6、樹乃’エピソード
お楽しみください。
どうすれば良いだろう。この宇宙αに仁雄はいない。どうすれば仁雄を戻ってこさせられるだろう。静かな廊下を歩きながら必死に考える。生徒はいなく、おめでとう、などと話しかけてくる生徒はいない。まあ、今は話しかけられたところで返す気にはなれないだろう。
「まずは考察からだ」
本当に廊下に人は一人もいなかった。なので廊下に寝そべって考察をしよう。なに親友がいなくなったってのにのんきに考察だよ、と思うかもしれないが、やけくそにやってどうこうなる問題ではない。国に頼もうが仁雄は帰ってこないだろう。というか国に頼むより、僕が一人で考察をし、そして実験で確かめたほうが良いだろう。
「実、仁雄、穴、宇宙・・・・・・」
とりあえずキーワードを言ってみた。いつもはこれだけですぐ何か思いつくが、動揺しているせいですぐにでてこない。
この実、仁雄と引き換えに取ったようなものだ。絶対何かに使えるはずだ。
実の見た目は完全に紫色のマカロン。紫色と言っても絵具とかでできるような綺麗な色ではない。腐ったような紫色だ。匂いは最悪。臭い靴下にカスタードクリームとスパイスを加えたような、どこか甘く、どこか香ばしい匂い。カオスだ。
考察よりまず予想を立てよう。
宇宙αの食物を宇宙α以外にいる人が食べると、食べた人は宇宙αに行くのではないか。この予想を実験をして確かめよう。
例えるならば、宇宙βにいる人がこの宇宙αの食物を食べると、その人は宇宙αに来るのではないかということだ。その食べる人が元々宇宙αにいたとしてもだ。
僕は立ち上がった。手のひらが痛む。そういえば破片が刺さってたっけ。手のひらをハンカチで拭くと、手をポケットに突っ込む。もし誰かに見られたら大変だからだ。
「大村川先生、いますか?」
先生の部屋の扉をノックする。はーい、と返事する声が聞こえた。
「おお、樹乃教授。何でしょうか」
「あの、実験用マウスが一匹欲しくて」
「そうですか、まあ、どうぞ」
先生は扉を全開にすると、中に入るように言う。僕は軽く礼をしながら入る。解剖の途中だったのか、教卓には一匹のマウスとナイフがあった。
「はい、ここからとっていってください。ところで、仁雄くんに用事がありまして。教授の研究室に行かせてください」
まずい。ここではい、と了承するわけにはいかない。研究室は大荒れだし、仁雄はこの宇宙にいない。失敗がばれる。どうしよう。きょろきょろ先生の部屋を見回していると、解剖用のナイフが目に映り込む。その時僕はナイフに手を伸ばしていた。
「ううっ!」
「すいません」
先生の心臓をナイフが貫通する。先生の口からはどす黒い血が溢れてくる。何か話しているのだろうが、口に血が溜まっているせいか、うがいをしているようにしか見えない。自分の腹部が生温かい。先生の血が染みてきていた。それはそうだ。先生はもう死んでしまい、僕にもたれかかっているのだから。
「気持ち悪い。うえっ」
嗚咽する。そして吐瀉物が口から勢いよく出てくる。床は血と吐瀉物で汚いどころではなかった。
心臓のあたりを両手で強く握る。苦しい。生き苦しい。人殺しまで犯してしまったか、僕は。だがなぜか悔いは無く、晴れ晴れとしていた。これで誰にも邪魔されず仁雄を取り戻せる、と。
#
その後、適当に血と吐瀉物は拭き取り、先生の部屋で僕は実験をしていた。扉はしっかりと閉めた。
マウスに実をちぎって食べさせたところ、マウスほどの穴ができ、マウスは落ちて行った。しかもあの花畑へ。これで予想は事実へと変わった。
僕は良いことを考えた。
学校祭まで何とか身を隠し、当日匂いを変えたこの実を二つ、食べるようにと凜歌に渡す。そして凜歌は実を食べ、花畑へと行く。実には銀紙を入れておいている。たぶん花畑に着いた頃に口から出し、メッセージを見ることだろう。
メッセージはこうだ。「その宇宙で仁雄という友達探しをしろ。見つけたらオレンジ色のマカロンを三人で食べて戻ってこい。余裕があったら遊んできても良いが、その代わり、しっかり戻ってこい」。
このメッセージを見た凜歌はきっとやり遂げてくれるだろう。
実はマウスに二つ使ってしまったのでもう二つしかない。だが凜歌にはマカロンを三つ以上渡さなければいけない。なぜなら、この宇宙のものが無いと、戻ってこれないからだ。
なので青紫色マカロン二つにオレンジ色マカロン一つを渡す。ちなみにオレンジ色マカロンはカボチャ味で、凜歌の好物だ。
だから、僕は学校祭まで身を隠し、凜歌に実を渡したら死ぬ。
死ぬ以外進む道が思いつかなかった。きっと罪悪感をもってこれから暮らしていくのが怖いだけなのだろう。でも仕方がない。死んでも良いでしょう? こんな僕・・・・・・。
#
学校祭当日。何とか一か月隠れ続けた。今は河岸高の校門前。学校祭はとてもにぎわっているように思えた。
手には実の入った紙袋。
校門前でネクタイを締めなおす。スーツに付いたほこりを払う。スーツは何とかきれいにした。
凜歌のクラス、3Ⅾへ行く。
「お菓子の国」というものが行われていた。お菓子を販売しているようだ。
「やあ、凜歌。久しぶり」
「お兄様!?」
凜歌は目と口を開いて驚いている。僕を知っている人がいるかもしれない。なので早くことを済ませたい。ゆっくり会話している暇など無いのだ。一刻も早く仁雄を救うためにも。
「これ、色は怪しいけど、すごくおいしいマカロンだ。学校祭でも終わったら食べて」
「ありがとうございます」
凜歌はゆっくり受け取った。
「凜歌、仕事!」
たしか羅音さん、が凜歌を呼ぶ。僕が話しかけたせいで仕事を放ったらかしにしてしまったようだ。
「今行くー! それでは」
「ああ。頼んだぞ・・・・・・!」
「何か言いました?」
「頑張れって」
僕は適当に誤魔化した。僕がニッコリ笑ってやると、凜歌は女神のような笑みを浮かべた。最後にあんな凜歌の顔を見れて良かった。
もう僕は、死ぬだけだ。
#
ここは地下室。僕が高校生の頃発見した場所だ。あるマンションの一階にあり、建設当時は無かったらしい。調べるとそうだった。誰かが作ったらしい。
広さは畳二枚分程度。高さは三メートルほどで、頭と天井が結構近い。
天井にはプラプラと豆電球が下がっていて、ほんわりと地下室を照らしている。豆電球の横には見るからに丈夫そうな縄。もちろん死ぬための道具。
まだ凜歌のあの笑顔が忘れられない。死にたくない。ちょっとそういう気持ちもあるけれど、死ななくてはいけないと思う。
友達を違う宇宙に落として、殺人まで犯してしまった。生きている価値なんて無い。生きているだけで家族に迷惑がかかる。死んだら余計かかる、かもしれないが、もう生き苦しいから死なせてほしい。
「仁雄、ごめんな。もうちょっとで妹が行くよ」
縄を首へと近づける。
彼は一瞬うっ、と声を漏らしたのを最後に息を引き取った。
どうだったでしょうか。樹乃が死んでしまいました。生き苦しかったようです。逃げた、とも捉えられるかもしれませんが、彼なりの結論です。
さて、これからは明るいお話になっていきます。ご期待ください。
最後に。読んでくださった方に史上最大級の感謝を!