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奥津城守の帰還  作者: みかか
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コボルトは備える

コボルトたち、無事避難先についています。

 納品書を、コボルトのゾトはせっせと書いていた。

文字・数字・計算は、商人のみならず職人農民問わず必要である、というのはある程度人間と付き合いのある種族の者達には常識だ。

その文面に石三十個と書きこんで、彼は苦笑した。

これが鉱石なり、細工物なりであれば格好もつけられようが、石。

それも、石垣などに使うだろう巨石などでもない。

このあと、手元に残す帳面にも同じ品名と金額を載せることになる。

後からそれを見た者は、おそらく目かゾトの正気を疑うだろうことは間違いない。

それでもこの商品の代金で、実際に商品を送り出せるまでに、彼ら……避難民であったコボルトたちの生活は安定した。

この納品はそれを報告するためのものでもある。


「お、いよいよ乳母殿に送るのか?」


 仕事帰りのザルが、事務方の机で仕事をするゾトを見かけて声をかけた。

乳母殿……『あのゴーレム』と呼ぶのは、受けた恩に対して礼を失すると、誰ともなく避難の旅の途中から、彼らはかのダンジョンの管理者をそう呼ぶようになっていた。

毎夜、夢うつつに聞いた子守唄は、それほどまでに彼らを癒していたともいえるだろう。


「ああ、ひとまずは三十個は石が揃ったからな。石の品質にも問題は無いと思うんだが」


 そう言いながら、ゾトはもう一度書面をチェックした。

品名、個数、料金、発送日。

最後の一項目は、向こうがゴーレムの移動速度からここを知るための指標でもある。

これと、別に書いた手紙を胴体部分にくくりつける。


 この二通を持って事務所を出るゾトを、ザルも追う。

ゾトの腰に有る物入れの袋には、ゴーレム作成用の魔石。

石を集め、ゴーレムに仕立ててかのダンジョンへと送り出す。

そのための場所を、彼らはこちらの鉱山に住む親族伝手で鉱山の外縁部に借り受け、石を貯めていた。

そう、彼ら、だ。

ゾトとザルが率いていた避難民一向は、ゾトの受けた依頼を我が物として、みなで石を探して集めていた。


 その石置き場と決めた一角にある石を、ゾトとザルは二人がかりで三十個、三つの人型に並べた。

手足に二個ずつ。頭と胴体はひとつ。

その頭に、ゴーレム作成用の魔石を置くと……抵抗も無く半ばまで勝手に埋まるなり、ビーズを糸でつなげるように魔力の糸が並んだ石をつなげていく。

俗に【五体】というけれど、頭と手足、合せて九つに胴体を合わせて十個がいわゆる一パック。

結果、手足の割には胴体が小さいというアンバランスさになったが、そんな状態でも何の支障も無く、それらは頭に胴体、手足となってつながり、ストーンゴーレムとして身を起こした。


「おー、動いた動いた」

「後は、これが歩いていくに任せるだけだ」

「おっと、出荷用のドア、開けとくぞ」


 この簡易ゴーレムを三パック、ひとまず魔石二つ分の石を、ゾトは鉱山から送りだす。

魔石はまだまだある。

代金としての魔石も、だが、ゴーレム作成用の石もかなり貰っている。

もしこの石の【販売】だけに専念したとしても、代金分全部送りだすまでにはだいぶんかかるだろう。


 むくりむくりと起き上がるなり、石がつながっただけの丸石ゴーレムが歩きだす。

その形からは想像もできない、なめらかな歩き方だった。

ザルの開けた大きな扉から出て、鉱山を降りていく。

三体目にはしっかりと書類が括りつけられている。

あの調子で昼夜を分かたず歩くなら、ゾトたちがここに着くまでに費やした日数よりも短い時間で、『亡き姫君のための城』に着くだろう。

また、条件に合う石を貯めて送らなくては。


「そういやよ、ゾト。例の話、まとまった」

「そうか。ありがとう」

「……いいや。吐き出した方が楽になるって言ってた子もいたしな。いつかはしなきゃならないことだし」

「ああ」


 ザルが荷物から出してゾトへと渡した羊皮紙には、細かくびっしりと文字が書かれていた。


「あと三枚写しを作って、他の大きな鉱山にもまわすつもりだ」


 急に二人は声を潜めた。

聞かれて困るものでもないが、おおっぴらに話すようなものでもないだろう。

……自分たちがどんな状況から生き延びたかということなんて。

それをまとめたものを、他の鉱山住みのコボルトたちに送る。


 元々、一行の中でこれを伝えようと言い出したのは、年老いたコボルトだった。

逃げる道すがら、必死で自分の見た物、聞いたことを、かろうじて持ち出した帳面の端に書き残していた。

老人は、元の鉱山においては記録を付ける事務方だったからそんなものを持っていたし、残すことを思いついたのだろう。

これを残さねばならない。

逃げること、安全な場所に着くことに必死で、そんな余裕も無かったころのゾトとザルはその必要はわかっていたが……。

その老人は、あのダンジョンに着くこともできなかった。

蜘蛛に襲われ、帰らぬ人となった。

のちに、蜘蛛を狩って糸を回収するためにその巣をあらためた二人は、老人の遺品として帳面を見つけることができた。

避難先で改めて読んだその内容に、二人は当時を、そして老人を思い出して涙した。

彼を逃がすために先に行かせた事務方の若手たち、最前線にいただろう彼の息子や娘の夫たち、その後詰めを担って子どもたちの前に立っていただろう娘や息子の妻たち、孫たちはまだ幼く母から離れることはできなかったはずだ。

大事な物を忘れたと戻った妻は、再び出口から姿を見せることは無かった。

置いて逃げざるを得なかった後悔と哀しみ、奪った者たちへの怒りの滲んだ、克明な記録。

ときおりさしはさまれる、必ずこれを残すという言葉に、ゾトとザルは記録と伝達を決めた。

事務方には、ザルの友人もいた。

老人を先に行かせた若手こそ、その友人。

だからこそ、ザルが主体となってこの仕事を進めてきた。


 コボルトの鉱山は、どれも似たような構造だ。

もし同じ手を使われれば、同じような大惨事になってしまう……。

すでに、今世話になっている鉱山の人々には、自分たちがどういう目に遭ったかは話してあるから、他の鉱山にいくついでに届けてくれるという協力者も得ている。

これは、次の犠牲を出さないという敵討ちだった。

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