悪役令嬢の夏祭り
日の落ちた街のあちこちにランタンが下がり、広場には外周に沿って五つもの焚火が燃え盛っている。その中央にあるのは花々で飾られたポール。
今夜は年に一度の夏まつり。
もともとは火の粉で悪しきものを払うためのお祭りだったらしいけれど、今のメインはポール。その周りで一晩踊り明かすと幸せな一年が送れると言われている。
さらには、朝露に濡れた花で作った花冠を頭に乗せて恋人と一緒に踊ると、幸せな結婚ができるらしい。
広場には花冠をかぶった幸せそうな恋人たちがたくさん行き交っている。
「ステキな設定よね」
思わず声に出してつぶやく。
広場に面するレストランのテラス席。私はそこから祭りの様子を伺っている最中だ。今夜、広場には王太子リチャードと彼が愛する男爵令嬢ピアがお忍びでやって来る。私はそれを襲撃しなければならない。
なぜなら私は悪役令嬢だから。
自分が乙女ゲームに転生していると気づいたのは、三ヶ月前。私は愛しい婚約者をヒロインに奪われた挙げ句に死刑になる悪役ラウラだった。
あまりのことに愕然としたけれど、運命を受け入れることにした。リチャードルートがバッドエンドになると、彼は暗殺されてしまう。そしてもう、彼のルートに入ってしまっていた。
リチャードが死ぬか、私が死ぬか。
悩む必要もない。答えは最初から決まっている。
リチャードたちが踊り始めたら、彼らめがけてここから巨大な火球をぶつける。周りに被害が出ないように、リチャードが反撃できる余裕があるように、犯人が私だとわかるように、しっかり計算をしなくてはならない。
リチャードにふさわしい妃になるために、小さいころから必死に魔法を研鑽してきたけれど、それがこのためだったと思うと泣きたくなる。私が処刑されたら、ゲームシナリオを書いた人を呪ってやるのだから。
私だってずっと、夏まつりにリチャードと一緒に参加したかった。毎年朝露に濡れた花を摘み花冠をふたつつくり、奇跡が起きてリチャードが『やっぱり行こう』と言ってくれるのを待っていた。
目に涙が浮かぶ。
それをぐいと手の甲で拭う。泣いていたらリチャードたちを見過ごしてしまうかもしれない。ちゃんと悪役令嬢の役目を全うしなければ。
ふわり、と頭になにかが乗った。なんだろう、と手を伸ばす。指先に触れたのは花の冠だった。
「取らないで」
聞こえた声に耳を疑う。私の前に現れたのは花冠をかぶったリチャードだった。
「……どうしたの? なぜこんなところに?」
リチャードは気まずそうに頬をかく。
「気づいていると思うけど、僕はピアを好きになりかけていた」
なりかけ?
「でもラウラはいつも淋しそうなのが気になっていた。今年初めて君に夏まつりを誘われなくて、僕はようやく自分が愚かだったと分かったよ。今更だけど、僕と一緒に踊ってほしい」
それではバッドエンドになってしまう!
だけれど……!
立ち上がり、リチャードの手をとった。
「ありがとう」
こんなゲームエンドの間際にあなたが私を選んでくれるなら。命に変えてでも絶対にリチャードを守る。
もともとは悪しきものを払う祭りだもの。願いをこめて踊りを捧ぐわ。