08 ぼくはきめたよ
ポン吉が言うと、みんなは首をひねりました。騎士団長のおじさんが、
「橋ってどういうことだい?」
「うん。森のうえに橋をかけるんだ。大きな大きな橋。そうすれば、森のなかに道を作らなくてすむでしょ?」
ならず者の大男が、ずいと前に出て、
「いや待ってくれ、たぬ吉くん」
「ポン吉だよ」
「ポン吉くん。橋を作るっていうけれど、この森はとても大きいんだ」
「どのくらい?」
「オレたちの町が、すっぽり3つは入るんじゃないか」
ポン吉は「ええ?」と驚いてしまいます。
「そんな大きな橋を作るのは大変なんだ。オレも橋を作る仕事をしていたことがあるからわかるけどな、時間もかかるし、材料だって必要だ。そもそも、そんなでっかい橋は見たことも、聞いたこともねえぞ」
「そんな……」
周りの人たちもならず者の言うことに、うなずいたり、ため息をついたりしています。橋を作るのはむずかしそうです。
「がう、がう!」
すると、赤ちゃんケルベロスがなにかを伝えようとほえました。「見たことがある」と言っているようです。
「見たことあるって、なにを?」
アンリがたずねました。
「ガウ、がうがうがう」
小さな3つの頭を、ぐるんと動かします。アンリは不思議そうに、
「橋? あっちの山から……、そっちの山まで? そんな大きな橋なんて……」
「ガウ! ガウウ!」
「光っていたの? 7つの色に?」
「もしかして、虹のことかね?」
エルフの王さまが言いました。
「いいかい、あれは橋じゃないんだよ。人が渡ることはできないんだ」
「がうう……」
残念そうに頭をさげる赤ちゃんケルベロス。ポン吉は考えました。自分の森で見た虹のことを。雨がふったあと、7つの色にきらきら光った、キャンディーみたいな虹。
「おいしそうだったなあ……」
ぐうう、とおなかが鳴りました。
「だめだだめだ! いまはおなかを空かしている場合じゃないや」
ぶんぶんと首をふります。
けれど……
ポン吉は、森のほうを見ます。緑がいっぱいで、そよそよとした風が吹き抜ける大きな森。エルフの森のうえに、あんなきれいな虹があったなら、きっとすばらしい景色になるに違いありません。
おなかを空かせたならず者や、ケンカに怯えるケルベロス。
このままでは、同じようにかわいそうな人たちが増えるのも、まちがいのないことでしょう。それはとてもいやなこと。ポン吉はいっしょうけんめいに考えました。おなかが鳴っても気にしません。
「ぼくにできること……」
ぼそりとつぶやきました。そして、人間の体になってからのことを思い出します。騎士団長のおじさんや、アンリ、ケルベロス、エルフの王さま、ならず者、人間の王さま――
みんなはいま、むずかしい顔をして悩んでいます。すこし悲しくなりました。
おなかの虫も、しずかになりました。ポン吉はご飯を食べるのが大好きです。ご飯を食べているときは、みんなが笑っているから楽しいのです。パンを半分こすると、食べる量はへるけれど、なんだかとてもおいしく感じるのです。
そして、たくさん笑うからおなかが空くのです。みんなのしょんぼりした顔を見ていると、悲しいし、おなかも空きません。
「ねえ。ぼく、やってみるよ」
みんながポン吉のほうを振りむきます。
「ぼくが変身してみる。虹の橋になって、みんなが通れる道になるよ。そうすればもうケンカもしなくてよくなるし、ご飯もいっぱい食べられるよね」
「待つんじゃ、ポン吉くん」
人間の王さまがあわてて言います。
「虹の橋になってしまったら、きみはどうなるんじゃ? 虹になってしまったら、もうおいしいご飯も食べられないぞ?」
エルフの王さまも、
「そうだ、きみにそこまでしてもらうわけにはいかない――」
2人の王さまは、心配そうに言いました。同じような顔をして、同じようにポン吉を引きとめました。そんな2人を見くらべて、ポン吉は笑いました。
「もう、ケンカはしなくてよさそうだね」
王さまたちは、びっくりしたように顔をあわせて「まいったな」と苦笑い。
「おいしいご飯をありがとう。ぼく、わかったんだ」
みんなを見まわして、ポン吉は言います。
「おなかいっぱいになるのもうれしいけれど、みんなが笑っているほうが、ずっとずっとうれしいんだ。だからぼくが虹になったら、みんな笑って見上げてね」
「ポン吉さん」
アンリが涙をうかべます。
「だめよ、そんなことだめ!」
ポン吉の体が光ります。はじめはお星さまのようにキラキラと。つぎに、太陽みたいに元気よく。
「ありがとうアンリ。パンもドーナツも、ミルクティーもとってもおいしかったよ。またいっしょに食べようね」
「ポン吉さん……!」
すると光は、緑色に変わりました。メロンみたいにおいしそうな緑。光はどんどんつよくなって、空たかく、まっすぐにのびました。
アンリは大粒の涙をながします。その一粒が、青く光って宙に浮かびました――川の水みたいな、透きとおった青です。お団子みたいに、まん丸に浮かびます。すうっとポン吉に近づいていって、そのとなりで、空に向かって伸びました。
エルフの王さまからは、海のような青い光。
ケルベロスの親子からは、ぶどうと同じむらさき色。
黄色い光は騎士団長のおじさんから。人間の王さまはオレンジで、ならず者からは野イチゴみたいにまっ赤な光。
7つの光が束になって、まっすぐ、まっすぐ――。
森の向こうへと曲がって、ぐうんと伸びていきます。
『ピコーーン』
どこかで音がします。
『虹の架け橋』
ポン吉は笑って手をふります。ぽろりと涙がこぼれました。ああ、おいしかったなあ、楽しかったなあ。みんなみんな、おんなじ気持ちになれるといいなあ。
「じゃあね、みんな。ごちそうさまでした」
ポン吉は、大きな大きな虹になりました。
+ + +
それからというもの、人間とエルフはケンカをやめて、仲よく暮らしました。
ならず者はいっしょうけんめい働きました。虹の橋を渡って、みんなの分まで、おいしいものを両手いっぱい買って帰ります。ケルベロスの親子は、もう暴れたりしません。虹の橋が壊れてしまわないように、親子仲よく見張っています。2人の王さまは、川のほとりに大きなテーブルを置いて、アンリのいれたミルクティーをいっしょに飲み干します。
騎士団長のおじさんは、ひげをなでて、空を見あげました。
「不思議なこともあるもんだ。なあ、ポン吉くん」
森のうえには、きらきらの虹が光っています。