ゴブリンは侵入する
ほうほうのていで逃げ出した夜盗強盗山賊の末路なんて、たいていろくなものにならないと決まっている。
それはゴブリンであっても同じこと。
元々の共同体には戻れなくなった、盗賊としての集まりでしかない群れだ。
盗賊に身を落としたゴブリンは財産らしいものは、身に付けるものくらいしかない。
討伐隊から逃げのびたゴブリンたちも、ろくな食料も無い状態で歩き続けていた。
ゴブリンたちのあずかり知らぬことながら、討伐そのものは終了していた。
今はゴブリンたちの犠牲者の調査が主体になり、そちらに人手がとられたこと、森の奥へと逃げ出した数が少なかったこともあり、追手はかかってはいなかった。
せいぜいが、周辺の村への注意喚起がまわされる程度だったことは、ゴブリンたちにとっては幸運だったろう。
次を考えなくてはならない時間が来た。
とはいえ、ゴブリンにとっての次とは、次の狩場のこと。
五人になってしまったから、この間までのように大物を狙うことは難しい。
小さな村を襲うことも難しいだろう。
徒歩の人間を襲うのが一番だが、むやみと逃げ出したせいでそういった人間が通りかかるような道からはずいぶんと離れてしまっている。
狩りをできるようになりさえすれば、人数は勝手に増えていく―――ゴブリンたちからすると、そういうものだ。実際、生き残った彼らだって街道の噂を聞いて合流したのだから―――ので、人数が減ったことそのものには何の悲観もしていない。
彼らの内に煮えたぎっているものは、怒りだけだ。
いい狩場を奪われた腹立ちに、一人が手にしていた刃物を手近な果樹にたたきつけた。
すると我も我もと、逃亡者の一行は木の幹に襲い掛かってずたずたにしてしまう。
憐れな木に、立ち枯れになりそうなほどの傷を負わせたころ、ようやく腹の虫がおさまったらしいゴブリンたちが武器を降ろした。
切られて揺らされた拍子にぼろぼろと零れた果実を、我先に貪る。
歩きながら、ゴブリンたちはこんな風にやたらめったらと武器のたぐいを振りまわす。
森の生物もこんな風に騒がしく、大きく動くものは狙おうとは思わないらしい。
弱っていたコボルトたちと違って、意気軒高に見えるのも襲われない要因だろう。
だがその元気の良さはイライラとした腹立ちの裏返しであり、人里らしい人里が一向に見つからない事でまた募りつつあった。
なにしろ空腹程、生き物を凶暴にさせるものはない。
果物を口にしようが、肉の充足感を、特に素早くも無く対処さえ間違えなければ容易く屠れる獲物の味を覚えてしまったゴブリンたちが、そんなもので満ちたりるはずもない。
ますます盛んに文句を言いながら歩くうち、一人が獣の血の匂いを嗅ぎつけた。
怪我をしたような、わずかなものではなく、もっと大量の……。
ほどなく他のゴブリンたちも気づいて、周辺を探す。
あいにく、肉は無かったが獣を解体した仕事の痕跡が見つかった。
ゴブリンたちの喜ぶまい事か。
こんなに丁寧に後始末をするのは、肉食の獣ではなく、ヒトの種だ。
それも、周辺の足跡からして数は多くはない。
だいたい、解体して持ち帰る時点で村が近いという事もわかる。
コボルトの匂いであること、そしてこの辺りに鉱山らしいものがないことが、ゴブリンたちをさらに上機嫌にした。
坑道に逃げ込む山コボルトは厄介だが、野のコボルトは人間と大差ない村に住む。
一人か二人攫えば、今夜の腹は満ちるだろう。
では、と彼らはそこから続く痕跡を探した。
後始末はしてあっても、隠蔽ではなく片付け程度のもの。
簡単に見つけることができた。
それはすなわち、盗賊に襲われることは無い、襲われたことが無いような連中ということでもある。
自然、ゴブリンたちの顔は嗤いを浮かべていた。
さきほどまでの不機嫌さを忘れて、ゴブリンたちは足取りも軽く歩き始めた。
小さな村ではなく、いっそ小屋住みの猟師か木こりの家族であれば、そのまま家も乗っ取ればいい。
運が良ければ拠点にできそうな場も手に入るかもしれないという期待も加わっていく。
まだ弓はある。矢は枝を削ればいい。
が、コボルトの痕跡を追って着いたのは、大きな石造りの【入り口】だった。
ダンジョンという存在はおとぎ話の中にすらあるから、ゴブリンたちが知らないはずはない。
しかしその一方で、管理者を失ってしまったダンジョンの噂や、さらにそこをのっとって新たな管理者になった者の噂のことも知っている。
ここがそうであるとは限らないが、ねぐらと呼べそうな場所を喪ったゴブリンたちが、ちょっと試しに入ってみようかと思わせる程度には、魅力的な話ではあったのだ。
コボルトを追いかけてここにきたこと、人の気配をあまり感じないことや、何かいいものがあるかもしれないという強欲が背中を押した。
たいして強くない獣や、追いかけていたコボルト程度であれば制圧はできるだろう。
ここが全部取れる……。
一番体の小さな下っ端だけをそこに残らせて、残り四人のゴブリンは即席の松明に火をともした。
上機嫌で意気揚々と、ゴブリンたちは闇のただなかへと繰り出した。
その場に見張りとして残された、下っ端の一人だけが悔しそうに地団太を踏み、手のナイフを振り回した。




