4、樹乃’sエピソード
樹乃のパラレルワールド理論、ⅭW溶液、固粉は完全にキラオっちの想像です。誰の考えも参考にしてはいません。また、αやβ、γなどはどれがどの宇宙だか分かるようにするためだけに書いているだけです。特別な意味はございません。これらをご了承ください。
車を出す。僕が運転するこの車は結構高い。誕生日プレゼントで買ってもらった。免許など簡単に取ってしまった。テストは実に簡単だった。
今日は新教授発表の日だ。緊張はしているが、興奮のほうが上だ。絶対に自分が教授になれると確信している。僕の他は良い歳したおじさんだ。僕のパラレルワールドの話を聞きもせず、ただ馬鹿にする。嫉妬しているとしか思えない。そして同時に若者が私たちを上回っている、と焦っている。
「ふっ」
思わず笑ってしまった。僕は今日そのおじさん二人に尻もちでもつかせる。
僕は教授になりたい。理由として一番強力なのは「ある薬」の使用許可が下りるからだ。ある薬を使えばパラレルワールドは開ける。
パラレルワールド。この僕が軽く説明しよう。
この僕がいるのが宇宙αだと仮定しよう。そうすると僕の考えではもう一人の僕が宇宙βのにいることになる。また、宇宙γなどもっとたくさんの宇宙があるとも考えられる。つまり、宇宙の種類だけ僕がいる。宇宙が三つあれば僕は三人いる。普通に暮らしていればこの僕と、違う宇宙の僕は出会わない。そしてお互いに宇宙がどうなっているかは分からない。自分がいる宇宙についてしか知らない。
ちなみに違う宇宙同士は隣接していて、まさに平行状態。どちらかの宇宙が開けばもう片方の宇宙も自動的に開くと考えている。
この僕はある薬を使って宇宙を開き、違う自分に会ってみたいのだ。会ったらどうなるかは分からない。何も起こらないかもしれないし、どちらかが吸収されてしまうかもしれない。
ざっとこんな感じだろうか。もう僕は後々理解が深まってくれることを期待するしかない。
大学が見えてきた。今日で生徒として入るのは最後。明日からは教授として入る。駐車場も変わる。校舎に入る場所も変わる。呼ばれ方も変わる。することが変わる。たくさんのことが変わる。
車を止めると、いつも通り校門を通り過ぎ、校舎へと入る。
廊下の壁には「本日新教授発表! いったい誰の手に!?」とチラシが貼ってあった。もちろん僕の手にだ。おじさん二人には重すぎるでしょ?
「樹乃、応援してるぞ」
「樹乃先輩ー。ファイト」
たくさんの人が僕を応援してくれている。これはもちろん嬉しいし、光栄なことだ。教授になれたら更に光栄だ。僕は笑顔で応援に返す。
大きな扉。僕は講堂の入り口前に立っている。緊張が込み上げてくる。でも今は表に出してはいけない。教授になる身として恥ずかしくない様子でなければ。堂々と。
大きな講堂の扉を開ける。僕の目にはたくさんの人、たくさんの応援メッセージ、たくさんの熱気が飛び込んできた。
「樹乃候補入場! ヒーローは遅れてやってくるとはこのことか!?」
司会役がうるさい。応援もうるさい。緊張している僕には呼吸の音すらうるさく感じられた。でもこの応援がなければ僕は今こうして堂々と笑顔で講堂に入れなかったと思う。
階段を下りると、講演台にある椅子へゆっくり座る。隣にはおじさん二人。ゲラゲラ話をしている。
改めて客席を見てみるが、泣きそうになった。応援メッセージが心に響いたのだ。「お前は一人じゃない。研究をしてきたやつらがいる。新たに支持者となったやつらもいる」。なんてことを言ってくれるのだろう。こんなにもたくさんの人がいる前で泣かせないでほしい。困ったものだ。
「それでは、これから新教授発表会を挙行します。それではまず、現教授である河田先生にお話をお願いいたします」
河田先生のお話が終わると、生徒たちがざわめき始める。たぶん次が新教授発表だからだろう。僕の心だってざわめいている。鼓動が早くなって息も荒くなって。手は汗でびしょびしょで。でも堂々としていなければ。倒れてもいい。この会の後の後ならば。
「それでは! 皆さんワクワクドキドキの新教授発表です! 発表者は大村川先生です」
大村川先生が僕たち三人の前に立つ。僕は立つ。座って聞くのもなんか変だし、黙って座っていられなかったのもある。僕を見て、ゆっくりおじさん二人が立ち上がる。
「それでは、新教授、発表します」
おお!? 良くあるやつだ。なぜだかこの期待の声が上がると空気が締まる。
心臓がうるさい。ドクドク。どんどんテンポが速くなっていく。息が苦しい。早く発表してほしい。
「新、教授は」
息を無意識に止めてしまった。講堂は何一つ音がしない。静か。そんな中やっぱり自分の心臓の鼓動だけが響く。でもよく気が付いたら、僕には歓声しか聞こえなかった。
「大正字樹乃!」
僕の名前だ。遂に僕が教授になった!!
もちろん喜びが込み上げてきたけれど、それよりも先に涙が体の外へと出てきた。ハンカチで目元を抑える。泣いてるところなんて到底みんなには見せられない。
「凜歌、もうちょっとで楽しいことがくるよ」
小声で言う。ある薬の使用許可が下りるんだ。これで、この僕がいる宇宙αが開ける。
「それでは、新教授の樹乃教授に感想をいただきます」
大村川先生はマイクを渡してくれる。僕は必死に涙を拭いながら受け取った。
「この度は新教授に選んでいただいて誠にありがとうございます」
「おめでとー!」
観客席からとんでもない声量でお祝いメッセージが飛んでくる。嬉しいがまた泣きそうになるので止めてほしい。ばれたらどうしよう。
「泣くなよー!」
一つ、聞き慣れた声が飛んでくる。この声は仁雄だろう。仁雄は大学入学当初から僕の研究にずっとついてきてくれる、いわば相棒だ。泣くなよとか余計なことを言ったのでこっちも。
「今声を出してくれたのは仁雄君です。彼は僕の研究にずっとついてきてくれた相棒です。感謝しています。彼がいなければ今の僕はいません。何度励まされたことか。皆さん、仁雄君に拍手を」
拍手が沸き起こる。ここからは見えないけれど、きっと仁雄は照れていることだろう。
「僕はこれからパラレルワールドの研究を進めるつもりです。教授になり、一段階成長したので、しっかり成果を出したいです。そのためには皆さんの協力が必要です。教授になると研究室が持てるとのことだったので、ぜひ、ご協力お願いします」
今度は僕に対する拍手が沸き起こる。
さあ、この会が終わったら早速研究だ。ある薬を使って宇宙が開けるか実験しよう。
「これにて新教授発表会を終わります。樹乃教授の活躍、期待しましょう」
会が終わった。疲れのあまり体が重いので、椅子に座る。すると階段をバタバタ音を立てて降りてくる者が目に映る。彼らのおかげで今の自分がある。本当に感謝しなければならない。
「樹乃ー、やったじゃないか! 研究室の準備はしてある。早速、あの薬でも使うか?」
「ああ。その前に。みんなに感謝したい。今まで十分お世話になったし、これからもお世話になると思う。だから、これからもよろしくお願いします」
頭を下げた。今はもう教授だから頭は下げない、とかそんな変なプライドは無い。いくら偉い人でも感謝、謝罪をするときくらいは頭を下げなければ。
「何だよ急に。樹乃教授、これからもよろしく」
僕と仁雄はがっしりと握手を交わした。僕の手は汗で濡れていたが、仁雄もそうだった。一緒に緊張しててくれたのかと思うと感謝の言葉が止まらない。本当に相棒だ。
「じゃあ、早速研究室に行こうか。あっと、その前にだ。佳那、みんなを研究室へ。最初にまず、パラレルワールドの話をするから、ノートと筆記用具」
「分かりました。樹乃教授」
佳那も仁雄と同じように当初からついてきてくれた人の一人。他にも三人いて、計五人いる。僕たち五人は樹乃組と呼ばれている。宇宙を開く実験だが、詳細についてはこの五人にしか教えないつもりだ。安全性などが確認できれば話は変わるが、現段階では五人だけ。ちなみに他三人の名前は耕矢、七菜紗、二琴だ。
「仁雄、ある薬、取りに行こう」
「分かった」
薬物室。名の通り、薬物が保管してある場所だ。危険な薬物もあるので、常に警官一人はいる。
「樹乃です。今日から教授になりました。入らせてください」
「毎回何か身分を証明できるものを見せてもらっています。何かありますか?」
「無い、ですね。教授専用の名札をもらってなかった」
仁雄は困ったなあー、と首を傾げた。その時、講堂のほうから僕を呼ぶ声が聞こえる。大村川先生だ。
「樹乃教授、名札忘れてます」
少し息を切らせながらも渡してくれる。申し訳ないことをした。
「ありがとうございます。大村川先生、僕のこと教授だなんて呼ばなくていいですよ。先生のほうがすごいんですから」
「教授になった以上、これからは樹乃教授です。慣れていきましょう」
「そうですか・・・・・・。ではまた」
「はい」
僕は大村川先生が廊下を歩いていくのを確認すると、警官に名札を見せる。
「はい、樹乃教授。お入りください」
お入りくださいと言われたが、扉が開かない。壊れてしまったのだろうか。
「あの、開かないんですが」
「失礼しました。名札の裏にコードがありますのでそれをこちらにかざしてください」
警官は名札を持って説明してくれた。優しくて良い人だ。たぶんこの仕事は交代性だろうから、変な人に当たったら嫌だな。まあ、そんな人はいないと信じたい。
警官は説明が終わると、一歩大きくこちらに踏み出して、コードをかざす機械を指差してくれる。その機械はまさに映画で見るようなもので、近未来感満載だった。少し興奮してしまう。決して表には出さないが。
「これで良いですかね。あ、開きましたね。丁寧なご対応感謝します」
警官に礼を述べると、両手をパー状態で振ってとんでもない、といったリアクションをする。本当に優しい方だ。毎日この方が良いな。
「わお、何か臭い」
仁雄が薬物室に入ってそんなことを言う。確かに臭いが、千種類以上も薬物があるのだから仕方のないことだ。一つくらい腐っているものもあるのではないだろうか。あったら大変だが。
「おい仁雄、入って良かったのか?」
「教授と一緒なら大丈夫だよ」
安堵のため息が出た。もし仁雄のような生徒が入っていけないのなら大変だった。早速教授という身分を取り上げます、とか勘弁だ。もしそうなったらどれだけ仁雄を恨むことか。いくら恨んでも恨みきれないだろう。
仁雄ははっ、とさせることをよくする。急にレポート用紙を切ってみたり。まあ、殆どが僕の思い込みだったが。レポート用紙も実はただの要らない紙で、その時はたくさん笑われたものだ。良い思い出と言えばそうだが、僕的には悪い思い出ともいえる。
「ⅭW溶液だっけ? 電気何だかの」
「ああ。電気系だからこっちかな」
僕たちは図書館で本を探すかのように、たくさんの薬物が乗った棚を見て回った。途中腐ってんじゃねーか? と思うものもあったがそういう見た目の薬物だ、と信じて足早に去った。
「あった! ⅭW溶液。量はそこそこだね。全部使って良いらしいよ」
「そうなのか? それなら存分に使ってやろう」
「後は固粉だな」
「粉なんだけど粒が大きくて鼻くそみたいなやつでしょ?」
少し吹いてしまったが、ここは教授としてしっかり注意してやろう。
「汚いぞ」
「吹いてたくせに」
「それは・・・・・・」
言葉に詰まっていると、丁度良く固粉が見つかる。
「あったぞ、固粉。さっ、帰ろう」
「話変えんなよ」
突っ込みが飛んできたが普通に無視する。こういうのは昔から苦手だ。だから毎回仁雄から突っ込みが飛んできても無視している。無視されても仁雄は気にしない。無視されるのが分かっているのだ。だったらつっこみするなよ、という話だが、そこら辺は仁雄の性格なので仕方ない。
扉は帰りは自動らしく、タイミング良く開いてくれた。
「おお、みんな」
「さあ、研究でもしますか」
扉を出ると、横には三人、樹乃組が立っていた。
仁雄よりもっと明るくてやんちゃなのが耕矢。コウヤはバスケットボールをやっていって、地方選抜選手になるほど。だが勉強もしっかりでき、文武両道ができていると言える。
七菜紗は適当な女だ。部屋の片づけはしようともせず、ごみ屋敷状態。興味のあることしかせず、自由気ままに生きていると言える。勉強や研究は興味があるらしく、休日は一日中勉強だとか。本人が言うに、勉強以外興味のあるものが部屋に無いとか。なので頼み事は絶対にしない。したところで断られるか、放っておかれるかだ。
二琴はともかくチャラく、身長が小さい。短い髪は金髪に染まっていて、首にはアクセサリー、手首には数珠のようなもの。一時期ピアスまで着けていたらしく、耳たぶにはピアスの跡がある。だがさすがに先生に睨まれたのをきっかけに外したらしい。
日中はほとんど勉強せず、テスト前日でも普通にゲームセンターへ行く。なのに成績はピカイチ。学力面では謎が多い。カンニングではないだろうが。
「ああ。樹乃組勢揃いではないか。まずは研究室に行って、計画を再確認だな。そこに佳那もいるだろう」
佳那はともかく優しくて、笑顔が素敵だ。かなり男子にモテ、バレンタインはチョコの数がおかしい。毎年食べて、と渡される。樹乃組の毎年恒例行事となっている。
だがかなり鈍く、結構面倒臭い。
樹乃組はまさに十人十色だ、と言われる。それぞれに色があって、それぞれカバーし合ってる。僕もそう思う。そしてそんな人たちをまとめる役を担っていることを光栄に思う。
樹乃研究室。新しく塗装された扉は真っ白で傷一つなく、新鮮さが溢れている。中だってそう。新しい机、新しい実験器具、新しい空気。昔から変わらないのは樹乃組だけ。でも実際は樹乃組だって新しい。今までは自称で非公式だったが、これからは公式となる。樹乃教授の研究チームだから樹乃組。
「樹乃、帰ってもらった。協力者。研究をするのは樹乃組だけで良くない?」
佳那が研究室の明かりをつけながら問うてくる。
「そう、かもな。どうせ来てもらっても深く教えられないし」
他三人も同じ意見なようだ。まあ、どうしても僕のパラレルワールド理論を聞きたい人がいるのなら、講演ででも話せばよい。
「それにしても準備早くないか?」
実験器具はすべて棚に並べられていて、机にはチョークと黒板消し。机と言っても小さいサイズのものではなく、理科室での教卓を想像してもらうと良いと思う。
「頑張ったの、私」
「ありがとう七菜紗。せっかくだし、早速実験しちゃおうか」
「「「「良いね」」」」
四人の声が重なった。みんなで笑う。この時思った。楽しいと。この五人で研究をしていって、高みを目指したいって。実験を成功させたいって。最終目標まで到達したいって。素直に思った。
「よし、いつもの」
僕は制服の袖をめくると、手をパーにしてひらを床に向ける。するとみんなは何をするのか理解し、僕と同じように手をパーにし、ひらを床に向け、手を重ねる。実験前に毎回行う儀式だ。
「よしいくぞ・・・・・・。実験成功願って頑張るぞ」
「「「「「うおー!」」」」」
良し。気合がやる気がみなぎってくる。
ところで毎回思うのだが、鈍い佳那、この儀式のときは必ず何も説明せずとも参加する。あの佳那が、だ。この答えを導くのは宇宙を開くより難しそうだ。
どうだったでしょうか。これからも物語はどんどん加速していきます。樹乃’sエピソードは羅音と凜歌にも関係してくるので、じっくりとお楽しみください。
最後に。読んでくださった方に史上最大級のの感謝を。