少女の物語 5
「お姉ちゃん」であるところのゴーレムから「お客さんが来たとき用の部屋」を与えられた数日後、そのお客さんがやってきたらしい。
ナオは部屋に入って、お客さんがダンジョンを出ていくのを待つことになった。
もしかしたら何日かかかるかもともいわれたが、食べ物もあるし灯りもたくさんあるし、本もあれば寝る所も、布団に追加できる布もある。
それに風を入れたり、外を見られる窓もある。
―――も―――もいないから、突然ここから引きずり出されることも無い。
ナオにとってはおとぎ話のような、夢にまで見たひとり暮らしの部屋に近い。
部屋の外に出られないことは、あっちとも、あそことも同じだけれど、何かをしなくてはならなかったり、動くことも許されない、なんてことはない。
極端な話、お客さんがいる間中、ここで寝て過ごしたって「お姉ちゃん」は怒りもしないだろう。
もちろん、まじめなナオはそんなことはせず、読みかけの本を開いて自習に努めていたのだが。
そして「欲の深い波のはなし」というこちらの世界の物語を呼んでいた時、ドアの外からノックする音がした。
「お姉ちゃん」はお客さんのいる間は下の公園にいるはず。
そう思いながらナオはドアに近づいた。
「ナオ、いる? 起きてる? 僕」
「ナツノくん?」
「そう」
ゆっくりとドアがあく。
図書館にある絵本の王子様みたいな姿の、それでも角や目で人間じゃないとわかるドラゴンがそこに立っていた。
「ノド、けがしたって聞いたけど、前の時は診られなかったから。だいじょうぶ?」
そう訊かれて忘れていた―――忘れていたかった失敗をナオは思い出した。
ナツノ君……ドラゴンの言いつけを守らずに、教えてもらったばかりの魔法を使ってしまったあげく、大怪我をしてしまったあの一件を。
「お姉ちゃん」が彼女に教えてくれたことによれば、血がたくさん出て、どんどんぐったりしてきて……死んでしまうと思ったくらいの怪我だったし、お姫様が治してくれなかったら本当に死んでしまう所だった、と。
「だ、だいじょうぶ、もういたくないから」
怒られる……!
その思考が、ナオの身も心も竦ませた。
もともと、ナオを殺したこともあるドラゴンだ。
怒られたら、怒られてしまったら。
「ちょっと診せて」
完全に固まってしまったナオを気にすることもなく、ナツノカザハナはひょいと距離をつめて、人間の子どもと同じ手の指先で彼女の首に触れた。
その動きに触れられた方は身じろぎもできない。
ナツノカザハナは何やらふむふむと納得している様子。
「うん、エレイラナはきれいに治してくれてるし、前よりずいぶん頑丈……ううん、そんなレベルじゃないや。これ、使えるようになってるよ」
少年ドラゴンのそんな言葉も、少女の耳にきちんと入っているものやら。
「つかえる……?」
「ドラゴンの吠え方。じゃあ、本格的におぼえる? やってみる?」
わくわくとした相手の様子に、ナオはようやくものごとを飲みこめた。
ドラゴンは怒ってなんかいないし、むしろ自分が治ったのをよろこんでくれているし、最初に教えてくれたときには使わないようにといっていたそれを、使ってもいいといってくれているのだと。
「おぼえる。使えるように、なりたい」
そうと理解すれば、ナオの腹は決まった。
腰が据わった。
だって、友だちを助けるのにも、自分が助かるのにも必要なものなのだから。
「じゃあ、乳母殿もエレイラナもコボルトたちにかかりきりだから、今日は特訓の日にしよう!」
おー!と元気に拳を突き上げるナツノカザハナの姿に、ナオはふとクラスの男子を思い出し、しかし彼の言葉にまた小さな引っ掛かりを覚えた。
『コボルト』。
前に、三人で魔法の杖を貸してもらって出かけた「仕事」でのモンスターの名前……。
強烈な恐怖……いやそれは、あえて恐怖と名付けるしかないものに、ナオはおそわれた。
彼女の人生において、それ以外に表現の言葉が無かったもの。
「……うん、特訓、しよう」
こわい、というそれをのみこんで、ナオは足に力を込めた。
そうしないと上手く立つことすらできないような気がしたから。
◇◇◇
一番最初は、発声練習のための練習。
唸って声を出す準備をしながら、喉に魔力を巡らせる、ということをする。
ウォークライをはじめとしたドラゴンの吼え声と、炎や氷をはじめとしたドラゴンブレスは、形が違うだけというのがドラゴンの側から見た魔法の理屈。
(もちろん、人間の魔法使いなり、ドラゴン学の学者からすればとんでもない、理屈もへったくれも無い感覚だけのものなのだが、なんといっても利用者本人たちがそう言っている。)
だから、喉をまず魔力で保護して強化して、それに耐えられるようにする。
以前の唸り声の課題は、実はこの強化のさらに前段階。
体力づくりみたいなもので、唸り声の使い方を覚えて鍛えるためのもの。
結果的に女神の力での治癒が行われて、その加護と強化によってナオはこの段階を超えることができた。
ならば先に進めるとナツノカザハナはいうのに、迷うことなくナオは同意した。
「声に魔力をこめるっていうのは、ときどき人間もやってるみたいだ。呪文を歌の形で使う人間がいるって教えてもらったんだ。だからナオも失敗の形になっちゃったけど、ウォークライを「それみたいなもの」で使うことができた。ここまでわかる?」
「うん」
「じゃあ、なんで失敗したか。たぶんだけど、魔力の使い方の形が違ったんじゃないかなって」
「使い方の形……炎の魔法と、水の魔法が違うみたいな?」
「なるほど、人間からするとそっちのほうがわかりやすいんだ」
幼い姿をしていようとも、亜成体であろうとも、独り立ちを許されたドラゴンである。
ナツノカザハナの方の理解も早かった。
「水の魔法に例えると、どぱっと周りを水で流す感じで、声を広げて満たすのをイメージするんだ。大きい波がどーんとぶつかってくる感じ。だけどそこに衝撃……うーんと、なんだっけ、本物の波じゃなくて、頭の中にだけ波ぶつけるとか、そういうの」
ウォークライは精神に効果を及ぼす。
もちろん、ドラゴンの巨体から出る吼え声なのだから、びりびりとするほどの衝撃が生まれるのは当然なのだが、当の本人からしてみれば精神に対して「のみ」であると。
「ナオが使った時は、「吼える」に力を入れすぎたんじゃないかな? だからノドがだめになっちゃった。大きく「吼える」ことで、魔力を破裂させる形にしちゃったんだと思う」
爆発させるのではなく、押し流せ。
その言葉にナオは神妙にうなずいた。
読んでいただきありがとうございます。
なんとか100話です。




