第5話
今、アヤカはジャックに来ていた。由美から電話があり話したい事があるという。時計の針は午後8時を過ぎていた。
『遅いな〜由美ったら…7時半頃には来れるって言っていたのに…』
「彼女遅いですね」
突然ジャックのオーナーに話しかけられ、アヤカはびっくりした。アヤカは彼に話かけられたことなど一度もなかったからだ。由美は彼の事がお気に入りという事で、何かにつけ彼に話かけていたが、いつも彼はただ頷くだけだった。由美からすればそんな無口さも素敵なのだそうだ。
『なんて素敵な声なのかしら…でも、びっくりした。彼は話が出来るのね』
あまりにも無口なのでもしかしたら日本語が話せないのかと思ったほどだ。
『こうして見ると本当に素敵な人だわ…』
「彼女、7時半頃までには来れるって言っていたのに…どうしたのかしら…」
「電話、してみたら?」
アヤカはまたびっくりした。『この人は、由美の事が心配なのかしら…もしかして、由美のこと気に入っているのかな?』
「そうね、ちょうど私もそう考えていた所だから。」
そしてアヤカは携帯電話をバッグから取り出し、由美の携帯にかけてみた。
『えっっ!?』アヤカは焦った。
「そんな…この番号は現在使われておりませんって…どういう事?」
そんなはずはない。もし事情があって番号を変えるような事があっても、アヤカに知らせないはずが無い。
「アヤカさん、彼女の身に何かあったのかもしれませんね。彼女の家に行ってみましょう」
彼が突然アヤカの名前を口にしたのは驚いた。でもそれは由美との会話を聞いてれば私の名前は知る事はできる。しかしそれよりも驚いたのは彼が由美の家に行こうと言っているのだ。どうしてただの常連客の家に行こうなんて言うのか。
「早くしましょう」そう言って彼は店から出て行こうとしているところだった。
「えっ!?あの、お店の事は…」アヤカが言い終わらない内に彼はもう外に出ていた。
そしていつの間にか店の前に車が止まっていた。彼の車らしい。彼は助手席のドアを開けながら「早く乗って下さい」と言って、自分は運転席の方へ乗り込んだ。
『何の車だろう…何か凄く高そう…動いているのに、車ってこんなに静かなものなのかな…』
車の事は全く分からないアヤカでも何となくすごい車だという事はわかった。
アヤカはもう何が何だか分からなかった。ただ分かる事は彼が由美の家がどこなのか知っているらしいと言う事だ。『私に内緒で付き合っていたのかな…?それよりも、由美、何も無いよね?大丈夫だよね?』
いつの間にか二人は由美のマンションの前にたどり着いていた。綺麗なマンションだ。アヤカのアパートとはえらく違う。
二人は由美の部屋の前まで来た。
アヤカがチャイムをならそうとした時、彼は構わずドアノブに手をかけていた。「ガチャッ」
「開いた…」思わず声が出た。そして二人は部屋の中へ入って行った。
今、アヤカは彼の運転で自分のアパートの前に来ていた。彼が送ってくれたのだ。
「あの…どうもありがとう…」
「仁」
「えっ!?」
「私の名前は仁。そう呼んで下さい。アヤカさん。」
「仁…さん…」
「仁でいい。アヤカさんは何も心配しないで。私にまかせて下さい。これは私の電話番号です。何かあったらすぐに掛けて下さい。必ずです。あなたは何も心配せず今夜はゆっくり休んで下さい」。
そう言って、仁はアヤカが部屋に入るまで見守ってくれていた。
アヤカは疲れていた。『どうして…由美、何があったの!?』アヤカには訳が分からなかった。そして、仁という男の事も…彼は何か知っているのではないか…そんな思いがアヤカの脳裏を過ぎった。
由美の部屋には何もなかったのだ…何も……
何かが動き出している、何かが…アヤカは夢の中でそうつぶやいていた。