1.矛盾した死者
前にも言ったかもしんねぇけどよ、死霊術師でソロの斥候職なんかやってると、変わった依頼が舞い込んで来る事も偶さかある。そんな依頼の中にゃ随分とおかしなもんもあって、当時は散々頭を捻らされたもんだった。
今から話すのも、そんな奇天烈噺の一つだな。
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「……紛争に巻き込まれた不審な屍体ってぇから来てみりゃ……その屍体ってぇのは家ん中にあるんですかぃ?」
アロニーの冒険者ギルドに顔を出したらギルマスに呼ばれて、オルニックって町の近くで変死体が見つかったからそこへ行け――って命令されて、何が何だか解らねぇままにここへ来ちまった。オルニックって町はつい先頃まで貴族同士が長々と紛争やってたって聞いたから、てっきりそれ絡みの屍体だと思ってたんだがな。……ギルドの連中もそんな事を言ってたし……
「紛争が遠因となったのは確かだろうが……少なくとも直接の死因ではないな」
「んじゃ、何が原因で死んだってんです?」
「まさにそれを調べてほしいんだよ」
しれっとした面でそんな事を言ってんなぁ、「癒しの滴」修道会の修道士でメスキットって修道士だ。
知ってのとおり、「癒しの滴」修道会ってなぁ傷病者の救済を目的として結成された修道会だ。設立の経緯が経緯なもんで、他の教会とかに較べると、宗教色が薄いのが特徴だな。進歩的な医療技術を持ってるせいで疫病対策なんかを請け負う事も多く、その関係で死霊術師ギルドとも交流があるってわけだ。
まぁ、俺が隔意無く挨拶できる、数少ない宗教団体だな。
ただ……そんな疫病のエキスパートが出張って来てて、しかも死霊術師の俺を指名依頼で引っ張って来るってなぁ……こりゃ、厄介事の臭いがプンプンしてきたぜ。……冒険者ギルドも一枚噛んでるってわけか。
「まぁともかく、君に見てもらいたい遺体があるのは家の中だ。詳しくは中で話すとしよう」
メスキットの旦那――と言っても、俺より少し年上なだけなんだが――に案内されて対面した屍体ってのは……
「前にも言ったと思うんすけどね……死霊術師に仕事させようってんなら、屍体を『浄化』すんなぁ止めてもらえませんかね。『浄化』された屍体にゃ死霊術が使えねぇってなぁ、そちらさんもご存知でしょうが」
……まぁ、死んだ当人が死因を自覚してなきゃ、幾ら死霊術で喋らせたところで、どうにもならねぇんだけどな。
「私も前に言ったと思うが……少しでも悪疫や悪霊の可能性がある以上、遺体を『浄化』する事は譲れない」
これもなぁ……仕方ねぇって言やぁ仕方ねぇか。屍体のアンデッド化を防ぐってのも、宗教団体の仕事だからな。屍体を見ると浄化を施すってなぁ、定番の手順みてぇになっちまってんだろう。……俺の知り合いに自称「賢者」のシグって地縛霊がいるんだが、そいつは「条件反射」だとか言ってたっけな……
「……てぇと……今回もその可能性があったってんで?」
「あぁ、最初は単に、少し変わった遺体とだけ思われていたんだが……調べていくとおかしな点が出てきてね。悪疫の可能性を否定できなかったため、遅蒔きながら『浄化』の処置をとった。見てのとおり腐敗も進んでいたしね。その時点で死後かなりの時間が経過していたようだから、どのみち死霊術は使えなかっただろう」
「然様で……」
……厳密に言やぁ、生前の人格とかを無視してなら、使い魔にする事もできるんだが……ま、ただ腐っただけのおっさんを使い魔にするなんざ、こっちとしても願い下げだしな。余計な事は言わぬが花か。
「んじゃ、その詳しい話ってのを聞かせてもらえますかぃ?」
メスキットの話を要約すると、一件の背景は単純なものらしかった。
紛争を嫌ったか恐れたかは知らねぇが、この屍体は紛争が終わるまで、この家に閉じ籠もって遣り過ごす肚だったらしい。結構頑丈な造りだしな。籠城するにゃ打って付けだったろうぜ。
「故人は長期間の立て籠もりを覚悟していたらしい。水も食糧も充分な量を確保してあった。まぁ、ここはご覧のとおりの僻地だから、普段からそれらの備蓄は怠り無かったようだが」
……確かにな。町を朝に出てから歩き詰めで、着いたのが陽の落ちる少し前ってんだからよ。家の周りにゃ木立も無ぇし、食いもんを探すのも一苦労だろうぜ。
「で、検屍の結果、故人の死因は餓死であると判断された」
「餓死ぃ!?」
俺ゃ、思わず周りを見廻したね。
水も食いもんもしこたま……って程じゃねぇがそこそこ残ってて、幾つかは食べられた痕跡も残ってるってのによ……
「そう、餓死だ。腐敗した消化管を切り開いてみると、食物の痕跡が確認された。つまり、故人は食事を摂るのに何の不自由も無かったという事になる。ちなみに、遺体から毒物の反応は確認されず、残っている食糧を幾つか無作為に抜き取って検査した結果でも、毒物は一切検出されなかった」
そう言ってメスキットの旦那は俺の方をじっと見やがった。
「さぁ、お知恵を拝借できるかな」