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1話〜涙、起きて

少年は、夢を見ている。知らないどこかで知らない誰かが剣を振る夢。無数の景色がシャボン玉のようにふわふわと漂っていてそんな、幻想的な光景を目の当たりにしている少年。すると目の前に一際大きなシャボン玉が近づいてくる。


(誰だろう?)


 どこか大きな部屋で二人の男女が剣のようなものを振っているその光景に少年はどこか懐かしさを感じていた。


(楽しそうだな・・・)


 その二人は剣で鍔迫り合っているにもかかわらず笑顔を絶やすことなく、幸せそうにただただ嬉しそうに剣を振るう。


(なんだろう?この感じ・・・)


 少年は心に違和感を覚える。自分はこの光景を知っているような、でも思い出したら何かが消えてしまいそうな不思議な感覚。


 そんな不安を残しながらも夢の時間は終わりを告げる。


♦︎


「ラスト、ラスト起きてよ!」


「マフィ?」


「当たり前でしょ、早く起きないと遅刻するよ!」


「遅刻?」


「もう、今日は遠足の日。ラスト、今日で十二歳になるんだからしっかりしなくちゃダメだよ?」


「十二歳?遠足?あ、そうだった!」


 そう言って足早に洗面所へ向かうラストと呼ばれた少年。名を、トゥラスト・フォルシラル。母親譲りの綺麗な黒髪に父親と同じく血を連想させる紅い瞳の端正な顔立ち。フォルシラル公爵家嫡男にして次期当主。明るい性格で人当たりもよく屋敷の使用人からの評判もいい。


「もう、困ったお兄ちゃんなんだから」


 ラストを起こしにきたのは双子の妹であるマフィーナ・フォルシラル。ラストと同じく綺麗な黒髪を肩の辺りまで伸ばしている。瞳の色は右目が父譲りの紅い瞳なのだが何故か左目だけは家族の誰とも違う銀色のオッドアイ。王国一の美少女と言われ、城で開かれるパーティーの度に男たちの視線を釘付けにしている。


「おはようございます。父上」


「ラストか、今日は楽しんでくるといい。お弁当は僕が作ったからね」


「ありがとう父上!」


 廊下ですれ違った父親からの言葉に喜びを隠せないラスト。何故なら父親が作る料理はどんな料理人のものより美味しいからだ。


 普通、貴族の当主ともなれば料理などしないのだが、フォルシラル家の当主。サード・フォルシラルは大の料理好きとして有名だ。そんな彼が子供達のために遠足のお弁当を作ったところでなんら不思議はない。


「父上が作ったお弁当。お肉はどれくらい入ってるかなぁ?」


 父親が作った料理の味を想像すると顔がにやけてしまうからか洗面台に溜めた水で顔を洗うラスト。


「よし!」


 水の冷たさで表情も引き締まる。意識も完璧に覚醒してここからラストの一日が始まる。


♦︎


「「行ってきます!」」


「マーク。頼みますよ」


「お任せください。奥様」


「行くよ!マーク」


「トゥラスト様。少しお待ちください」


「マークも大変だね」


「仕事ですので。おや?マフィーナ様、リボンが少し崩れておりますよ」


 そう言ってマフィーナのリボンを直すのはフォルシラル家の敏腕執事、マーク。若干十八歳でフォルシラル家筆頭執事に上り詰めた天才と言われている。十二年前に当主であるサード・フォルシラルに拾われそれからたったの十二年で今の地位を手に入れたのだから驚きだ。平民の為家名は無い。


「ラスト、マフィ。馬車の中ではマークの言う事をきちんと聞くのですよ」


「「はーい」」


 ラスト達の母、マーサリア・フォルシラルも普段通り学園に行くだけだったならこんなにしつこくは言わないのだが今日は遠足であり尚且つ行き先が小さいとはいえ魔物が出るからか心配でしょうがないようだ。


「ラスト、今日の昼食は楽しみにしておくといいよ。君の大好きな牛の魔物肉が沢山入っているからね」


「父上!私は?」


「マフィにはチーズ入りのオムレツを入れておいたから大丈夫だよ」


「やったぁ。父上大好き」


 そう言うマフィーナの笑顔に周りが癒され笑顔になるがこれはいつもの事なので問題ないのだが何故かラストがマフィの顔を見つめたまま固まってしまっている。


「灯・・・」


「アカリ?誰の事?」


「え?そんな事言った?」


「言ったよ。変なラスト」


「あらあら、ラスト。体調が優れませんか?」


「大丈夫大丈夫!ほら、二人とも早く行こう!」


 恥ずかしくなったのか慌てて馬車に乗り込むラスト。


「では、旦那様、奥様。行ってまいります」


 馬車のドアが閉じて、御者が馬を走らせる。フォルシラル家はシードマティア王国の中心である王都に居を構えているためラスト達の通う王立学園初等部までは距離がある。


 そのためか馬車が走り出して少したった頃、馬車の振動に揺られながらラストは微睡の中へ沈んでいくのだった。


♦︎


(涙、起きて)


(誰?)


(早く、起きて、じゃないと・・・)


(涙?)


(早く、早く、目覚めて)


(目覚める?)


(急いで・・・)


♦︎



「ラスト、ラスト!ラストってば!」


「マフィ・・・?」


「凄くうなされてたよ」


「トゥラスト様。やはりお加減が優れませんか?」


「大丈夫だよ。それよりほら学園が見えてきたよ!」


「ラストが倒れてもマークがなんとかしてくれるんでしょ?」


「マーク、そうだよね?」


 二人から期待の眼差しで見つめられるマークだがいつもの事なのでもうなれてしまっている。


「はい。私の命に変えてもお二人だけは旦那様達の元へお返しします」


「マークがそう言うなら大丈夫だね!」


 マークも信頼されているのは嬉しく思うが、それと同時に心配でもある。もし、自分が居なくなったら二人がどれ程悲しむのか、それを考えるだけで胸が締め付けられる。そしてその時がそんなに遠くない未来だと言う事もマークはよく理解していた。


「だからって無理したらダメだよ。ラスト」


「はーい」


「お二人共間も無く到着しますので最後に身嗜みを確認してください。おかしなところがあれば直してしまいますので」


「「はーい」」


♦︎


 今、ラスト達は学園の校庭で遠足での班を決めるため校庭を歩き回っている。ここ、シードマティア王国、王立学園初等部に通う生徒たちは殆どが貴族だ。にも関わらず班を教師が決めずに生徒自らに集めさせるのには理由がある。下手な貴族と手を組んだり交友関係を持ってしまい消えてしまった家は珍しくない。そこで、この学園の生徒には自分の目で人を判断する力を付けるためにこの様な教育法を採用している。


「ラスト、班を組みませんか?」


 ラストとマフィが校庭を歩いていると一人の少女が近づいてくる。金髪の長い髪に紅い瞳の人形のように美しい少女。


「あ、ファルナ姉様もちろんいいですよ。マフィもいいでしょ?」


「従姉なんだもん。もちろんだよ」


「二人ともありがとう。私が王族だからかどうしても浮いてしまって」


 ファルナ・シードマティア。シードマティア王国第二王女にしてラストとマフィの従姉でもある。歳は二人より一つ上の十三歳だが、その幼さに反して言動は大人びている。


「よし、班も三人程度って言ったたし先生に報告しに行こう」


「あ、ラスト。使用人は各班一人までだけどどうするの?」


「それでしたら、私はマーク様がいいですね今日の使用人は新人の方ですから」


「じゃあ、そうしよっか」


 そうしてラスト達は教師達の元へ報告に向かう。途中何度か他の貴族から声をかけられたがどうせ自分達と仲良くなれと親に言われたのだと分かっていたから軽い挨拶だけで済ませていた。これも王族である者たちの悩みだ。


「これが馬車の鍵だから無くさない様に気おつけてくださいね」


 今回の遠足では個人の馬車を使わずに学園側が用意した馬車で向かう事になっている。個人の馬車を使うと馬によって速度が変わってしまうため、学園側は同じ品種の馬で統一している。これによりそこまでの誤差なく全員が目的地にたどり着ける。


「「「はーい」」」


 馬車の鍵を受け取り校庭の隅にいるマークのもとへ向かう。


「マーク。使用人枠はマークに決めたから、よろしく」


「畏まりました。ファルナ様もなんなりとお申し付けください」


「ありがとう。こちらこそよろしくお願いしますね」


「では、参りましょうか」 


♦︎


 馬車に揺られる事数時間。ラスト達は目的地である嵐気竜の山脈その麓に到着していた。


「ここからは歩きかぁ」


「風が気持ちいいねー」


「そうですね」


「皆さん、早くしないと遅れてしまいますよ」


「「「はーい」」」


 山の頂上まではラスト達の足で役二時間かかる。年の半分は異常に風の強い山だが、残りの半分の期間は穏やかな風と山の頂上から眺める絶景が名物の観光スポットでもある。ただし、強くはないが魔物も少しは生息しているので貴族達は必ず護衛をつける。今日もラストの学年である初等部二年の生徒五十二人のためにベテランの騎士が十二名護衛についている。


♦︎


 歩き始めて一時間と少しが経ち頂上が視界に映り出す。


「もう少しで頂上だ!」


「マーク。なんだか風が強くなってきてない?」


「そうですね。少し不安ですが護衛の騎士も居ますし余程の事がない限りは大丈夫かと」


「なんでしょう?周りの皆さんの数が減っては居ませんか?」


 今、ラスト達がいるのは頂上から少しだけ降りたあたりだ。そしてラスト達は比較的早くここまで登ってきた。だが、自分達より下は愚か上にも生徒達はほんの少ししか見当たらない。それにどうやらその生徒もこの異常さに気づき始めている様だ。


「このあたり周辺担当の騎士の姿も見当りませんね。それに少し霧が濃くなってきた気もします。一度周りと合流をした方が・・・」


「マーク?」


「皆さん。急いで下山しましょう!」


「どうしたのマーク?!」


「見て!騎士達だ!」


 ラストが騎士達を見つけるがマークはその姿に違和感を覚える。


「見てはいけません!」


「キャァァァッ!!」


「マフィ?!え?なんだよ、これ・・・」


そこにあったのは無残にも腕を喰いちぎられた騎士の死体だった。


「トゥラスト様ッ!!」


「え・・・?」


「グハッ・・・」


「マーク?!」


「いやァァァッ!」


 マークの背中に刻まれた深い傷。そしてその目の前には二つの頭を持ち、背中からは大きな翼を広げ、手には血のついた凶悪な爪。そして体の周りには竜巻のような乱気流を纏っている。


双頭の嵐気竜(ウインベーラ)。生きて、いたのか・・・」


「マーク!大丈夫?!」


「はい、なんとか。それよりも、ウインベーラが生きていたなんて」


「ウインベーラって何百年も前に倒されたのでは?」


「その通りですファルナ様。ですが現物が目の前にいるところを見ると生きていた様ですね」


「マーク、これからどうする?今は騎士の死体を食べてるけど次は俺たちじゃない?」


「トゥラスト様はマフィーナ様とファルナ様を連れて下山してください」


「マークは?」


「私が食べられている間に逃げられるはずです」


「そんなのダメだよ!!」


「マフィ・・・」


先程まであまりのショックで放心状態に陥っていたマフィがマークの言葉に反応する。


「マフィーナ様、これが私からの最後のお願いです。逃げてください・・・」


「マーク!」


「お早くお逃げください!」


 そう言ってウインベーラへ向かってナイフを突き刺そうとするマークだったがウインベーラの周りを漂うに乱気流に阻まれてしまう。


「皆さま、お早く!」


「ダメだ・・・」


 ラストの纏う空気が一瞬で変化すると周りに透明で実態の無い剣が無数に現れる、それは次第に宙に浮きだしラストの周囲をクルクルと周りだす。


「トゥラスト様・・・?」


「ラスト?」


「ラスト・・・・・・」


「マフィーナ様!」


 どこも怪我をしていないはずのマフィーナの意識が急に途切れてしまう。


「マフィ・・・」


 すると今度はマフィの左目から光が溢れ出す。その光はドンドン強さを増していき・・・


「マーク。ファルナ姉様。バイバイ」


 ラストは今までにないほど悲しい顔をしながらそう言って目を瞑る。


「成る程、ここははじめての世界だ」


「トゥラスト様?」


「灯、起きるんだ」


 その言霊が発せられると目を閉じていたはずのマフィーナの瞳が開かれる。


「涙、今回は少し遅かったね」


「そうだね。でも今回の身体は大当たりみたいだよ」


「ならオッケー!」


「灯、一瞬で決めるよ」


「りょーかぁい!」


 その瞬間、ラストの姿が消えたかと思うと今度はマフィの体が光出す。


「神剣召喚!」


 マフィの目の前に神々しい輝きを放つ二振りの長剣が現れる。


「涙!」


 するとマフィは手に持った長剣のうちの一振りを物凄い速さで上空に放り投げる。


 音速を優に超えた長剣が辿り着くのはものすごい速さで地面に向かい降下するラストの手のひら。


「灯!」


「涙!」


「「双奏刹斬!」」


 降下しながらのラストによる斬撃は左の頭を、溜めを入れたマフィによる下からの斬撃は右の頭を一瞬のうちに切り裂いた。




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