2.鏡は語る
アロニーの町の郊外で地縛霊やってる自称「賢者」のシグってやつぁ、本人に言わせるとニホンって国からの「転移者」らしい。大昔に死んじまったそうだがな。身許についちゃ自己申告だから当てにゃなんねぇが、色々と妙な事を知ってんなぁ確かだから重宝してる。本人も気の好いやつだしな。
――で、そいつが以前に話してくれた与太咄の中に、今回の件と似たような状況の話があった。
食いもんが充分にある密室の中で、行者が飢え死にしてたって話だな。……ノックとかいうやつが書いたとか何とか言ってたが……能く憶えちゃいねぇ。
ただ……その咄ん中じゃ、死んだ行者は飲まず食わずで飢え死にしたって事になってたんだが……
「こっちの屍体はちゃんと飲み食いしてたんですね」
「あぁ、検屍の所見によるとだがね。死霊術で確認できるかい?」
「だから……『浄化』をかけちまってんなら無理ですって。ま、仮に『浄化』されてなくっても、ここまで腐っちまってるんじゃ、霊体が残ってたかどうか怪しいですけどね」
死霊術が使えねぇとなると……周辺情報からの推測に頼るしか無ぇか。……「賢者」のやつは「ミステリ」とか「本格」だとか言ってやがったが……どう考えても死霊術師の仕事じゃねぇよなぁ……
「死因は毒物でも疫病でもなかったんすね?」
「検屍には私も立ち会ったが、その可能性は認められなかった。君自身で確認するかね?」
「いや……『癒しの滴』修道会に見つけられなかったもんを、俺が見つけられるなんて自惚れちゃいませんや。取り敢えず、検屍調書ってやつを見せてもらえますかね」
「あぁ、これだ」
調書を読ませてもらったが、特に不審な点は見当たらなかった。……いや……不審な屍体に不審な痕跡が残ってねぇってのが、一番不審な点なんだが……
「どうだね? 所見を見る限り、餓死としか考えられんだろう?」
「実際、手足も痩せ細ってるみてぇですしね。……呪いの痕跡とかはありましたかぃ?」
「いや、そちらも専門の者が調べたが、呪詛や悪霊の痕跡は見つけられなかった。君の方に心当たりは?」
「……ありやせんね。こんな殺し方をする悪霊や魔物の事ぁ聞いた事が無ぇ」
……飢餓に囚われて暴食に走ったり、逆に何も食いたくなくなるって呪いが……いや……ありゃあ心の病だったか? 「賢者」のやつがそんな事を言ってたような……巨食症とか寡食症とか言ったっけな?
――恐らく、拒食症と過食症の事だと思われる。
けど……呪いってなぁ基本的に、精神に作用するもんが多いんだよな。その伝で食欲を無くすとか、逆に暴食に走って吐き戻すとか、そういった事ならできるだろうが……ちゃんと食ってんのにも拘わらず飢え死にしたってんなら……こりゃ、心理じゃなくて病理とか薬理の領分だよなぁ……。けど……毒でも疫病でもねぇとすると……
「寄生虫って線はどうなんで?」
「故人の消化管内を検めたが、その痕跡は見られなかった」
「宿主がおっ死んじまったんで、跡白波とドロンを決め込んだのかもしれませんぜ?」
「だとしても、故人一人だけが被害に遭うというのもおかしいだろう? 我々も一応その可能性は考えて、近辺での訊き込み調査を行なったんだが……」
「……疫病じゃねぇってのは、その辺りも踏まえての話なんで?」
「そういう事だ」
てぇと……この線も消えるわけか。いや……自然発生じゃなくて、人為的に造った寄生虫を感染させたって事も……無ぇか。そこまでいくと、国とかが管理する生物兵器の類だよな。一介の庶民を殺すにゃ、手が込み過ぎてらぁ。……いや……実験がてらって事もあるか? 怨みを買ってて対象に選ばれたとか?
「……それで思い出しましたが、故人が怨みを買ってたって事は?」
「一応そっちも調べさせているが……現時点で確認された限りでは無いようだ」
身辺調査の結果も読ませてもらったが、経歴を見てもヤバそうなネタは無論、怨みを買いそうな話も出てこなかった。……まぁ、後ろ暗ぇ事は念入りに隠すのが当たり前だから、まだ掘り出せてねぇって可能性はあるんだが……それとは別に、ちょいと気になった記述があった。
「魔術の心得があったんですかぃ?」
「ちゃんとした教育は受けていなかったようだがね。体系だった魔術を学んだと言うより、関心のある魔術を幾つか習得していた程度らしい」
「冒険者だったら大抵そんなもんですぜ」
「まぁ、故人は冒険者ではなかったようだが」
魔術ねぇ……何かこぅ……引っかかるんだが……駄目だな。ちょいと気分を変えよう。「賢者」のやつが言う「リフレッシュ」ってやつだ。……俺も地味に「賢者」に毒されてきてんな……
さて、凹んでねぇで、家ん中の検分でもさせてもらうか。
食料品室を見せてもらったが、呪いや悪霊の痕跡は感じ取れなかった。水や食いもんにも毒は含まれてねぇって言ってたが……
「ごく微量の毒が含まれてるって可能性は? 検出限界より低かったら判んねぇんじゃねぇですかぃ?」
「だとしても、毒物を摂取した結果死んだのだとしたら、遺体に毒の痕跡が残っていないのはおかしいだろう?」
「そりゃ、ごもっともで……てぇと……着てるもんから滲み込んだって線も無しですかぃ?」
「衣服もちゃんと検めたよ。接触毒や浸透毒の痕跡も確認できなかった。先に言っておくと、壁にも床にも家具にも浴室にも食器にも、何れも不審な点は無かった」
「然様で……」
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「……随分でけぇ鏡ですね」
「あぁ、元々は姿見なんだろう」
「……鏡の前にテーブルが置かれてんなぁ、旦那方が動かしたんで?」
「いや。ここに限らず、家具の配置は発見された時のままだ」
「てぇと……テーブルに載っかってる食いもんも……ですかぃ?」
「あぁ、最初からそうなっていた。発見者の話でも、家具には何一つ手を触れてはいないそうだ」
【参考文献】
・ノックス,R.A.(一九三一)密室の行者.