第3話
その日はなぜかとても忙しかった。こんなに一日に沢山の人がおもちゃを買うの?と驚くほどだった。アヤカがこのデパートのおもちゃ売り場で勤め始めてもう3年になるが、クリスマスでもないのにこれほど忙しいのは滅多に無かった。
「今日は凄いね。おもちゃ売り場がクリスマス前でもないのにこんなに混雑した事ってあったっけ?」と男がアヤカに話しかけてきた。
男の名前は神崎信二といい、2年前からアヤカの同僚である。歳はアヤカより二つ上の27歳だ。背が高く切れ長のその目はとても綺麗だと女でも思う。アヤカは神崎がなぜおもちゃ売り場なんかに勤めているのか不思議でならなかった。デパートの中にはいくつもの店があるが、神崎はあえておもちゃ売り場を希望してきたと聞いた事がある。
神埼はいつでもアヤカにやさしい。同じ職場の同僚達に時々嫌味を言われるくらいだ。「美人は得よね〜、どんな男にもチヤホヤされるのだから〜、ほんっと鼻にかけて嫌ね〜!!」鼻にかけてなんていない、反対にアスカはこの容姿が時々嫌になる。女達には嫌味を言われ、男達は見た目だけで近寄って来て下心丸見えなのだ。もう嫌になる。美人が得だとは限らない。でも、神崎だけは何か他の男達とは違った。
確かにアヤカには本当に良くしてくれる。でもその目に下心があるようには見えない。アヤカだけではなく皆にやさしいし、いつも笑顔でお客様にもとても親切なのだ。そういえば、アヤカは神崎が怒っているのを一度も見た事が無い。
「本当にね、今日はどうしちゃったのかしら」とアヤカは応えた。「こんなに働かされた日は飲まなきゃやってられないよ!今日、帰りどっかによって行かない?」
神崎が本気で愚痴っていない事くらいアヤカには分かっている。神崎はそんな男ではない。
最近神崎とはたまに食事を共にするまでの仲になった。仲と言っても男女の仲ではない。仲良しの同僚としてアヤカはたまに神崎に誘われる事があった。
「いいわよ、じゃあ帰りは駅で待ち合わせね」
「オッケー」
神崎と食事を終えて帰宅途中、後もう少しでアヤカのアパートだという時、誰かの視線をアヤカは背中に感じた。アヤカは振り向いた。だがそこには誰もいなかった。
『今のは何?確かに誰かの気配を感じたのに…もしかしてストーカー?やっぱり神埼さんの申し出を断るべきではなかったのかも…』神崎は家まで送ると言ってくれたのだが、アヤカが神埼を気遣い申し出を断ったのだ。
アヤカは急いでアパートに入って行った。
その夜アヤカはなぜだか分からないが、なかなか寝付く事が出来なかった。照明は付けずにベッドから起き上がったアヤカは、目を凝らし時計を見た。その針は午前三時を過ぎた所を指していた。外の空気が吸いたくなり、窓を開けるためカーテンを少し引いた。何気なしに見た外の光景にアヤカの目がある所で止まってしまった。初めは暗くてよく見えなかったが、目が慣れてくるとだんだんとその光景が何なのか見えてきたのだ。「はぁっ!?」アヤカは驚きのあまり声を出していた。そこには、人だろうか…アヤカにも良くわからないが子供に見えた。大人にしては小さすぎる。三人?いやよく見ると五人はいるだろう。こんな時間にアヤカのアパートの前になぜ子供達がいるのか?それだけではない、その服装だ。皆がそろって奇妙な格好をしていたのだ。全身黒ずくめに、目にはメガネよりももっと大きな何かをかけていたのだ。アヤカは恐怖を感じた。
なぜならその者達は皆横一列になってアヤカの方を見ていたのだ!!
『何なのっ!!?』アヤカは夢を見ていると思いたかった。それほどその光景は異常だったのだ。
アヤカはすぐにカーテンを引き、ベッドに潜り込み、頭から布団をかぶりながらその異常な光景に震えが止まらなかった。しかし、いつの間にかアヤカは深い眠りについていた。
アヤカは夢を見た。
血だらけの男が何かを叫んでいる!『生きるんだ!生きるんだ!!』
そして気が付けばアヤカは逃げていた。必死に何かから逃げていた。そして立ち止まって自分の手に握られている物が見えた。それは血がこびり付いたナイフだった。
『これは何なの!!?いやー!!!』
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」アヤカは目を覚ました。その体は震えていた。『私は一体どうしたっていうの!?』
とにかく落ち着きたかった。昨夜見た事、夢の事、全て忘れたかった。アヤカは熱いシャワーを浴びる為、バスルームへ向かった。
シャワーを浴び終えた頃には少し落ち着いてきた。
『そうよ、きっとあれも夢だったのよ。そうよ…そうよ…』まるで呪文のように自分に言い聞かせていた。
しかし、何かが動き出している事など、アヤカには知る由もなかった。