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修羅狩り伝  作者: 柏木 暖簾
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プロローグ

 「頸丸(くびまる)様。世霧様が御呼びでございます。」


 部屋の戸を見慣れた顔の女中が開いた。

 

 頸丸と呼ばれた男は、その幼さの残る顔にシワを寄せて笑う。


 「分かりました!世霧様に、直ぐ向かうと伝えてください。」


 女中は軽く会釈すると戸を閉めた。足音が遠くなっていくのを確認すると、頸丸は着替えを始める。


 主人である世霧から与えられた、漆黒の羽織に袖を通すと気持ちがすっと落ちつく。


 毎日の仕事を完璧に行うために、頸丸にとってこれは必要な行為なのだ。


 「…さて。そろそろ時間かな。」


 頸丸は部屋を出て、世霧に呼ばれた場所。つまりは、自分の仕事場に向かう。


 途中、屋敷の人との軽い挨拶を交わしながら歩いていると、頸丸の背中に強い衝撃が走った。


 思わず「うっ!?」と声が出たが、次の瞬間には頸丸の両の腕に、衝撃の正体が捕まっていた。


 「やったな心慈郎(しんじろう)!屋敷のなかで走り回るんじゃない!!」


 心慈郎は頸丸にとって唯一の肉親、弟である。そんな、心慈郎を羽交い締めにすると、頸丸はその脇をくすぐった。


 「兄ちゃん止めてくれよ!死んじゃうって!!」


「あはははっ!!!」と心慈郎の口から元気の良い声が響く。周りに居る使用人たちも優しい顔でクスクスと笑っている。


 世霧邸では、この兄弟のじゃれあいは見慣れた光景であった。


 頸丸は、満足したようにくすぐりを止めると心慈郎に言った。


 「屋敷の人に迷惑を掛けたら駄目だぞ。死ぬしかなかった俺たちを拾ってくれた世霧様に顔向け出来ないからな。…いいか心慈郎。いつかお前も世霧様に仕事を任される時が来る、その時は一所懸命に働くんだ。それが、俺たちに出来る唯一の恩返しだ。」


 まだ幼い弟は素直に頷く。頸丸は優しく微笑むと心慈郎の頭を撫で、再び仕事場に足を運んだ。


 

  ………。



 「少し遅かったね頸丸。何かあったのかい?」


 頸丸の主人である世霧 十郎はこう言った。


 頸丸は膝を床に突いて、世霧に対して背一杯の忠誠を表す。


 「申し訳ありません。心慈郎への説教に時間を労しました。」


 世霧はその整った顔に指を当て、頬をポリポリと掻いた。


 世霧 十郎は歴代の当主の中でも最も才覚溢れる人物であった。農業の改革や戦事すべてに尽力し、領地を豊かにしてきた。学の無い頸丸でも敬意を払うに当たる男だ。


 「怒ってはいないよ。まだ少年の頸丸に、こんな仕事をさせている私に怒る資格なんて無いさ。それに、家族との触れ合いは大切だ、これからも心慈郎と仲良くしなさい。」


 「ありがとうございます、世霧様。…して、本日はどういたしましょうか?」


 頸丸の言葉を受け、世霧は正座を崩すと自分の正面を指差した。


 つられて頸丸は、その方向に視線を向ける。


 其処には、麻袋を被った人間が十人ほど座っていた。縄で手を繋がれ、両端には屋敷の侍が立っている。


 「今日はその十人だ。それぞれ違った罪を犯している。」


 そう、頸丸の仕事とは、罪人の頸を斬ること。『頸斬り役人』である。


 「承知致しました。本日も世霧様の御期待に報いれるよう、尽力致します。」


 言い終えると頸丸は、立ち上がり罪人に近づいた。そこで頸丸は一つ気づく。


 (子供だ…。明らかに幼い子だ。)


 一目で分かった。恐らく心慈郎と同じくらいであろう。


 しかし、頸丸の心は揺らがない。『頸斬り役人』が世霧から与えられた仕事なら、それを遂行するのみ


 …それが、俺と心慈郎が世霧様に恩返しする方法だから。


 頸丸は腰の刀を抜き、それを落ち着いた様子で振るった。


 ………。



 一週間程経ったある日。


 いつものように頸丸は、仕事場に向かう。いつもの女中に呼ばれ、いつものように屋敷の人と挨拶を交わす。


 しかし、一つだけ違う事があった。心慈郎のちょっかいが無いのだ。毎日仕事場に向かう途中には心慈郎がやって来た。


 「腹でも壊したのか?後で様子を見に行くかな。」


 そんな事を考えていると、頸斬り場の前まで来ていた。頸丸は一旦気持ちを落ち着けると、戸に手を掛ける。


 「おはよう、頸丸。早速だけど少し近くまで来てくれないかい。」


 「はっ!!」と声を上げ、頸丸は小走りに世霧の元まで駆けると、膝を突いた。


 「おはようございます。本日はどういたしましょうか?」


 頸丸の言葉を受け、世霧は部屋の奥に顔を向けた。


 「連れてきてくれ。」と世霧が言うと、奥から屋敷の侍が縄に繋いだ人間を引いてきた。


 いつもなら十人程度の人間が、自分が来る前に頸斬り場に座らせられていた。


 しかし、今日は一人で、しかも後から連れてこられた。こんなことは初めてだった。


 「麻袋を外して。」


 罪人はまだ少年である頸丸をたぶらかすと言う理由で、皆、麻袋に猿轡をはめられていた。


 そんな、罪人の麻袋を取るように、世霧様が命じたのは『頸斬り役人』を始めて3年で初の出来事だった。


 只、そんな驚きは、直ぐにそれを上回る驚きによって塗り潰される事になる。


 「…心慈郎、どうしてお前が繋がれてんだ?」

 

 まだ幼い弟。世霧様にこれからも仲良くしなさいと言われた弟。たった一人だけの肉親。


 「兄ちゃん。お、俺何か悪いことしちゃったの?屋敷の中を走り回ったから?」


 心慈郎は混乱が隠しきれない様子で狼狽えていた。それもそうだろう。


 「世霧様!?…これは一体」


 「心慈郎は罪を犯したんだ。だから頸を跳ねる。それが君を呼んだ理由だよ。」


 頸丸は、世霧が何を言っているのか理解できなかった。


 (…心慈郎が罪を。そんな訳がない、心慈郎は、まだ七つだぞ。)


 「な、何かの間違いです、世霧様っ!!?心慈郎は、確かに騒がしい奴ですが、心根の優しい…俺の弟なんです!!」


 「それでも君は、心慈郎の頸を斬るんだ。まさか、君たち兄弟を拾い育てた恩を忘れたのか頸丸。」


 世霧の目は今まで見たことの無いほど冷たく乾いていた。空気がビリビリと鳴るような気さえする。


 「だったら俺の頸を斬ってください!弟の罪は俺が背負います!!」


 頸丸は怯まず、食い入るように声を上げるが屋敷の侍によって体を床に押さえつけられた。


 肺が圧迫されているにも関わらず、暴れるので頸丸は血を吐いた。


 そんな、阿鼻叫喚の中を心慈郎の声が渡った。


 「世霧様。僕は自分が何をしてしまったのか分かりません。でも、世霧様が言うなら僕は、死にますから。…だから兄ちゃんをいじめないでください!!」


 泣きながら訴える心慈郎に世霧は、言った。


 「ならば自分で腹を斬りなさい。今まで頸丸に守られた分、今度は君が頸丸を守るんだ。」


 頸丸は目を見開く。「止めてください!」と血を吐きながら懇願する。


 そんな、頸丸を無視して世霧は腰の小太刀を心慈郎に手渡す。


 心慈郎は、満面の笑みを浮かべて頸丸に言った。


 「大好きだよ、兄ちゃん!!」


 床に押さえつけられた頸丸の顔に鮮血が飛んだ。『頸斬り役人』として毎日、罪人の頸を斬っいる頸丸にとって、血は珍しいものでは無かった。


 しかし、絶叫せずにはいられなかった。


 声にならない声が、喉から濁流のように流れ出る。


 (心慈郎、心慈郎、心慈郎っっ!!!)


 体の芯から熱が込み上げてくる。血を吐けば吐くほど、逆に体は熱を上げる。


 「…素晴らしい。素晴らしいぞ!!遂に私は修羅を造り上げたのだ!!」


 世霧は興奮したようすで叫ぶ。そんな、世霧を他所に頸丸の頭は心慈郎との思い出をグルグルと巡らせていた。


 (今行くからな。…待ってろよ。)


 チンっと刀身を鞘に納める音が鳴ったと思うと、侍の頸が二つ宙に舞った。


 頸丸を押さえつけていた侍は、床に倒れ。代わりに頸丸がそこに立っていた。


 「世霧様。…今まで恩を返すため必死に忠誠を誓ってきましたが。きましたが、貴方を…心慈郎の仇を見過ごせません。」


 頸丸の喉は無理に動いたために、潰れ弱々しい声だった。だか、その声には恩人を斬り殺すと言う確かな殺意が籠っていた。


 一瞬不気味なほどの静寂が訪れる。


 しかし、直ぐに鋼がぶつかり合う強烈な衝撃音が響いた。


 世霧の頸を正確に狙った一撃は、見事に止められていた。


 「鎧塚。ギリギリの所でやって来たか。」


 「いえ。世霧様がこの状況を楽しんでいらしたので、側に控えて居りました。」


 鎧塚 一(よろいづか はじめ)。世霧の護衛筆頭である侍だ。戦場の鬼と呼ばれる男で頸丸と心慈郎が兄と慕っていた。


 「何なんだ今日は…。世霧様に心慈郎を殺され、仇討ちも一さんに邪魔されて。…父さんと兄さんと弟を一辺に失った気分だ。」


 「…そうか。しかし、私も仕事だからな。…だが、これが修羅の力か。気を抜けば刀ごと頸を落とされそうだ。」


 一は頸丸にそう言うと、次は世霧に「どう致しますか?」と言った。


 世霧は立ち上がると部屋の戸まで歩き言った。


 「今日は実験が成功して機嫌が良い。殺さず暫く泳がせる故、眠らせておけ。」


 そう言うと世霧は部屋を出た。


 頸丸が「待て」と言い終わる前に、一の峰が頸丸の頭を捕らえ、意識を飛ばす。


 (…世霧っ。)


 頸丸は床に倒れ、一と世霧は姿を消した。



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