7、大成功
お楽しみください。
「凜歌、早く!」
私と凜歌はカバンをロッカーに叩きつけるように置き、シャーペンを出す。白紙も出す。
私はおかしいくらい汚い字で、家庭部、色紙、段ボールと書く。
「行こ」
「うん」
凜歌は私が書き終わると、強引に手を引っ張る。私は昨日と同じように、バタバタ足音を立てながら引っ張られていく。
「失礼します。近宮羅音と」
「大正字凜歌です」
「岡先生にある許可を取りに来ました」
「はーい」
岡先生は私たちの声が聞こえたのか、手を振ってくる。
岡先生は家庭科教師であり、家庭部の顧問だ。もちろん女性で、学校一優しいと男子たちは言っていたっけ。女子は声をそろえて多田先生と言うけれど。
職員室に足を踏み入れ、岡先生のもとまで行く。
「先生、私たちは学校祭で『お菓子の国』っていうのをやろうと考えているんです。それで、お菓子の販売を3Ⅾでやれないかなー、と」
私は首を傾けながら、目でお願い、と訴えかける。凜歌は何も言わない。
「良いでしょう。では多田先生に」
「待ってください! まだ正式に決まってなくて」
「そうなの? なら、絶対2Ⅾでは『お菓子の国』やってね。応援してます」
岡先生は温かい笑顔を浮かべると、ガッツポーズをしてくる。そりゃ、学校一優しいって言われるわ。
「頑張ります!」
「ありがとうございます」
二人で礼を言ってから退室する。
家庭部からの許可は得られた。後は色紙と段ボールだ。
「泉美先生はいなかったよね?」
「確かね」
もう退室してしまったので直接見て確認はできないが、たぶんいなかった。ひとまず、美術室にでも行ってみよう。
「泉美先生、いますか?」
美術準備室の扉を三回ノックする。返事は無く、やっぱり職員室か、と思ったその時、ガラガラと音をたてて扉が開く。泉美先生だ。
泉美先生は髪に白髪が混ざってるほど高齢な先生だ。髪は長く、いつも下を向いているので、顔はあまり見えない。全く怒鳴らず、授業でもぼそぼそと話す。噂では極度の人見知りなのだとか。笑ったこと、声を張ったことは見たことがない。
なら怒鳴らせてみよう、と思い立つ男子が良くいるが、からかいは全て無視。だが必ず泉美先生は体育科の明先生に報告し、男子はしこたま怒られる。
ちなみに体育科の明先生は鬼、と言われていて、男子は明先生の前では決してふざけない。
「何でしょうか」
ぼそぼそっと呟くように言われた。何とか耳を傾け聞き取れたくらいだ。
「あの、学校祭で色紙と段ボールを使いたいんですけど、良いですか?」
泉美先生は何も言わずに美術準備室へ戻っていく。怒らせてしまったのだろうか。
私は凜歌と顔を見合わせる。凜歌は首をかしげるばかりだ。顔を顰めて、自分が悪かった点を考えてみたが見当たらなかった。朝から話しかけたから? 否、そんなんで怒るのなら教師はやっていけないだろう。
一分ほど待っていると、摺り足で先生が戻ってくる。
「良いですよ。放課後いらしてください」
泉美先生はほんの少し、一ミリ程度頬を上げて笑った気がした。これって貴重?
「はい!」
「ありがとうございます」
これで完璧。結局はお泊まり会になってしまったけれど、朝だけで何とかなった。
「二人共、何してる!? 時間過ぎてる! こいっ」
明先生だ。何とかなっては無かったみたい。
それからは明先生にしこたま怒られるはずなのだが、怒られなかった。ただの注意で済んだっていうか。凜歌のおかげで。
凜歌の話術には驚いた。先生の癪に障らない程度にこちらの理由をしっかり説明し、わざとではないことを証明したのだ。明先生は凜歌の話を聞き終わると、うーん、と唸り、怯んだ様子だった。でもさすがに呼び出ししたのだから何か言わねば、とでも思ったのか、次からは注意しろ、とだけ言い、去っていった。
凜歌あっぱれである。これが男子に知られたら英雄と称えられることだろう。
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「気を付け、礼!」
一日経ってもハーモニーは変わらず、男子はだらしない。明先生を呼べばとてもきれいなハーモニーに早変わりするのだろうけれど。
「じゃあ、前回の続きで、一班の意見を言ってもらおう。どうぞ」
私は小さく深呼吸をすると、席を立ち、みんなの方を向く。大丈夫。そう心に言いきかせてから口を開いた。
「私たち一班は『お菓子の国』を提案します」
リアクションが気になってみんなの表情を見てみるが、普通だ。
「内容はこの2Ⅾでお菓子の販売を行うことです。そして、ハロウィンではありませんが、お菓子を配り歩きます。教室は段ボール、色紙を使って装飾し、みんなの服装もそれらしくします。岡先生からは許可はもらっています。泉美先生からは段ボールと色紙、貸してもらえます」
これで終わりだ。ひとまず席に着く。凜歌は私の手を握って、頑張りました、と言ってくれる。女神です。
みんなのリアクションというと、
「じゃあ、俺クッキー配る」
「楽しそうじゃない?」
「装飾一緒にやろー」
など。好評で良いんだろうか。少なくとも教室はざわついている。それも興奮で。
「どうだみんな。『お菓子の国』で良くないか? 二人は朝早く来て、許可を取ってたんだ。岡先生と泉美先生からな。賛成の人、拍手」
先生がそう言うと、男子は大いにに拍手してくれる。女子も多田先生がそう言うなら、とかじゃなくて、心から賛成して拍手してくれたと思う。男子はひゅーひゅー言っている。これぞ拍手喝采だ。
「じゃあ、始めっか。男子は泉美先生から色紙と段ボールを取ってこい。女子は家底部と一緒にお菓子や装飾について話し合おう。全員、動け」
「おあー!」
「ひゅーひゅー」
「きゃあー」
男子がうるさいけれどこれはこれで良い空気だと思う。みんなで作る「お菓子の国」。楽しみでたまらない。
私と凜歌は笑い合った。だってうれしい。計画通りだから。大成功なんです。
「最高ー」
喝采に紛れて、嬉しさのあまりそう叫んだ。
どうだったでしょうか。もう少しで(お菓子の国)に入ります。お楽しみに。
最後に。読んでくださった方に史上最大級の感謝を!