もふもふは正義
「誰!?一体誰の仕業なの!?」
事務所内にお局の金切り声が響き渡る。
『お局』なんて言葉を口に出したら完全アウトなのはわかっているが、そうとしか言い様のない。
昔ながらのこじんまりとした会社。社員は社長を入れても7人。高卒のお局は勤続20年のベテランで、彼女には社長すらも頭が上がらない。
なぜなら経理を一手に引き受けていて、仕事は正確かつ迅速。他人に厳しく自分にも厳しい。昔は笑い顔が可愛かったらしいが、入社して数年の俺は彼女の笑顔を見たことはない。いつもしかめっ面だ。
いまだに社の口座の出納を、銀行で通帳に記帳して確認している古くささはあるものの、まあ零細企業にはよくあることじゃないだろうか。
今も銀行から帰ってきたところだ。そこで見つけてしまった。
バラバラにくだけ散った『ふなふなくん』を。
『ふなふなくん』は、バブル時代にとち狂って作ってしまったらしい、自社キャラクターの置物だ。しかも瀬戸物。あれだ、よくあるタヌキの置物。あれを真似たらしい。
だが『ふなふなくん』は身長1メートルで、靴を履いたフナ(魚類)というゆるキャラも真っ青の斬新すぎるキャラクターだ。
だがこの異様さが、逆に関心を引くらしい。長年の定位置、受付前に鎮座していた『ふなふなくん』。当然、社を訪れる人の目に入る。皆一様にギョッとする(さかなくんではない。一般の取引先だ)。
で、これを肴に話が盛り上がる。
それで上手くいった商談も山ほどあるらしい。
そんな福の神のような『ふなふなくん』が無残なバラバラ死体になってしまったのだ。そりゃお局でなくても叫ぶだろう。
俺は早々に自首することにした。
「すみません。犯人は俺です。ちょっとよろけてしまって」
「どうよろけたら、ここまで壊れるのよ!30年近く、ここにあって欠けることすらなかったのよ!」
「すまま…」
「それから勤務中は『俺』じゃないって、何度言ったらわかるの!?」
「…すみません」
「まあまあ」と社長が間に入ってくれる。「彼はボーナスで弁償すると言っているから」
「ボーナス?どう考えても足りないですよね?」
「向こう二年分で」と俺。
お局は眉を寄せ、事務所ないは静寂に包まれた。
「にゃ~ん」
やばいっ!
焦る俺。他の社員も目が泳ぐ。
「…今の何?」とお局。
そこへ再び。
「にゃんっ」
お局は受付を回って裏を覗きこんだ。
ああ。万事休止。
実は。飼い猫が朝から調子が悪かったので同伴出社したのだ。社長に許可をもらい、こっそり倉庫にキャリーを置いて、30分に一度、様子を見ていた。
お局が銀行に行ったすきに、新入社員の可愛い子に見せようと、事務所に連れてきた。キャリーを受付に置き、入り口を開けたとたんに猫は飛び出した。段ボールを運んでいた社員の目前に。
で、社員はよろけ『ふなふなくん』にぶつかり、倒れた『ふなふなくん』の上に段ボールが落ちた、というわけだ。
お局はキャリーケースを手に取り、中を覗きこんだ。
「にゃーちゃん!!」
ん?
なんだ今の猫なで声は?
お局は見たこともないデレ顔をしている。もしや猫好きなのか?
社長が起きたことを包み隠さずに話した。
「…と、いう訳で」
俺の心臓はバクバク言っている。先ほどの彼女の様子なら、猫を責めることはないだろう…と思いたい。
「元凶は猫なんだ」と社長。
お局は途端に般若の顔になった。
「猫に責任はありません!飼い主の問題です!」
そして
「もふもふは正義!」
と高らかに宣言をしたのだった。
◇◇
「…ですからにして、我々は二人が恋に落ちた瞬間を目撃したわけです。それ以降、彼女のせりふ『もふもふは正義!』を社訓にしております」
社長が汗を拭きふき、祝辞を述べている。多少の誇張はあるものの、まあまあ事実だ。
僕とお局の披露宴。高砂の前には二代目『ふなふなくん』が仲人がわりに鎮座している。
厳しいと思っていた彼女は、僕が提案したこんなおふざけを受け入れてくれる人だった。
もしも男の子が生まれたら、つける名前は決まっている。まさよしだ。もちろん漢字はアレなのだ。