無いはずだけど、なんだか伝わる形で残しておきたいって気持ちになった。

日本ってのは、ある意味この『伝える技術』がとんでもなく発達してた世界だったんだなって、こういう時に思う。

一曲を、拍子を取ったり歌ったりしていたら、それだけでずいぶんと時間がかかった。

けど、何か急ぐわけじゃないからね。

皇女様のための時間だけは忘れないようにしないといけないけど。


 そうやって何曲かを歌った頃、ずん、と不意に振動があった。

地震、じゃない!

私は慌てて立ち上がり、角の向こうへと向かった。

……え?

なに、あれ?

入り口から突っ込まれているものを、私は一瞬ワニの頭かと思った。

けど、ワニにしては口吻が短く、目の位置も頭の上じゃなくて頭の中に納まっている。

ワニというより、映画で見た恐竜に近い形だ。

なにより、角だの耳ヒレだの、ワニには無いオプションが多すぎた。

ドラゴンだと、私の中の知識が告げる。



 なんでダンジョンの入り口から、ドラゴンが頭突っ込んできてるの?

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