表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奥津城守の帰還  作者: みかか
101/147

お客さんと、侵入者

 皇女様の手が触れる。

指先がまるで溶け込むようにコボルトの子どもの顔に沈む。

そっと離れると、まるでそれまでそこにあったことこそ幻だったかのように、火傷の痕は消えてしまっている。

何度目かの奇跡の光景に、飽きずコボルトたちから歓声があがる。

背中一面。顔の半分。肩から指先までの片腕。同じく片足。

それらを皮膚ばかりではなく、動きも治してしまっているのは、やっぱり奇跡なんだろう。

私も、肺があったならため息をつくばかりだったろうな。


 なんの介助も必要とせず、皇女様は己の仕事とお決めになったことをなさっていた。

それも、とても楽しまれているご様子。


「ねぇ乳母、上手くできたかしら?」


 私にお尋ねになる皇女様に、お答えする。

見る限り、傷跡はすべて消え去っている……完璧な治癒。

それでも私がうなずき、「はい」という声に、ぱぁっとそのたび笑まれるお顔を見ると、ゆめおろそかに返事をしてはならないと思える。


「嬉しい……もう痛くない」

「お姫様、ありがとうございます!」

「ええ。治って良かったわ」


 ふわふわと受け答えをなされる姿は、不思議なことに日々その存在を強くなさっているように思える。

それこそ、ドラゴンの手でこの世に再び顕現なさったときよりも。

ドラゴンが近くにいるからかしら?

それとも、顕現から少しずつ強くなっていくのかしら?

でも、なんにせよ皇女様が確かにここに在られるのは喜ばしいことと、私はそう思うことにした。


 そんな光景を見るうちにも、外の見張り号の視界のチェックは定期的にやっていた。

この幸せな光景を、例のわけのわからないゴブリンだの、騎士だのに邪魔されたくない。

その一心で。

なんというか、騎士はともかくあのゴブリン、なんというか不気味で理解できないところがあるのがどうにも気持ち悪い。


 皇女様の治癒はまだ続きそうだったので、私はお茶を用意することにした。

地下階の整備室、その一角に風呂場を作ったあと、小さな竃もこしらえた。

仔ドラゴンのごというよりオヤツやナオのスープなんかを用意するのは、エントランスで済むんだけど、お湯を用意するのは水場の近くが楽だし、風呂場もあるからね。

いうなればここは給湯室といったところ。


 小さな鍋に湯を沸かしていると、上階の遠い所で吼え声が聞こえた。

……ドラゴンだ。

あの子、ナオの部屋に行ったんだ。

たしかに皇女様もコボルトたちの相手でお忙しいし、構ってくれそうな相手がナオしかいないのはわかるんだけど。

しかしドラゴンの吼え声って、あの階層のスライムたち大丈夫かしら?

いやいやスライムたちだって危険性とかはわかるだろうし、蜘蛛の子散らすように逃げたかもしれない。

どたばた逃げるスライム、そんな冗談みたいな光景を思い浮かべて、声だけだけど笑ってしまった。

……誰もいなくてよかった。さぞかし不気味な姿だったろうし。


 お茶の準備は、お湯が湧いたら一段落。

引率のゾトの分、子どもたちの分、皇女様の分と人数分を器に注いで、水場から庭園へ。

お茶を出しても、まだまだコボルトの子どもたちは皇女様とのおしゃべりに夢中だった。

さて、私これからどうしようかな?

見張り号をチェックして何も無かったらミラエステルの所にでもいって……そう考えて定期チェックに入る。


 庭園の扉のすぐ内側で片目を閉じる。

近くから遠くへ、ぱちぱちと視界を切り替えていく。

異常なし、を何台分かくりかえすうちに、一番遠い所で異常を見つけてしまった。

まっすぐにこちらにと歩いてくる、ヒトガタの生き物。

人より大きく、あきらかに人ではないその姿に見覚えがあった。

ゴブリン。

また来たのかとうんざりするより前に、その『変なゴブリン』が檻に入れられてもいないことにぎょっとした。

後ろにいる、馬上の戦士か騎士だかに追い立てられているようではあったが、首輪のほかには特に拘束具らしいものは付けられていない。

近くに来たとき、通り過ぎた後姿を見ても、腰綱も付けられていないようだった。

コントロールに成功したのかも……背筋に寒気が走った。

こんな短期でそんなこと、できるはずがない。

でも、コントロールできているようにしか見えない。


 ……私がしなきゃいけないことは、たったひとつだ。

私は得物を手にゾトの所まで戻り、そっと手招いた。


「乳母殿?」

「ちょっと、『留守番』を頼めるかしら?」


 きょとんとしていたゾトだったが、私の手に鉄棒があるのを見つけて表情を引き締める。


「敵襲か?」

「そう。この間のわけのわからないゴブリン」

「……わかった」


 今ここで戦えるのは、私、仔ドラゴン、ゾト。

たぶん仔ドラゴンは気づいていない。

そしてゾトは灯り無しでは、このダンジョンの中を動けない。

だから私が出るのが適任。

そのことを、ゾト本人も短い沈黙の間に悟ったのだろう。


「あと、前と少し違ったところがある。様子がおかしい。必ず戻るから、情報を鉱山へ」

「気を付けて」


 ゾトの緊張した顔に、私も頷きを返す。

そうこうしている間にも、ゴブリンは近づいている。

子どもたちに気づかれないように、私はそっと庭園を出た。

扉は前と同じ二重ロックでいいだろう。

ナオの部屋は扉を閉ざしさえすれば、後は綺麗に隠される。

スライムやゴーレムもいる。

何よりあの子たちがいるのは最上階層だ。

短時間では行けない。ドラゴンが連れ出せるから、大丈夫。


 ロックが終わると、そのころにはもう二つ手前の見張り号までゴブリンたちが来ているのが見えた。

……暴れないだけで大したスピードアップだこと。

深呼吸を心の中だけでやって、私はエントランスに立つ。

さぁ来い。

読んでいただきありがとうございます。


良いお年をお迎えください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ