自宅警備員というやつです
残酷な描写があります。
修理一号は毎日一匹ずつスライムを捕まえてくる。
そのたびに副産物として川辺の泥が手に入る。
材料があるからには、修理をさぼるわけにもいかず、こつこつと壁を直していった。
一日分の泥が、一日分の修理にちょうど間に合うくらいだったというのが、逆に嫌気が刺さないくらいで良かったのかもしれない。
と、同時にスライムの行動範囲を仕込んでいく。
スライム一匹の縄張りとか、消化力はたいしたことないんだけど、生き物だからね、ちゃんとしとかないと。
目を離した隙に合体するなり変なもの食べるなりして、変化起こして、ゼラティナスキューブ(わかりやすく言うと、固めのスライム塗り壁。建物の廊下とか部屋にみっちみちに詰まってることがある)だの、デコイブロブ(食われかけてる人間に擬態して、手を伸ばして助けを求めるフリをする)だのになられても困るし。
八階層にスライムがいきわたるころには、その階層の壁の修理も終わった。
やっぱりスライムいないと不便だわ……。
食べられないものはそのへんに残すけど、蜘蛛の巣だのはどうやら消化できるらしくて除去してくれてる。
埃なんかはとりあえず取って、あとから吐き出してるらしい。
すっきり綺麗になった八階層に、私はしみじみと感動していた。
しかしこんだけ広いと、人手がないことを実感するなぁ。
このダンジョン、山みたいになってるから八階層が一番狭いわけだけど、それだって数日かかっちゃったわけだし、一階層か地下一階までスライムに掃除させるなら、いったいどれくらいいるんだろう。
『私』のころに数えておけばよかった。あの頃はほぼ放置してたからなぁ。
そんなことを考えながら、ぶらぶらと一階層までの道を歩く。
階段は階層の同じ場所にあるわけじゃないから、降りていくだけでも時間がかかる。
六、五、四、三、二、……
一階への階段上で、私の耳は私以外の誰かの声を拾った。
一瞬、ゾトたちが忘れ物でもしたかと思ったけど、遠くからの切れ切れの声であっても彼らの話し方や声のトーンじゃない。
ということは
侵入者!
久しく無かった事態に、頭がフル回転する。
ここまでの上階への階段室は、スライムが降りてくるのを防ぐために全部封鎖してきてある。
封鎖、といっても目隠し程度の魔法じゃ、棒でつつかれるなりしたらすぐバレるけど、六フィートの棒だろうが床はともかく壁を叩く奴はめったにいないから、時間稼ぎにはなる。
修理一号は今はまだ川辺に居る時間だから、出くわすことは無い。
戦闘のための「プログラム」は修理一号に入ってないから、ここにいたって攻撃の的にしかならない。
いなくてよかった。
地下への入り口、塞いだっけ?
監視カメラほしいな。
遠視の魔法とかあったら、特定箇所で固定すればできそうなもんだけど。
前言撤回、ゼラティナスキューブも、デコイブロブもほしい……!
しかし、一体何が入って来た?
無遠慮な足音と、話し声というよりも喚き声。
何を言ってるんだかわかんないけど、不平と不満でぎちぎちなのは聞き取れる。
声の種類からすると、そうたいした人数じゃないな。
こないだのコボルトたちと比べたらずいぶん騒々しいし、耳障りな騒ぎ方をしてる。
侵入者たちはまだここまでは遠いようだった。
私は足音を忍ばせて、一階層へと降りた。
そのままあちこちの壁の角や影を利用して身を隠しながら、声へと近づいていく。
そっと角から覗いたそこには、ゴブリンが二人。
松明を手にあちこち調べながら、何かしゃべっている。
この世界にもゴブリンはいる。
それもゲームに負けず劣らず凶暴なのが。
口が耳まで裂けている、なんていうけれど、どういうわけだか凶暴なゴブリンの口は本当に裂けている。
それを凶相と呼ぶのだけれど、いわれなきものじゃない。
その顔になっているゴブリンは、人を食ったことがある。
……ああ、二人とも凶相持ちだ。
凶相持ちは例外なく凶状持ち。
よくよく見てみれば、武器だの着てるものだのが、同じ汚れ。
黒ずんだアレは、血の汚れだろう。
……コボルトたち、まさかあいつらにやられてないよね?
私は来た道を階段へと退きながら考える。
どうしてゴブリンがここにいるかではなくて、自分が使える手札の事を。
ひとまずこの段差を利用して、上からゴーレムの胴体転がり落としてやろうか。
……いや、まだ別の所で声がする。
まだいるやつに気づかれる。
考えているうちに、かちん、と、私の中で十七年オフにしていたスイッチが入った。
ええい、ままよ!
私は近くに転がっていた、握るに手ごろな、しかし大き目の石をひとつ、利き手で持ち上げた。
やるなら、一気にだ。
近付いてくる足音に、ぶつかっていくつもりでそちらへと走る。
二人組のゴブリン、その片方の頭蓋目がけて石を叩きつける。
「がっ……」
石の勢いに振り抜きすぎないように踏ん張り、悲鳴に振り返ったもう片方の顔面にめがけてもう一度。
避けられた!
いや、よろけただけ!
咄嗟に振り回したのだろう松明が私に当たるが、あいにく私は不燃性。
松明を左手で振り払って、顎の下から石で突きあげた。
……やった。
動かなくなったゴブリンを壁の影へと引き込んで、他のゴブリンに見つからないようにする。
正直、戦うなんて動き方じゃないけど、ゴーレムの体と腕力で無理やり……殺した。
自分のやったこと、手から伝わって来た感覚が気持ち悪くてたまらないのに、「やらなくては」という気持ちの方が前に出て嫌悪を片隅へと押しやる。
十七年で培った、殺人への忌避感も、丸ごと飲み下す。
私は、『私』のように皇女様の城を守るんだ。
私は石を握りなおして、耳を澄ます。
ゴブリンは確実に私程には、ここの闇は見とおせない。
見つけたもう一組も、二人組だった。
やっぱり塞ぐの忘れてたか……地下への階段室に入り込んだゴブリンたちは、降りて少しのところにある私の拠点も見つけたらしい。
中でぎゃいぎゃいと嬉しそうに騒いでいるのは、かけてあった服が女物だからだろう。
食料を見つけたような気にでもなっているのかもしれない。
中を調べるのもそこそこに、ゴブリンたちは連れだって部屋から出てきた。
入り口で私を待ち伏せするつもりか。
食事のあてができたからだろう、ゴブリンたちの声は何を言っているのかわからないなりに、弾んだものになっている。
おあいにく様、女の形をしていても、私は食べ物じゃないからね……。




