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奥津城守の帰還  作者: みかか
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吸血鬼は相続する

ちょっとした過去篇。こちらもやっと出せました。

 ほんの数年、時間はさかのぼる。 


 『彼は誰の城』というダンジョンがある。

常に薄暗く、人間はどんな灯りをもってしてもほとんど視界を確保できず、そこにいるのが誰かもわからないゆえの名前とも、侵入者を迎え撃つ罠の数々があまりにも苛烈で、結果誰ともわからぬ骸になり果てるという噂からとも言われている。

また、一部の人間には別の呼び方もされている。

ここは実際には住居でもあるのだが、住人たちと相容れぬ人間はそうは思わないものだ。

『彼は誰の城』を、その人間たちは『魔王城』と呼ぶ。



 目を覚ました少女は、ふかふかのベッドの上で今夜も早々に憂鬱になっていた。

今日も仕事が山積みなのがわかってしまっているからだ。

衣擦れの音が聞こえたからだろう、ドアの向こうから鈴の鳴るような声が彼女に問いかけた。


「ご主人様、お目覚めになられましたか?」

「御仕度をなさいますか?」

「ええ。やってちょうだい」


 ドアを開けて入って来た二人のメイドに、ベッドから起き出した少女は身を任せた。

背の大きく開いたおしきせ姿のメイドたちの背中には、小さな蝙蝠の羽根。

夢路の氏族、いわゆるサキュバスなのだ。


 寝間着から普段着のドレスへと着衣を変え、それから髪を整える。

ブラシが動く間、もう一人は化粧台からパレットを取り出して準備を進める。

柔らかく少女の身支度を整えるサキュバスたちの手は、人間の王宮付きのメイドにだって劣るものではない。

そう躾けたのは、彼女の先代にあたるこの城の主……ダンジョン『彼は誰の城』の主だった。



  彼女、暁闇の氏族、と呼ばれる一族の若き一人、ミラエステル=ロクサーヌはつい先ごろ相続した大伯父のダンジョンが悩みの種となっていた。

『夜の種族』と呼ばれる―――人間にはそうは呼ばれないのだが―――者たちは、たいてい特徴に添った一族ごとに一氏族を名乗る。

ミラエステルの属する暁闇の氏族は、いわゆる吸血鬼だった。

この一族は出産による生殖をおこなわないため、実際の所大伯父とはいえ血のつながりは無い。

それどころか年齢が上であれば、『親』以外は「おじ・おば」、下であれば「甥・姪」、近ければみな「いとこ」と呼ぶ習わしのあるような一族だ。

ゆえに、大おじ・大おばとはこの一族の長老格、長い年を生き抜くことのできたエルダー階級の者を差す。

ミラエステルを自分の棲家であったダンジョンの相続人にと指名した大伯父は、エルダーの中でも変わり者で通っていた。

人間の国の外れで大きな城に、力の劣る他の氏族の者を保護を兼ねて配下として住まわせていた、までは時折見るものだが、この大伯父の場合は周辺にある人間の村をも治めていた、つまり人間の領主ごっこまでしていたという極め付き。

命も税金も取らぬかわり、『食料』を上納させるシステムを確固としたものとして稼動させていたなどという話まであるのだから、「何を考えていたのか」と思うほかない。

……人間になんて、己の恋しい人や後継者を見つけるのと食事以外では関わるものではない、と直近の『親』やおじおばにまず習うのが氏族になりたての若者の常。

元々人間から養子として受け入れられ、育てられ、一族に加わるのが暁闇の一族の生殖法であっても、だ。


 その大伯父は少し前、酔狂の末に人間の侵入者に殺されてしまったのだが、その報とともになぜかかねてより後継としてミラエステルを指名していたのだと聞かされた。

べつだん彼女はくだんの大伯父と近しかったわけでもないし、ずいぶん前に人間に殺された彼女の『親』が大伯父と親しかったわけでもない。

まったく、というわけではないが、心当たりらしいものはない。



「お化粧も終わりました。本日は淡い桃の口紅にいたしました」

「ありがとう。今日は相談を進めるわ。一刻後にメイソンを執務室に呼んでちょうだい」

「かしこまりました」


 サキュバスたちはこれまた見事なカーテシーで主人に一礼して、去っていった。

ふむ、とミラエステルはため息をついた。

世話をしてもらう生活は別に嫌なわけではないが、人間でいうなら下級貴族からいきなり王族、それも女王のそれになったようなもので、面はゆい。

まぁ、いいことばかりでもない。

たとえば、この城を継ぐまでは無縁だった経営の仕事。

学んだことを即使わなくてはならないような、麦を刈りながら麦を蒔くような、そんな追い立てられているような仕事のありさまなのだ。

彼女とて、大人になりたてというわけではなく、ここに来るまでは親から継いだ家でそれなりにやっていたのだが、これまた下級貴族と王の仕事が違うように、彼女の知るものとは同じだが色が違うようなありさま。

先ほどメイドたちに呼ばせたメイソンという、先代の秘書であった者の助けを借りる形でなんとかできているようなもの。

大伯父の遺産には、彼ら彼女ら配下たちも含まれる。

配下全てによく報い、よき領主として『彼は誰の城』を守ること、それがミラエステルに渡された遺産に付随する『課題』だった。


 夕方のおめざとして、薔薇水のボンボンを口に放り込むと、ミラエステルは執務室へと向かった。

ドアを開けると、すでに石板を持つ速記係の書記がいて、彼女に一礼した。

石板は、つまりは速記用の黒板だ。

彼女と秘書のやり取りを書き留めるもの。


「おはようございます、お嬢様」

「ええ、おはようメイソン。なにか領に変わったことはあって?」

「とくにはありません」


 メイソンと呼ばれたのは、青年の見た目をした黒猫の獣人、爪月の氏族の者だった。

お仕着せの、執事としての揃えを身に纏う姿は、「獣人」と耳にするときのイメージからはかけ離れている。

彼もまた、先代の遺産だ。

後継たるミラエステルが未熟であることを侮ることなく、先代と変わらぬ忠誠を捧げてくれていることを、彼女はありがたく思っていた。


「では、担当には変わらず警戒するようにと。では次に王都の動きだけど」

「こちらはご報告がございます。どうやら、次代が招かれる可能性が出てきました。探ることを続けます」

「担当には気を付けるようにと伝えて。油断はならないわ」

「はい」

 

 淡々と会話をやり取りしながら、ミラエステルはひとつずつ、仕事を塗りつぶしていく。

ダンジョンの主という地位には特に思う物もないのだが、彼女には受け取った遺産の課題に思うところがあった。


 遺産の課題にはもうひとつ、負を帯びた遺産の清算もある。

小さな、ダイヤをはめ込まれた指輪だ。


―――自分を倒した若者の想い人に、それを届けよ。その者の名はシオリというらしい。


 なんとも酔狂なことだとミラエステルは思う。

自分を倒せたら褒美をやろうと『魔王』に言われて、好いた相手に贈る指輪を望んだ若者も、残る僅かの命でその行く末を見届けようとして果たせなかったために、名だけを頼りに後継者にそれをさせようというのも。

だがその酔狂さが、厳格なエルダーであると思われていた大伯父の茶目っ気のように思えて……かなえてみたくなった。

彼女とて、他者の恋を応援したくなるような年頃の乙女であったので。



 いかにも異国風の名前である「シオリ」を探すのは容易と思われたのだが、数年たっても手掛かりは何も見つからなかった。

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