表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

2.鏡は語る

 アロニーの町の郊外で地縛霊やってる自称「賢者」のシグってやつぁ、本人に言わせるとニホンって国からの「転移者」らしい。大昔に死んじまったそうだがな。()(もと)についちゃ自己申告だから当てにゃなんねぇが、色々と妙な事を知ってんなぁ確かだから(ちょう)(ほう)してる。本人も気の好いやつだしな。


 ――で、そいつが以前に話してくれた与太(よた)(ばなし)の中に、今回の件と似たような状況の話があった。

 食いもんが充分にある密室の中で、(ぎょう)(じゃ)が飢え死にしてたって話だな。……ノックとかいうやつが書いたとか何とか言ってたが……()く憶えちゃいねぇ。

 ただ……その(はなし)ん中じゃ、死んだ(ぎょう)(じゃ)は飲まず食わずで飢え死にしたって事になってたんだが……


「こっちの屍体(オッサン)はちゃんと飲み食いしてたんですね」

「あぁ、検屍の所見によるとだがね。死霊術で確認できるかい?」

「だから……『浄化』をかけちまってんなら無理ですって。ま、仮に『浄化』されてなくっても、ここまで腐っちまってるんじゃ、霊体が残ってたかどうか怪しいですけどね」


 死霊術(ネクロマンシー)が使えねぇとなると……周辺情報からの推測に頼るしか無ぇか。……「賢者」のやつは「ミステリ」とか「本格」だとか言ってやがったが……どう考えても死霊術師(ネクロマンサー)の仕事じゃねぇよなぁ……


「死因は毒物でも疫病でもなかったんすね?」

「検屍には私も立ち会ったが、その可能性は認められなかった。君自身で確認するかね?」

「いや……『(いや)しの(しずく)』修道会に見つけられなかったもんを、俺が見つけられるなんて(うぬ)()れちゃいませんや。取り敢えず、検屍調書ってやつを見せてもらえますかね」

「あぁ、これだ」


 調書を読ませてもらったが、特に不審な点は見当たらなかった。……いや……不審な屍体に不審な痕跡が残ってねぇってのが、一番不審な点なんだが……


「どうだね? 所見を見る限り、餓死としか考えられんだろう?」

「実際、手足も痩せ細ってるみてぇですしね。……呪いの痕跡とかはありましたかぃ?」

「いや、そちらも専門の者が調べたが、呪詛や悪霊の痕跡は見つけられなかった。君の方に心当たりは?」

「……ありやせんね。こんな殺し方をする悪霊や魔物の事ぁ聞いた事が無ぇ」


 ……飢餓に囚われて暴食に走ったり、逆に何も食いたくなくなるって呪いが……いや……ありゃあ心の病だったか? 「賢者」のやつがそんな事を言ってたような……巨食症とか寡食症とか言ったっけな?



 ――恐らく、()食症と()食症の事だと思われる。



 けど……呪いってなぁ基本的に、精神に作用するもんが多いんだよな。その(でん)で食欲を無くすとか、逆に暴食に走って吐き戻すとか、そういった事ならできるだろうが……ちゃんと食ってんのにも(かか)わらず飢え死にしたってんなら……こりゃ、心理じゃなくて病理とか薬理の領分だよなぁ……。けど……毒でも疫病でもねぇとすると……


「寄生虫って線はどうなんで?」

「故人の消化管内を(あらた)めたが、その痕跡は見られなかった」

「宿主がおっ()んじまったんで、跡白波(あとしらなみ)とドロンを決め込んだのかもしれませんぜ?」

「だとしても、故人一人だけが被害に遭うというのもおかしいだろう? 我々も一応その可能性は考えて、近辺での訊き込み調査を行なったんだが……」

「……疫病じゃねぇってのは、その辺りも踏まえての話なんで?」

「そういう事だ」


 てぇと……この線も消えるわけか。いや……自然発生じゃなくて、人為的に造った寄生虫を感染させたって事も……無ぇか。そこまでいくと、国とかが管理する生物兵器の(たぐい)だよな。一介の庶民を殺すにゃ、手が込み過ぎてらぁ。……いや……実験がてらって事もあるか? (うら)みを買ってて対象に選ばれたとか?


「……それで思い出しましたが、故人が(うら)みを買ってたって事は?」

「一応そっちも調べさせているが……現時点で確認された限りでは無いようだ」


 身辺調査の結果も読ませてもらったが、経歴を見てもヤバそうなネタは無論、(うら)みを買いそうな話も出てこなかった。……まぁ、後ろ暗ぇ事は念入りに隠すのが当たり前だから、まだ掘り出せてねぇって可能性はあるんだが……それとは別に、ちょいと気になった記述があった。


「魔術の心得があったんですかぃ?」

「ちゃんとした教育は受けていなかったようだがね。体系だった魔術を学んだと言うより、関心のある魔術を幾つか習得していた程度らしい」

「冒険者だったら大抵そんなもんですぜ」

「まぁ、故人は冒険者ではなかったようだが」


 魔術ねぇ……何かこぅ……引っかかるんだが……駄目だな。ちょいと気分を変えよう。「賢者」のやつが言う「リフレッシュ」ってやつだ。……俺も地味に「賢者」に毒されてきてんな……


 さて、(へこ)んでねぇで、家ん中の検分でもさせてもらうか。


 食料品室(パントリー)を見せてもらったが、呪いや悪霊の痕跡は感じ取れなかった。水や食いもんにも毒は含まれてねぇって言ってたが……


「ごく微量の毒が含まれてるって可能性は? 検出限界より低かったら判んねぇんじゃねぇですかぃ?」

「だとしても、毒物を摂取した結果死んだのだとしたら、遺体に毒の痕跡が残っていないのはおかしいだろう?」

「そりゃ、ごもっともで……てぇと……着てるもんから()み込んだって線も無しですかぃ?」

「衣服もちゃんと(あらた)めたよ。接触毒や浸透毒の痕跡も確認できなかった。先に言っておくと、壁にも床にも家具にも浴室にも食器にも、(いず)れも不審な点は無かった」

然様(さい)で……」



・・・・・・・・



「……随分でけぇ鏡ですね」

「あぁ、元々は姿見なんだろう」

「……鏡の前にテーブルが置かれてんなぁ、旦那方が動かしたんで?」

「いや。ここに限らず、家具の配置は発見された時のままだ」

「てぇと……テーブルに載っかってる食いもんも……ですかぃ?」

「あぁ、最初からそうなっていた。発見者の話でも、家具には何一つ手を触れてはいないそうだ」

【参考文献】

・ノックス,R.A.(一九三一)密室の行者.


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ