3.禁忌の報い
……そう聞かされて、ずっと頭の隅に引っかかっていたものが何なのか、見当が付いた。
「このオッサン、魔術の心得があるって言ってましたよね。どんな魔術が使えたんですかぃ?」
俺がそう訊いてやると、メスキットのやつは初めて戸惑ったような表情を見せた。
「いや……そこまで詳しく憶えてはいないが……ちょっと待ってくれたまえ」
メモの束みてぇなもんを取り出して首っ引きで眺めていたが、
「……生活魔法は一通り使えたようだ。それと……水の魔法も使えたらしいが……詳しい事は調べていないな。……必要かね?」
「多分。ですが、先に家ん中から始めましょうや。書斎はどこなんです?」
案内してもらって書斎の中を調べると……案の定だ。机の上に古い魔術書が置かれてあった。一言断ってから手に取って、内容を確認する。……当たりのようだな。
――禁忌魔術の項に、鏡の魔術が載っていた。
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以前「賢者」のやつに聞いたんだが、世の中のもんは「分子」とか「原子」とかって細けぇ粒から成ってんだと。「賢者」のやつは得々と語ってくれたが、学の無ぇ俺にゃ何の事やらサッパリだった。
ただ……それでも幾つか憶えてる話の中に、「鏡像異性体」ってのがあった。
何でも、俺たちの身体をつくってる「糖」とか「アミノ酸」ってやつにゃ、右向きと左向きの二つがあるんだと。
で、俺たちの身体や食いもんは、どちらか一方の向きのもんだけから成ってるそうだ。身体も食いもんも同じ向きの「糖」や「アミノ酸」からできてっから、問題無く吸収とか代謝とかできるそうなんだが……何かの間違いで逆向きのやつを取り込むと、吸収できずに排出されるって話だった。
――この話に関連して、「賢者」のやつは「鏡の魔術」の事も教えてくれた。
魔力と幾らかの素材を素にして、鏡に映った像を実体化させるって魔術なんだが……鏡の像が元になってっから、実体化されたものも当然逆向きになってるわけだ。……外見だけじゃなくて、「糖」や「アミノ酸」の向きまでもな。
当然、鏡の魔術で複製されたもんを幾ら食っても腹の足しにゃならねぇ……どころか、体内の魔力の流れを乱すらしくて、衰弱が激しくなる――って事を教えてもらった。何でも、そのせいで邪悪なもん扱いされて、鏡の魔術も禁忌になったって話だった。……まぁ、「賢者」のやつに言わせると、向きが逆なだけでほとんど同じもんを幾らでも複製できるとなると、社会や経済に及ぼす影響が大きいから、そっちの方が禁忌指定の理由だろうって言ってたけどな。
そんな話を――鏡像体とか「賢者」絡みのネタは伏せといて――メスキットの旦那に話すと、豪く驚いてた。
「死んだオッサンが閉じ籠もる原因になった紛争ですが、当初思ってたより長引いたって聞きやしたぜ?」
「ふむ……予想より長期間の立て籠もりを強いられて、備蓄食糧が切迫したか」
「食うに困って、なけなしの食いもんを魔術で複製したんじゃねぇですかね」
「ふむ……仮説としては成り立ちそうだが……確かめる術が、な……」
「残ってる食いもんを調べてもらっちゃどうですか? 魔法院の爺さん連中なら、何か確かめる方法ぐれぇ知ってるでしょうよ」
「……そうだな。……それしか手立ては無さそうだ」
メスキットは知り合いの魔術師に連絡を取る事にしたようで、そのまま机で手紙を書き始めた。
……あぁ、後になって聞いたんだがよ、俺の考えは当たってたそうだ。
話を戻して……メスキットの旦那は手紙を書き終えると、ちいとばかり躊躇いがちに口を開いた。
「故人は商売で財を成したという話だが……どう思う? 鏡の魔術で複製したものを売っていたのだろうか?」
「いやぁ、そりゃ無ぇんじゃねぇですか? 昔っからこの魔術を使ってたんなら、食えないもんが出て来るって事も弁えてたでしょうよ。食い続けて死んじまったって事ぁ、この魔術に明るくなかった証拠じゃねぇですかね?」
「そうか……そうだな」
旦那はそれで折り合いを付けたみてぇだが……俺の方はちっとばかし蟠りが残ってた。
――あ? 理由? そりゃ、机の上に残されてる本が全てだな。……黒革の表紙に、こう記してあったんだよ。
――「新・魔導大全」 シグ著――
まったく……きちんと食えねぇって事まで書いときゃよかったのによ。読者が関心を持ったりしねぇようにって簡単な記述に留めたんだろうが……「賢者」のやつも罪作りだぜ。
あぁ……死んだおっさんは試してなかったみてぇだが……鏡の魔術で複製した食いもんをもう一度複製し直したら、正しい向きに戻るのかどうか……これについても「賢者」のやつに訊いといた方が良さそうだな……




