ドラゴンは呆れる
子どもたちが酷い目に遭います
ドラゴンと一口に言っても、その性質も姿かたちも様々、千差万別だ。
大きさひとつとっても、大きな成体であれば小山のよう、小さくとも卵の状態で人の作る小屋ほどもあるだろう。
当然、鱗持つ種族のならいとして、年経た者ほど大きく、賢く、強力である。
あるいは、年経るためにはそうあらねばならない、そうでなくては生き残れない生き物であるともいえとうか。
生き物として長命なものは少子の傾向があるが、ドラゴンもまたそれからは逃れられない。
一般に『ドラゴン』と認識されるものの数は少ない、とされている。
さて、年経たものがいるならば、当然年若いものもいる。
乳歯か産毛か黄色い嘴か、とまではいかないだろうが、母の元を離れて離れて独り立ちしたばかりの碧色の仔竜―――とはいえ、この『子』だって大きさは民家ほどもある―――は、自分の棲家と決めた谷間に人間がやってきたのを感じ取って不満そうに鼻を鳴らした。
谷間の左右の崖の上にちらほら。
それから下流から谷間の河原を登ってくるのが少し。
高山に上り切れる体力は無く、深海を目指すような海への適応もまだなく、大きな洞窟やダンジョンには先住民がいて、若いというよりも幼い彼がやっと見つけた『我が家』。
侵入者がいればいらだつに決まっている。
なにしろ、まだ寝床すら満足に整えていないのだから。
そういえば、数日前から視界の端をうろちょろする人間がいたことを、彼は思い出した。
特に何をするでもなく、不快なだけであったから見逃していたのだが、よくない判断だったようだ。
母のドラゴンには、巣立つ前に独り立ちした直後のドラゴンを狙ってくる人間がいると、しつこいほどに聞かされていた。
だが血気盛んな若者や、知らない物に好奇心をもってしまった子どもが忠告をちゃんと聞くはずもない。
このドラゴンもまた「めんどうなことになったなぁ」程度のことにしか考えてはいなかった。
それだけドラゴンは強い生き物である、ということでもあったのだけれど。
そんな視界の端……谷の崖の上あたりからこちらを見ていた者たちが下がったのを、ドラゴンは感じ取った。
諦めたのかと思いもしたが、下流から彼の方へと上がってくる者たちの匂いは、そのまま近づいてくる。
どうやら、この正面の者たちが自分を狙っているらしい。
居を定めての僅かな日数で嗅ぎつけられたことに、めんどうくささを感じながら、ドラゴンは転居を考えた。
どこかもっと、人の来ないようなところを探さなくっちゃ。
彼であれば翼の一打ちで飛べる距離を、少しずつ少しずつ近づいてくるものがその姿を見つけたとき、彼は目を瞬かせるしかなかった。
たった三人、それも……彼は、絶対にこの付近から引っ越していくことを決めた。
こんな者たちに長々付き合っているわけにもいかない。
考えるうちにも、河原のあちこちに有る大きな岩を盾に、あちらの岩からこちらの岩へと移るように移動してくる。
三人それぞれに、その手に魔法の気配もある。
ドラゴンはその三人が緊張に震えるわずかな変化を感じ取っていたのだが、明らかに、『ドラゴン』に対するには足りない人数であるというのに、その緊張が薄いようにも思えていた。
要するに、死地に向かう覚悟とは思えないものだった。
それがどうにも座りが悪くて、彼は後ろ足を足踏みした。
舐められているわけではない。
それはもう見えるようになった三人の表情からもわかる。
だが緊張の足りなさは、この三人が『ドラゴン』に挑むという事をわかっているのだろうかと思わせるもの―――独り立ちしたばかりで、まだ人であっても対しやすいものなのだろうという自覚は彼自身にもあるのだが―――だった。
気に入らない、と鼻を鳴らす。
息を吐きだしたついでに、彼は大きく息を吸い込んだ。
ぴた、と止めて、見おろす先で三人の手元で魔法が形を成しはじめる。
その魔法が別の色、たとえば赤や橙色であったならば、彼とて『ちくっ』くらいは感じたかもしれない。
だが三人の手元に生まれた色は、白。
なるほど、とまだ仔竜の範疇、亜成体である彼は理解した。
この鱗の色なら、用意するのはそれが第一だろうな、と。
白い、氷の魔法は三人の手元から解き放たれ、ドラゴンへと向かってくる。
が。
この程度そよ風のような物。
水で顔を洗うような感覚に近い。気持ちがいいだけだ。
「どうして?」
甲高い悲鳴に、ドラゴンは予想が当たったことを知った。
ドラゴンは環境で鱗を磨く。
亜生体のドラゴンの鱗は、まだ磨かれていない緑色、あるいは碧色や翠色のこともある。
それが火のドラゴンであっても、水のドラゴンであっても。
そういえば、人間を見るようになってから、用心のために自分のブレスを使わないようにしてきたことをが少しだけ上手くいったことで、彼は母の教えに感謝した。
さて、かわいそうだが、ちゃんと始末をつけてやらなければ。
止めた息は、彼の中で十分練り上げられた。
ちょうど、人間がろうそくの火に口をとがらせるように、ドラゴンは一番怯えていた一人に息を吹きかけた。
「ミヤ!」
最後尾の一人が凍りつき、そのまま倒れて砕ける。
振り返った一人に同じように吹雪を吹きかける。
小さな低温の嵐に包まれれば、毛皮も無い人間はひとたまりもない。
地面や、近くにあった岩ごと凍りついた体は、河原の砂利の上ではバランスをとれずに倒れ、氷の板より容易く儚く砕けていく。
「わ、あ、あああああああ!」
混乱と恐慌のまざった絶叫のうちに、三人の先頭にいた者は手の中で赤く魔法を練った。
だが、遅すぎた。
残りの「一息」。
そのブレスを当てられて、赤い魔力ごと白く凍りつく。
炎は、炎も、凍る。
硬質な音とともに、最後の一人も倒れて砕けた。
周囲を見回したが、崖の上の者たちは戻ってくる様子はない。
おそらくは彼がどんな性質のものかを調べるために、そうとは知らされずに寄越された者たちなのだろうと思うと、この者たちに同情する義理はないが憐れさは覚える。
崖の上の人間たちが戻るまでにここを出て行かなくては。
どこかよさそうなところ、彼のような氷のドラゴンも過ごしやすい、涼しいところを見つけなくては。
風を一打ちし、碧色の体が上空へと舞い上がった。




