第17話 夢に落ちていく。
血液表現注意です。
*
「あの子は、とってもいい子だわ」
「いいえ。あの子は、いい子に見せたいだけだわ」
そう言うあいつの声は、嫌いだ。
「空っぽの死体ね」
あいつは、僕をそう例えた。
(そうだ、僕は死体だ。)
ならば、動いてはいけない。
立ち止まって、座り込む。
時間は流れていく。
顔を隠して、うずくまったまま。
影が僕の前に来た。
あいつだろうか。
それとも、救いだろうか。
「大丈夫?」
来たのは、救いだった。
同時に、あいつだった。
「あ…あああ…」
僕が”可哀想”だということをあいつは、
母親は理解していた。
僕は、その”可哀想”が嫌いだった。
「い、や…ごめんなさい!ごめんなさい…!」
母親の口から、出るのは懺悔の言葉ばかり。
僕は、母親に触れようとした。
手を伸ばす。
消える。
母親が、消えた。
「お母さん?」
初めて、口に出す言葉だった。
「お母さん、どこ?」
口からは、疑問ばかり出る。
それは一瞬だった。
母親は僕を視界に入れると、微笑んだのだ。
そして、口を開こうとした。
だが、口からは呼吸を求める音しかしない。
僕は、涙を流した。
生まれて初めて泣いた時のような気分。
解放された嬉しさではない、もう少しあそこにいたかったという悲しみからの涙。
あれが母親の愛だったのだ。
僕を見て、嬉しそうに微笑む母親の表情が脳裏に焼きつく。
「ア”ァ”ァ”ァァぁ”」
声が掠れてきた。
僕には、愛が足りない。
母親がいないから。
あの時きた救いが持ってきたのは、穏やかな日常ではなく。
「縄だった。」
母親が死んだのは、彼女のせいだ。
彼女が持ってきたのは、縄だった。
母を殺し、僕を悲しみに縛り付ける縄。
あの日から、僕の中で彼女は、
地獄から救ってくれた恩人であり、自分の母を殺した憎い存在となった。
*
「だって、いつまでも終わりの幕が降ろされていないから。」
彼女は、酷く悲しそうにそう呟いた。
やめてくれ。
母親と同じ目で僕を見ないでくれ。
憎しみと悲しみが入り混じり、胸にモヤモヤとした何かを残す。
「岸辺哀歌、私の名前だよ。」
「愛莉なんて、偽の名前で私を呼ばないでね。」
そんなこと、僕はずっと前から知っていたんだ。
僕と同じ存在であったことも、僕と同じ、大事な人を亡くした人。
(違う、彼女は彼女の意思で殺した。)
「憎悪と愛を示すのは感情ではなく、人間である。」
聞こえた?と彼女は微笑んだ。
先ほどから、話が変わりすぎだ。
ガラス片を強く握りすぎたのだろうか。
僕の手は、ジンジンと痛む。
脳みそもガンガンと痛む。
「もう、やめてくれよ…。」
彼女の襟をつかむ。
「僕は疲れたんだ。早く、彼らと同じように終わらせてくれ。」
「まだだよ、終わりの幕は降りてないの。」
先ほどから、何を言っているのだろうか。
「まだ。私たちには、まだ夢がある。」
夢とは何だろうか。
「まどろむ暇がないくらいに、あの画面を悲しませないようにするために。」
パッと手を離す。
それは、彼女に恐れたからだろうか。
いや、違う。
ガラス片からは、血がポタリと落ちた。
それは、じわりと地面に滲む。
今の自身の温度すらわからない。
その一連の流れに義視感を覚える。
前にもあった?
いや、なかった。
僕は何を血迷ったのか、血の流れる手を彼女の真上に置いた。
ぽたりぽたり、頬に、髪に、肌にに血が落ちる。
「ひっ…!」
予想通りだった。
彼女の瞳には、畏怖が浮かび上がる。
それをずっと眺める。
僕の胸は、少し傷つき果てていく。
これは、全部。




