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奥津城守の帰還  作者: みかか
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ゴブリンは恨む

ぐつぐつ煮え煮えしてると、ついつい思考がいらんとこまでさかのぼってしまうもので。

 彼は下っ端、一番のミソッカス。

だから彼に与えられる分け前は、獲物と呼べないほどのおこぼればかり。

しかし、下っ端でありミソッカスであったことが、そのゴブリンには今回ばかりは幸運に働いた。


 ダンジョンの外で見張りを命じられたそのゴブリン―――生まれた里での名前は捨てた。群れでの名前を貰うには下っ端すぎた―――は、その内部から聞こえてくる仲間たちの声が遠ざかっていくのを、歯噛みしながら覗き込んでいた。

この分では、彼が何かを得るチャンスは無い。

早い者勝ちの原則において、現場にいない、見つけられない場所にいるというのは致命的だ。

早々に外への見張りの仕事を放棄して、中の様子に耳をそばだてる。

歓声のひとつでも聞こえたなら、もっと悔しくなるだろうに。



 彼が生まれた里を離れたのは、季節一つ前の事。

元々、里でもそんなに要領のいい方ではなかった。

採集は、定められた量以上を摂り尽してしまう。

狩りは下手ではないけれど、つい大物を狙って確実に獲れる物を逃してしまう。

仕方のないやつだ、という周囲の視線は、彼の中に何かしらの澱を積もらせていった。


 そして、その日。

またしても大物を深追いしていた彼は偶然にも森の中をさまよっている旅人を見つけた。

ゴブリンの差とは、元々人間との交流はしていないし、エルフもドワーフも足を向けないような場所である。

彼が、ゴブリン以外のヒトを見つけたのはそれが初めてだった。

「弱そう」。

それが彼の、人間への第一印象だった。

と、同時にそれは、彼が旅人を獲物と見なしたという事でもあった。

魔がさすとはこのことだろう。

弓に矢をつがえ―――そのころ、彼が持っていたのは、今よりずっと丁寧に作られた弓と矢だった―――何の気負いも無く撃った一矢は、あまりにもあっけなくその人間の頭を貫いて、死に至らしめた。

その他愛なさにかえって彼の方が驚いたほど。


 そして彼は気づいてしまった。「この生き物は、弱い」。

……「この生き物なら、楽だ」。

殺すのも、稼ぐのも。


 旅人が背負っていた荷物を暴けば、彼が今まで見たことも無いものが山ほど出てきた。

彼が殺したのは単なる旅人ではなく、商人であったのだ。

そして何より、兎や鳥のような、彼が確実に狩れる獲物よりもずっと食べでがあった……。

里から殺害現場はずいぶんと離れていた。

自分が食べてしまってもわからないだろうと、思える程度には。

そもそも、同じヒトガタの種なのだ、同族食いのタブーの範疇に入るはずの行動にためらいが無かったのは、すでに一線を越えた意識があったからだろう。

存分に『ごちそう』を食べ、そのまま野宿で眠った彼が目を覚ましたとき、相変異は終わっていた。

いわゆる、口が耳まで裂けたようなといわれる凶相へと変わり、同時にゴブリンたちが使っていた言語もその影響で同族にも聞き取れないようなものになった。


 自分に何が起きたかを理解したとき、彼は自分が故郷に帰れなくなったことを知った。

後は、単独の賊として、自分の声が聞き取れる同類に出会うまでを生き延びた。

のちに彼が属したゴブリンの山賊集団は、だれもかれもが彼と似通った経緯の持ち主で、すぐに彼も同類としてそこに腰を落ち着けた。

だが地位としては下っ端で、古参たちのような獲物を得ることはできなかった。

ついこの間の、わけのわからない魔法を使ってくる馬車に出会うまで。



 彼は入り口から頭を突っ込んで耳を澄ました。

さすがに足音などは聞こえなかったが、まだ声は聞こえる。

遠くからの楽し気な様子に、彼はまた歯噛みした。

それ以外の音がしないから、中で待ち構えているものは本当にいないのかもしれない。

何も残っていなくても、これだけ大きなダンジョンを丸ごと占領できたなら、さて、どれくらい安全に過ごせるだろうか?

いっそ本当に何も残っていなければいいと彼は思った。

そうすれば、不満は部屋の分け前が他の四人よりも狭いか、不便かだけで済むだろうから。


 それは、彼の耳には悲鳴のように聞こえた。

なにか、いたのだろうか。

それとも逆に、何かいいもの……とてもいいものがあって、仲間割れが起きたのか。


 月が一度めぐるほど前に、獲物を取り合ってちょっとした小競り合いから殺し合いになりかかったのを、彼は思い出した。

彼は息を詰めてさらに耳に神経を集中して、様子をうかがった。

あれが悲鳴だったら一度、短いのが一度きり。


 彼はしばらく待ってから、そろそろと入り口から離れた。

地面に置いていた手製の石斧を手に取る。

……別に、あんな古参どもに義理立てしてここを守るほど、何かを貰って来たわけじゃない。

群れは安全だったが、好きなようにできたわけじゃないし、ここに居残ったって古参たちより偉くなれるわけでもない。

ここでなくてもいい。


 足取りはいっそ軽く、彼はその場を後にした。

けれど、そういやって割り切りながらもこのゴブリンは心の底の方の憤りを払えずにいた。

せっかく見つけた新しい棲家は、古参たちが好き勝手にする。

せっかくのいい狩場だったのに、あの変に強い魔法使いたちが奪った。

せっかく生きる道を見つけたのに、古参どもが威張る。

逆恨みの憤りは、どんどんさかのぼっていく。

あんなところを無防備に歩いていた奴が、俺の矢に呆気なく死んだのが悪い。

里の奴らが、俺を無能扱いしなかったなら。

大物を無理に追いかけていたことも、無辜の旅人を射殺したことも、盗賊に身を落としたことも。

全部すっかりと自身のしたことの責任を忘れたように、腹の中で憤りを煮詰める。


 ダンジョンを離れる彼の足取りは、もう走っているのと同じだった。

いまやはるか後方となったダンジョンの中で何が起きているかなど、もう彼の思考の外だ。

まずは食べ物。それから道具とねぐら。

彼が必要なものを手に入れる手段は、たったひとつしかなかった。

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