竜との遭遇
コメディーです。
たぶんすぐ終わります。
プロレス団体の今は、大手の他に中小の団体が多数存在し、どこも経営難にあえいでいた。
一部羽振りの良い某団体という例外もあったが、スポンサーがつかず、目立ったエースが不在な団体は特に苦しい状態が続いていた。
某市に本拠地を構える抽象(ちゅうしょう)プロレスリングも、例外ではなく、オカルトかぶれの社長が怪奇派レスラーを多数登場させたが、焼け石に水状態。
ついに何を血迷ったか、社長が多数の古文書を道場に持ち込んできた。
「興行のテコ入れに竜を呼ぶことに決めた」
社長兼エースのガーリック富田林は高らかに宣言した。
ズッコケる他の選手たち。二番手の船村久満が後頭部を抑えながら立ち上がった。
「社長が変なこと言うから受け身を取るのを忘れてしまったよ」
「俺は本気だ」
「そんなものが呼べるわけないでしょう」トレーニング不足で肥満体のスティック穂先が呆れた顔で起き上がる。
「幽霊だってちょくちょく見かけるんだ。幽霊がいるのに竜がいないのは変だろう」
ガーリック富田林は、分厚くて古そうな書物を開いた。あたりにかび臭さが立ちこめる。咳き込む団員達。
「私はリングの真ん中に魔方陣を書く。四方にはろうそくを灯す。君たちはこのプリントに印刷した呪文を唱えてもらいたい」
社長の言うことならば仕方がない。団員達は渋々呪文を唱えようとして、本を見た後顔を赤くした。
「これ唱えるの恥ずかしいッス」コブトリ桃山が甲高い声を上げた。
「大声で唱和しないと竜は来ないぞ」
「はいはい」団員達はいやいやながら、初恋の人に30過ぎて同窓会で出会って告白するぐらい恥ずかしい呪文を唱え始めた。
「霊界に居座る異界の魂たちよ、大地に潜む精霊や要請よ、天空より目覚めし魔界の覇者たちよ、人類の脳裏に刻まれた神話や民話や伝説、天変地異や異常気象の総元締めである竜たちよ、我の願いを聞き入れて、ここ抽象プロレスリング三丁目道場に姿を現したまえ」
「呪文無駄に長いし、竜以外呼んじゃいそうだし、舌噛みそうッス」コブトリ桃山が文句をつける。
「声が本気じゃない! もう一回」
社長の檄が飛ぶ。三度目のチャレンジの後、奇跡は起きた。
本当に魔方陣の上に翼をつけた竜が鎮座していた。身の丈はニメートル三十センチ。竜としては小柄だが、プロレスのリング上では巨漢レスラーと同じぐらいの背丈で見栄えがする。鋭い牙の口元、象牙色に光る太い爪、紫がかった茶色の体躯に肩についた羽根、どこから見てもまがまがしい竜そのものだった。
「わしを呼んだのはそなたたちか」
「いやー本当に来るとは思わなかったッス」コブトリ桃山が本音を吐いた。
「ただのオカルトおたくだと思ったら、社長も意外にやるもんですね」と、スティック穂先がヨイショ。
「竜の召喚を祝して三本締め──っ! 」調子に乗る船村久満。
と手拍子。主役を脇において盛り上がるレスラーたちに、竜も怒りだした。
「何の理由で呼んだのか聞いておるのじゃ──っ!」
「実はプロレスの試合に出ていただきたいのですが」と揉み手をしながらすり寄るガーリック富田林だった。
とそこへ、社内一頭の切れるレフェリーのスパッツ岸田がやってきて
「社長思い出して下さい。動物とのマッチメイクを企画して、動物虐待だと騒がれた団体があったじゃないですか」
「ううむ。そういえばあれはちょっとした騒ぎになり、マッチメイクは中止されたな」
「由緒正しい魔物であるわしを動物と一緒にするな──っ!」
と、ちょろりと得意の火を吐いた。
「ちょっと待って。火を吐くのは消防法の絡みで禁止」
「ややこしい世界じゃわい。なら冷たい方はどうじゃ」
「それならばいいけど、あんまりビジュアル的に映えませんなあ」
「注文の多い奴め」
仕方なく竜には消防署の面倒くささを説明して、火は吐かないように念押しして取り決めさせた。
「それより先ほどはわしを獣扱いしおって」
「それならば調印もこの竜にやらせましょう。本人の意思ならば動物虐待には当たらないでしょう」とフォローを入れるスパッツ岸田だった。