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5、樹乃’sエピソード

お楽しみください。

 「フラスコはある? 試験管は?」

 「あるー。まずは固粉を試験管Aに入れて、ⅭW溶液を試験管Bに入れる、と。こっちは良いぞー」

 七菜紗の問いに仁雄がだらしなーく答える。

 これから僕たち樹乃組は宇宙を開く実験をしようと思う。念願のだ。この実験をしようとどれだけの時間勉強し、想像を膨らませたことか。ワクワクし過ぎで足踏みしてしまう。今七菜紗に足をけられたので止めるが。

 実験手順はこうだ。固粉が入った試験管Aに、ⅭW溶液を入れ、結果を見る。

 ここでまず固粉とⅭW溶液について説明しよう。

 固粉は仁雄が前言っていたのを引用すると、白い鼻くそのようなもの、である。あまり使っている人を聞いたり見たりはしないので、そこまですごいものだと思っていないのだろう。でも僕にとってはすごいものだ。

 ⅭW溶液は透明な液体だ。無臭でこれと言って特徴は無いと思うかもだが、これもまたすごい。

 何がすごいか。今から分かる。

 「よし。佳那、二琴、段ボールは貼れた?」

 「「うん」」

 二人には窓ガラスや扉などに段ボールを貼ってもらっている。何で? と思うかもしれないが、この実験をするならば当然だろう。段ボールを貼らないとどうなることか。

 「じゃあ、入れよう。仁雄以外は離れて」

 僕はみんなに呼びかける。声は低く、そして小さくなっている。緊張している証拠だろう。

 「入れるぞ。はいっ、入れた!」

 仁雄は試験管AにⅭW溶液を入れると、用具立てに試験管Aを置く。そして仁雄は全力で離れる。

 固粉が炭酸のようにシュワシュワ溶けだす。すると、ⅭW溶液はオレンジ色になる。

 「あれ? 電灯がチカチカしてる」

 佳那が電灯の異変に気付く。そうこれで良い。このまま電灯が割れたり、バシッ、とかいって火花を散らせばよいのだ。決してものすごく僕が悪い奴なわけではない。

 「そろそろか? みんな、一番後ろへ」

 全員研究室の一番後ろに集まる。これから目にするものは決して夢ではない。

 「くる!」

 僕が興奮のあまり叫ぶと、待っていた実験結果がでる。

 試験官Aが割れ、未だシュワシュワいっている固粉とⅭW溶液が実験台から滴り落ちる。そして、九本ある電灯のうち、一本が割れる。しかも火花を散らしながら。これはもう、最高である。

 「きゃあー」

 女子の誰かが叫んだのだろうと思ったが、仁雄の声であった。男子が女子よりビビッてどうするのだか。

 これが固粉とⅭW溶液のすごさだ。この二つを混ぜると、電気を使うものに影響が及び、壊れたりする。また、電波の状況が悪くなる。僕はこれを時空の歪み、と考えた。この歪みをもっと強力にすれば宇宙は開けるのではないか。今の実験は宇宙こそ開かなかったものの、相当時空が歪んでいたと考えられる。段ボールの貼っている理由はもう少しで分かる。

 「みんな、見たかい? これがおそらく時空の歪みだ。今は固粉1のⅭW溶液10だったから、百倍にしよう。その分相当歪むから心構えを」

 「すげーな。これが時空の歪みか。百倍にしたら研究室壊れそう。それと、電灯。どうする?」

 「そのままで良いよ。面倒臭いし、端っこの割れたし」

 適当女七菜紗の登場である。まあ、今回は結果が早く知りたいので片づけは後だ。ともかく実験がしたい。

 「ダンボールは必須だね。じゃないとガラスバンバンだよ」

 二琴があまり意味の分からないことを言ってくるが、たぶんガラスが割れた様をバンバンと表現したのだろう。それとも特別な用語か何かだろうか。

 「バンバンって?」

 鈍い女佳那が問うてくる。その顔は歪んでいて、必死に自分で考えているようだった。まあ、答えが出るのは千年後とかだろうが。

 「ガラスが割れる様を言ったんじゃないかな」

 僕が返答する。毎回誰かが返答するのが当たり前になっている。答えなくても別に何も起こらないが、かわいそうなので。そして会話が噛み合わなくなるので。

 「準備完了だ。いくぞー」

 「「「「待って!」」」」

 「分かってるよ」

 仁雄がまだ準備ができていないのにいくぞー、とか言うので思わず大声で止めてしまった。はっ、とさせてくれるのは相変わらずだ。らしいと言えばそうだが、正直迷惑である。

 「一番後ろまで下がろう。良いぞ、仁雄」

 仁雄は試験管を新しいものに変え、足をガタガタさせながら合図を待っていた。

 「いくぜー。はいっ、入れたあー!」

 仁雄は入れた瞬間に何か起こったのかチーターレベルの速さで走ってくる。何があったのだろう。

 「ボコボコいってる。ほらっ、試験管が割れるのが早い。破片の飛び散り方も激しい。増やし過ぎたんじゃ?」

 「大丈夫だ。伏せよう。破片が危険だ。結果は顔を出してからのお楽しみだ」

 みんな結果が楽しみなのかニッコリと頬を上げて笑っている。どうか実験が失敗して、絶望の表情にならないように願う。

 伏せてからはバシャガシャ、ボガガシャものすごい音が研究室に響いた。

 「音が止んだね。近づいてみよう」

 なぜかみんな忍び足で近づいていくので、僕も合わせる。

 「宇宙は開いてない? でもすごい有様だね」

 仁雄の言う通りだ。段ボールは所々剥げ、試験管や用具立ては跡形もない。電灯は全て割れていて、破片だらけだった。幸い窓ガラスは割れていない。段ボールを張っている理由は窓ガラスが割れるのを防ぐためだ。弁償しなければならないからだ。

 「大迫力だったね」

 「うん」

 「この目で見たかったなー」

 警戒心がゆるゆるになっていたその時、謎の衝撃が僕たちを襲った。

 全員吹き飛ばされる。僕は実験台に背中を叩きつけられ、破片が尻に刺さる。あまりにも痛かったので両手を着いて立ち上がろうと思ったが、その両手にも破片が刺さる。全身が痛い。

 「きゃあっ!」

 「うおっ」

 「まじ!?」

 「んー!」

 研究室の各地で悲鳴などが聞こえる。急すぎて何が何だか全然分からない。今は佳那以外も理解できていない。

 すると、僕の視界にものすごいが移る現象が起こる。

 実験台と机の間。つまり僕の目の前に二メートルほどの穴ができる。穴からはそよ風が吹いているような音が聞こえる。小鳥がさえずる音も。

 「みんな、宇宙が開いた!」

 「「「「え!?」」」」

 僕は痛みなどどうでもよくなってしまい、両手を使って立ち上がる。興奮し過ぎなせいか痛みは感じなくなっていた。みんなも同じなのか破片など気にせず走ってくる。

 「早く!」

 思わず声を荒げる。更に速度を上げるみんな。仁雄は到着すると、

 「これはどんな宇宙なんだ?」

 と首をかしげる。僕は穴を覗こうとする仁雄を手でどかすと、穴に頭を入れ、中を見た。

 穴は一メートルほどの深さがあり、空洞になっていた。この穴に落ちると別の宇宙に着地するのだろう。

 穴の左半分は立派な木の葉しか見えない。右半分は花畑なのだろう。僕は気になり、腹辺りまで身を乗り出す。仁雄は僕の足首をしっかりつかんでくれていた。

 そこは予想していた通り花畑だった。頭を動かし過ぎると葉が目隠しをしてくるので全部は見えないが、どんな様子なのかは確認できる。

 そよ風が心地よく吹いていて、それにより花々が揺れていた。その動きに乱れはなく、すべての花が同じ動きをしていた。うまく比喩するならば、花たちが歌ってる、だろうか。そして太陽なのか、何かが花々を照らしていた。花々の足元には草が生い茂っていた。夢で見るような花畑である。これに小鳥のさえずりでもあれば完璧だ。

 僕はあるものを発見した。木にマカロンのような実ができているのだ。これは持ち帰らないわけにはいかない。そう確信し、必死に手を伸ばす。だが全く届きそうにない。

 「もっと下げて」

 仁雄にお願いすると、少しずつ体が下がっていく。遂に膝辺りまで乗り出した。足首は五人全員に掴まれていて、落ちる心配は無さそうである。

 「みんな、頼むよ」

 「まかせろ」

 「うん」

 「良いよ」

 「え? 何を頼んだの?」

 返事の仕方で誰が誰だか分かってしまう。こんな時でも佳那の鈍さは健全なようだ。

 「みんな、左半分の木に、実がなってるのが分かる?」

 僕は見やすくするために身をよじり、右半分に寄る。血が上ってきて気持ち悪いがせっかく宇宙が開いたのだ。気持ち悪いごときで放棄できるようなことではない。みんなは僕をしっかりつかむのを頑張り、僕は実を採って成果を出す。樹乃組の意地と絆が試されるだろう。

 「見えたぞ」

 「見えるね」

 「マカロンみてぇー」

 「木? 実? ああ」

 ちょっと心配な人が一人いたがまあ良いだろう。いちいち説明している暇はない。宇宙が閉じてしまうかもしれないからだ。

 「その実を採りたい。だからもっと下げてくれ」

 「もっと!?」

 仁雄の驚き方からかなり難しいことだと分かる。だが成果を出したい。パラレルワールドの存在を知ってほしい。

 「頼む! 靴は脱がしても、良い。だ、から」

 仁雄は返事をしなかったが、分かってくれたのか少し下げてくれた。

 「と、どくぞー」

 逆さなのでとても話しにくい。どうしても言葉が途切れてしまう。

 腕を最高に伸ばして、指先を必死に動かす。そして今、実に触れた。四つの実を採れた。

 「上げて」

 必死に僕を上げる声が聞こえる。良くやってくれた、と笑顔になりながら実をまず研究室の床に置いてしまう。手を伸ばすと置けた。ちなみにまだ逆さだ。

 腹辺りまで上げられると、仁雄が腹を抱え込んで僕を上げる。とここで。思いもしなかったことが起こる。

 仁雄が腹を抱え込むために身を乗り出し過ぎたのか穴へと落ちて行ったのだ。

 手でもつかんで二人一気に上げてもらおうと思ったが、上げるのは女子三人。さすがに無理がある。だが何とか手を伸ばすと、仁雄を掴め、別の宇宙への着地は免れた。

 ところがここでもう二つ問題が起こる。まず一つ目に、やはり女子三人で僕と仁雄を上げるのは無理、ということだ。

 二つ目は、ここにきて宇宙が閉じ始めたということだ。いくら何でもタイミングが悪すぎる。

 「無理だ、樹乃! 今までありがとう。もし良かったら探しに来てくれ、俺を、さ」

 仁雄は僕の手を無理やり離すと、花畑へと落ちて行った。

 「三二ー! 樹乃を引っ張れー!」

 それが仁雄の最後の言葉だった。女子三人は仁雄が落ちたことを知らないので必死に僕を上げる。

 「止めろ、上げるな!」

 「せーのっ!」

 結局僕の体は研究室まで上がってしまった。再び身を乗り出そうとしたときには、もう宇宙は閉じていた。

 「あれ? 仁雄は!?」

 佳那が悲鳴混じりで驚きの声をあげる。気付くのが、遅いよ・・・・・・。

 「は!?」

 「え!?」

 「なんでだよ、樹乃!」

 二琴が僕の体を揺さぶる。僕は何も言えなかった。だってこれは僕のせいだから。僕が無理言ってもっと下げてもらったのが悪いのだ。成果成果成果・・・・・・。僕は、馬鹿かっ!? 成果なんかより仲間だろーが! 結局は研究の結果しか気にしてなかったのか、樹乃組リーダーの僕は。情けない。取り返しがつかないほど情けない。樹乃組のみんなに合わせる顔がない。否、まず彼らを樹乃組と呼ぶ時点でだめかもしれない。

 「あと、一か月は、黙っといてくれ」

 僕はそう呟くように言うと、実をポケットに入れ、研究室の扉に貼ってある段ボールを雑に剥がして外へ出た。


どうだったでしょうか。これで5、になります。次は6、樹乃’sエピソード(現実世界・エピローグ)です。

7、か8、から(お菓子の国)へと入っていく予定です。樹乃はどうするつもりなのでしょうか。ご期待ください。

最後に。読んでくださった方に史上最大級の感謝を!

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