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2、大事な話し合い

一つのお話が原稿用紙40~50枚分くらいに達するので投稿はどうしても遅くなってしまいます。申し訳ありません。

もし、早くお菓子の国での生活っぷりが読みたい、という方がいたら、あと何ヶ月か待ってもらい、(お菓子の国)と書かれた部分からお楽しみください。

一刻でも早く皆様にお菓子の国での生活っぷりをお届けするため頑張ります。

 五時限目の数学が終わり、六時間目の学活の準備をする。準備、と言っても使うかどうかも分からない筆箱を机の上に置いておくだけだけれど。

 「四人グループを作っておきましょう」

 代表委員が叫ぶ。男子のせいで聞こえないと思ったのかもしれない。

 机の向きを変える。これで四人グループの完成。私の正面には二人の男子。隣には大親友、大正字凜歌が座っている。凜歌はボンボン。お金持ち。自分がみじめに思えてくるくらいの。父親は社長。母親は外科医。恵まれ過ぎと思いませんか? よく一緒にいるけれども、恥ずかしくなる時がある。こんな私が一緒にいていい人なのかな、とか思ってしまう。

 普通凜歌みたいなお嬢様は女子からの信頼があって、男子からモテモテ、なのだと思う。でも凜歌はちょっと違う。女子からの信頼はあるけれど、男子からは評判が良くない。決して顔が・・・・・・、とかそういう問題じゃないんです。凜歌は男性が嫌いなのだ。話しかけられたら無視か睨むかの二択。どうしてそんなにも男子が嫌いなのかは分からない。小学校一年から付き合っている私でさえもだ。凜歌が唯一大親友と言っている私が、そんなことも知らないで本当に大親友なのかな、と思った時期もあったけれど、結局私からは一度も聞けていない。

 凜歌はかわいい。これは絶対言える。フサフサなショートヘア―につん、と高い鼻。肌は常に潤っているように見え、ニキビや傷跡なんて一つもない。最近テレビでチヤホヤされている女優よりかわいいと思う。(あくまで個人的な感想です)

 凜歌は男性が嫌い。この紛れもない事実は三年生なら誰でも知っていると思う。でもかわいいから凜歌にダメもとで話しかける男子は後を絶たない。凜歌は「うっとうしい」と冷たい声で言っていた。

 そんな凜歌に対して私は、お父さんが会社員でお母さんは専業主婦。お父さんが働いている会社は凜歌のお父さんの会社。だから絶対私は凜歌を裏切ってはいけないと思う。常に感謝の意を持たなければ。

 特に男性嫌い、とかかわいい、とか特徴があるわけでもなく、普通の女子高生なんです。私は。なんかまた自分ががみじめに思えてきたので自分紹介は終わろう。

 「気を付け。礼!」

 お願いします、の声が重なる。女子のはっきりとした澄んでいる声と男子のだらしない声。毎回このハーモニー。一度も変わったことなんて無いと思う。

 「さて、今日は学校祭で何をやるかについて話し合います。グループで五分、話し合ってください」

 女子から絶大な人気を誇る多田先生が話し終わる。先生は体育の先生で、体操で国体優勝経験があるとか。今日もジャージの袖をめくっている。腕は血管がはっきり見えて素敵。程よく日焼けした肌はイケメン感を演出している。女子の人気の的は確実に多田先生。私も多田先生はかっこいいと思う。凜歌は「樹乃のほうがかっこいいし」とドヤ顔で言ってきたけれど。

樹乃 、というのは凜歌のお兄さん。まだ二十三歳なのに「教授の片腕」と言われるほど成績優秀で性格も抜群。もちろんイケメン。

 凜歌は正直「ブラコン」なんです。ブラザーコンプレックスの略だっけ? でも凜歌はブラコンと言われるのが嫌なみたいで、「ブラコンじゃなくてお兄さん好きって言ってよ」と怒られたことがある。それ以来ブラコンとは言わないようにしている。

 いろいろ説明しているともう二分経っているみたい。凜歌は私の名前をずっと呼んでくれていたらしい。ピクリとも反応できていなかったけれど。

 「羅音、羅音? ぼーっとしてないで話し合い、でしょ?」

 「へ!? あっ、ごめん。考え事してた。学校祭かー。もう最後だねー」

 「何を今更。で、何をやるの? 」

 私は・・・・・・。

 「え!? 私はだた楽しみたい、かな。学校祭を。だからなんでもいいっちゃ何でもいいかも」

 ただ楽しみたい。自分の言葉が何回も心で繰り返されている。自分は学校祭でどうしたいのだろう。自分を見つめることの難しさを実感した。

 「いいじゃん、それだけで」

 私は凜歌に笑って見せた。凜歌はきれいな頬をあげて笑い返してくる。見惚れてしまっていた。

 「へー。羅音ってそんなこと考えてんだ。案外子供っぽいな」

 私と席が向かい合わせの布藤くんが私たち二人に頬杖をつきながら話しかけてくる。私は気さくで優しそうだと思っているけれど凜歌がどう思っているかは分からない。

 「そうかなー? ふふふ」

 私は無視するわけにはいかないと思い、適当に返答しておく。最後に笑ったけれど作り笑い感がすごかったと思う。もうちょっと自然な笑顔をすればよかったと一人後悔する。

 勝手にだけれど私には凜歌を守る義務があると思う。父親のこともあるけれど、第一の理由は大親友だから。大親友であるからこそ凜歌の嫌そうな顔は見たくない。こんなの当然なんです。だから私は今もさりげなーく布藤くんを他のことに集中させなければいけないと思う。

 「ふ、布藤くんは」

 声が震えている。口がピクピクしている。すごい面白い顔になっていると思う。

 「わははははっ!」 

 凜歌が高い声を出して笑う。大爆笑。必死に両手で口元を被い、もがいているかのように体を揺らしている。これは凜歌の一特徴である。凜歌は笑い方が見た目と全くマッチしないのだ。お上品な感じの見た目に今時ギャルな笑い方。マッチしたらそれはそれで大事件。

 「ほ、ほら。大宮くんと話し合いでも・・・・・・」

 これ以上言葉が出てこなかった。例え出たとしても凜歌の笑い声で掻き消されると思う。教室は一層騒がしくなった気がする。

 「凜歌ー、笑い過ぎ。大丈夫?」

 私は背中を摩ってあげる。でないと死にそうだから。

 凜歌が両手を外すと目には涙がたまっていて、きれいな顔はクシャクシャだった。まるで大号泣した後みたいだった。

 「ごめん。でもさっきの羅音の顔は面白かったよ」

 凜歌は落ち着いてきたようである。呼吸も安定してきた。

 布藤くんは凜歌と向かい合わせの大宮くんと話していた。

 「あ、羅音。あういう時は無視でいいの。変に答えると掘り下げられるから。ま、でもありがと」

 凜歌は小声で言ったきた。もちろん男子には聞いてほしくないのだと思う。

 「はい。話し合いを終わってー。じゃあ一班から発表してもらおうか」

 一班。私と凜歌の班である。とても困った状況になった。

 こういうグループ発表の時は発表順は最後のほうがいい。それが私の考え。

 例えば九班から始まったとする。そうすれば今みたいに全く話し合ってなくても「何班と同じです作戦」ができるのだ。

 「何班と同じです作戦」とは言葉のまま。何も意見がないときは適当にこの作戦を決行すればいい。でも今は私の班だけその作戦が決行できないという緊急事態なんです。

 「じゃ、俺が言うよ」

 私がトギマギしていると布藤くんが率先して発表してくれる。やっぱり優しいと思う。私にだって嫌いな男子はいるけれど、凜歌の気持ち全部は理解できない。きっと凜歌なりの何かがあるのだろうと信じている。だから理解出来なくても決して悪くは言わないんです。

 「ありがとう」

 私は小声で感謝した。布藤くんは正直にまだ決まってません、と言っていた。

 「じゃあ、一班は最後にもう一回聞こう。考えとけよ」

 多田先生にはこう言われた。

 その後お化け屋敷、カラオケ大会、映画館などいろいろな意見が出てきた。代表委員は一つ一つ黒板に書いていく。

 「決まったか?」

 「はい」

 私と凜歌で考えついた一つの案。他の班の発表の時に小声で話し合ったんです。それを発表しようと私は席を立って、みんなのほうを向いた。

 「えーっと」

 凜歌は両手を組んで祈ってくれている。みんなを見る。その瞬間、緊張がドバッ、と体に押し寄せた。もう私は言葉が発せなかった。固まってしまったのだ。

 「羅音?」

 凜歌が小声で心配している気がする。固まってしまって凜歌のほうを向けない。

 私は両手を強く握る。そして何とか言葉が出そうになった時。

 チャイムの音がまだ誰もいない廊下から響いてきた。

 「終わっちゃったな。はい、じゃあまた今度続きな」

 「気を付け。礼!」

 私にはありがとうございました、の声がいつもよりさらに乱れていた気がする。ハーモニーは過去最悪だったと思う。理由は分かる。私のせい。みんな私のことで動揺しているのだと思う。なんで発表しなかったの? とか大丈夫かな? とか。

 私は教室の床をじっと見つめることしかできなかった。顔をあげたらみんなから冷たい視線が飛んでくるような気がして。

 「羅音?」

 凜歌が私の顔を覗き込んでくる。相変わらず綺麗な整った顔で。

 「何緊張してんの。ま、次までしっかり意見を固めよう」

 こんなにも優しい言葉を私にかけてくれるのは凜歌だけだと思う。毛布みたいにふっさふさで一切角のない言葉。こんな言葉をもらってうれしくない人なんていないでしょう。

 「ありがと」

 「さ、帰りの準備だよ。席に座って。いつまで立ってる気?」

 私はその時の凜歌の笑顔が忘れられない。まさに女神。本当に大親友で良かったと思う。

                               #

 「さよーなら」

 何ともだらしないハーモニーだ。帰りのあいさつでも男子のだらしなさは変わらない。

 「帰ろう」

 凜歌が私の肩に手を置いてくる。まだ励ましてくれるのだろうか。優しすぎて困るくらいだ。

 「うん。ねえ、凜歌?」

 凜歌は目を開いて何? といった感じの表情。

 「今日この後、空いてる?」

 「どうして?」

 「何か話し合いたいなって。学校祭でやることについてさ」

 次の時間もあんな風にモジモジしていたらみんなに失礼だと思ったのだ。それにもう恥はかきたくない。相談できるのは凜歌しかいなかった。

 「いいよ。塾あるけど休む。さあ、行こ」

 凜歌は私の右手を引っ張って進む。私はドタバタと足音を立てながら凜歌に引っ張られていく。

 廊下は騒がしかった。友達とのおしゃべりに没頭する人。先生にノートを持って行って質問をする人。早速決まったのか学校祭の準備をする人。テニスラケットを持って走ってくる人。いろんな人がいる。

 「お化け屋敷がんばろ!」

 「じゃあ私お化けね!」

 凜歌に引っ張られながら廊下を歩いていると耳に入ってきた。3Ⅽはお化け屋敷らしいので3Dではできなくなった。

 「本当にいいの? 塾休んで」

 「いいの。気にしないで。それより聞いてた? 3Ⅽはお化け屋敷らしいね」

 階段に差し掛かる。さすがに凜歌は私の手を放す。こつこつ靴が鳴る。階段だとやたら響く。私は三段飛ばして降り、凜歌に並ぶ。

 「うん。後は映画館とカラオケ大会、だね」

 「何言ってんの、よっ!」

 「痛っ」

 凜歌が私の頬を人差し指でつついてきた。じんわりと痛みが広がっていく。この二つ以外に意見があるとでもいうのだろうか。

 「『お菓子の国』。羅音が考えたでしょ。さりげなく候補から消しちゃって」

 「お菓子の国」。私が思いついた考えである。

 今年家庭部ではお菓子の販売を行うらしい。ならそれを3Ⅾで行えばいいのでは? と思いついたのだ。でもいくつか言えない理由があった。

 まず一つ目。幼稚だ、とか馬鹿にされるのではないかという不安があるから。

 二つ目。家庭部の承諾が必要だから。

 私はともかくみんなからの反対を恐れているのだ。罵声や冷たい視線は絶対に浴びたくなかった。

 「でもまだ言えてないし」

 「でも私たち二人の頭には候補としてあるの」

 凜歌は急に踊り場で立ち止まる。私は何をされるか分からず怖かったので、少し下を向く。そんな私を覗き込みながら凜歌は言った。

 「余計話し合いしなきゃダメになった。絶対塾休むからね」

 断言されてしまった。塾を休んで迷惑ではないだろうか。私の勝手な提案で凜歌の予定を壊していいのだろうか。私はさらに下を向く。

 「早く行こ。私の家に来てね」

 「いやいやいやいや。それはさすがに迷惑でしょ。私が提案したんだからそれは何かおかしいよ」

 当然である。なんで勝手な提案で予定をぶっ壊した私がもてなされているのだろうか。普通は逆だ。私が凜歌をもてなすべき。

 「大丈夫。お父さんはもちろんいないし、お母さんだって病院で泊まり。何の問題もない」

 普通に大丈夫と口にする凜歌。私は全然大丈夫じゃないのに。

 「今もう六時だよ。日も落ちてるし遅すぎだよ」

 腕時計を二度見したけれど、確実に六時を示していた。何が何でも遅すぎる。

 「じゃあ、泊まる?」

 「へ!?」

 間抜けな声が出てしまった。泊まる? あり得ない。大迷惑でしかない。そんなの。話が変に発展している気がする。

 「ふふ。へ!? じゃなくて。お手伝いさんがいるから。大丈夫」

 また大丈夫。だから全然私は大丈夫じゃない。

 お手伝いさん。あの夢に見るお手伝いさん。一瞬行ってみたい、と思ったけれどしっかり自粛する。調子に乗ってはダメなんです。

 「まず歩こう。長くなりそうだし」

 二人でゆっくり階段を下りていく。もちろん話しながら。

 「もう明日にしようよー」

 「ダメ。明日また学活がある」

 初耳。全然知らなかった。じゃあ泊まってでも決めなきゃダメか。早く泊まってでも決めたい自分と、泊まってまで決めるのは迷惑過ぎると思う自分がせめぎ合っている。勝敗は私にすら分からない。きっと凜歌にどれだけ押されるかで決まると思う。

 「じゃあお母さんとお父さんに聞いてみる。だから私の家まで来て」

 「分かった」

 この時の私はあんなにも凜歌の家に泊まるのは迷惑だ、と言っているくせに、私の家に泊まろうよ、と提案をしていなかった。やっぱり凜歌の家に行きたかったのかもしれない。

 「じゃあもう話し合いを始めよっか」

 私は靴を靴だなに入れながら言った。少しでも時間を無駄にしたくなかったのだ。これは正しいと思う。

 「いいよ。早く」

 靴を履くのに時間がかかってしまった。凜歌に急かされる。なぜだか凜歌も焦っている。本当に何でだろう。心配してくれているのだろうか。優しい凜歌だからきっとそう。

 「ごめん。行こう」

 私は踵を靴にしっかり収めてから立ち上がる。

 「まず映画館とカラオケ大会はやらない。で良いよね?」

 「え? そうなの? ま、難しそうだしね」

 映画館を教室で再現するには映し出すものが必要だ。教室にはそういったものが取り付けられていない。しかも入れる人数が少なくなってしまう。だから難しい。

 カラオケ大会なんて論外。たぶん男子がふざけて言ったのだろう。カラオケの機械は無いし、そもそも誰が歌うのだろうか。行ったところであまり盛り上がらなそうだ。恥ずかしくて歌う人も少ないだろうし。

 私たち二人は校門を出る。グラウンドではサッカー部や陸上部が走っていた。

 今の季節は秋。肌寒くなってくる頃だ。私なんか手袋にマフラーまで着けている。リンカも手袋は着けている。風がヒューヒュー言っている。私は風が何か教えてくれないかなー、と思い、空を見上げる。

 「風に聞こうっての? 風は『お菓子の国ー』って言ってる」

 私には「夫婦」と聞こえた。ヒューヒューが夫婦。聞き間違えなくはないんじゃない? もちろん実際風は一言も話していないけれど。

 「雲はどうかな?」

 続いて雲に聞いてみる。今日の雲は一段と黒い。これから雨でも降るのだろうか。再び、今度は凜歌と一緒に空を見上げる。

 「何か嫌な予感がする雲だね。雨でも降るのかな? 私には『反対を恐れるな』って言ってる気がする」

 私はそう感じた。俺は雨を降らせて嫌がられるけどそんなこと恐れてない。だったら私もみんなの反対意見なんか気にせず、堂々と発表してやろう。そう元気付けられたというか、やる気を発生させてもらった。

 「案外良いこと言うんだね、羅音」

 「私じゃないよ。雲が言ったの」

 「何恥ずかしがっちゃって。ま、役に立ってくれたよ。雲は」

 「うん」

 右足に何かぶつかった。足元を見るとそこにはサッカーボールがあった。

 「ごめん。ってか二人何してんの? 変だぜ」

 サッカー部の一人はそう言い残して去っていった。

 変。意外と心に刺さる言葉だった。さっき雲に元気をもらったばっかりなのに。私は恥ずかしくなってマフラーに顔をうずめる。マフラーはとても温かかった。そっと私を包み込んでくれた。

 「変、だったみたい」

 残念そうに言う凜歌。へこんでいるのだろうか。私が元気付けよう。途端にそう思った。

 「へこんじゃだめ。雲みたいに反対的、否定的な意見を恐れちゃだめなんだよ。マフラー、使って。あったかいから」

 私はマフラーをとると、一見不愛想に差し出した。

 「何か不愛想。苛々してる?」

 「そうかも。反対的、否定的な意見に恐れまくってる自分が情けなく思えてさ」

 マフラーという、私を包み込んでくれるものがなくなって身も心もスース―する。

 ん? 頬が一段とスース―している。何でだろう。液体でもついているような。

 「羅音、泣いてる。もう。やっぱりマフラーが無いとだめじゃない!」

 凜歌は私の後ろに行って、首にマフラーをぐるぐる巻きにする。

 「苦しい」

 私は鼻水をすすりながら呟くように言う。マフラーの一部の色が濃く変わる。涙が染み込んだのだ。

 「はいっ。これで良い? 日も暮れてきたしさっさと家に行こう」

 凜歌がニ、三週分ほど巻いてくれたおかげで楽になった。

 凜歌は私の手を強く引く。教室から出るときと同じように、足音を立てながら引っ張られる。勢いが良くて転んでしまいそう。

 校庭の真ん中から校門まで来た。腕時計は六時半を示していた。日はとっくに暮れていて、凜歌の顔があまり見えないくらいだった。

 「真っ暗だね。怖い」

 私は凜歌と手をつなぎながら並んで歩く。校門を出発して、私の家を目指す。お母さんとお父さんはきっと心配していることだろう。

 「じゃあ、もっと近くに来て。マフラーは私にも巻いて」

 凜歌がそう提案してくる。リンカもマフラーの温かみを感じたいようだ。

 「ちょっと止まって。今巻いてあげる」

 マフラーをを凜歌にも巻いてあげた。マフラーを共有しているので自然と体は近くになる。

 「あったかい。明日は私も持ってこないと」

 「持ってくる必要はないよ。また明日もこうやって行けばいいじゃん。泊まるんだから」

 「あれ? 迷惑とか言ってたくせに。ま、良いんだけどさ」

 私は泊まると決めた。泊まるからには寝る間も惜しんで話し合わなければ。せっかく凜歌の大豪邸に泊まらせてもらえるのだから、やることはやる。これでやりきらなかったら泊まった意味がなくなってしまう。

 「泊まるって決めた。でも泊まるからには意見をしっかり固めるよ。凜歌も協力してくれるんでしょう?」

 「当然よ。誘っておきながら私だけ寝るなんて、そんなことしない」

 凜歌にも覚悟があるらしい。覚悟があるからこその提案だったのだろう。

 心がやる気で温かくなってきた。

 「なら良かった。それにしても寒いね。息が白いよ」

 マフラーから顔を出してわざと息を吐いてみる。白い霧が立ちこめた。凜歌も真似している。

 「ほんとだ。早く行こ。体が凍っちゃいそう」

 私たちは走った。手をつなぎながら。少しずつだけれど体が温まっていくのが分かる。

 校門を出て歩道を一直線に走ると、一つ電柱がある。そこを曲がると私の家だ。今丁度その電柱を曲がったところ。

 「着いたね。凜歌も来て。外にずっといたら寒いし怖いでしょ」

 「怖くはない。それは羅音だけよ」

 私は凜歌からマフラーをとると、玄関へと進む。

 「ただいまー」

 扉を開けると、いつも通りのあいさつをして玄関へと入る。

 「羅音!」

 誰かが廊下をドタバタ足音たてて走ってくる。お父さんだった。

 「遅いぞ。もう七時に近い。何でこんなにも遅いんだ!」

 お父さんは声を荒げる。怒っているのだろうか。

 「お父さん、そんな騒がないで。外に聞こえるわ」

 お母さんの声が遠くから聞こえる。料理の途中なのだろう。

 「失礼します。お父様。遅いのは私のせいです」

 ここで凜歌が玄関に入る。お父様だなんて言わなくていいのに。

 「凜歌、さん!? 大正字社長の娘様ですか?」

 「あ、申し遅れました。大正字凜歌と申します。大正字社長というのは私の父にあたります。凜歌、とでも気軽にお呼びください」

 「なななっ! お母さん、大正字社長の娘様だ」

 「何ですって!? 今行くわ」

 両親が騒がしい。ま、勤めている会社の社長の娘だもんね。失礼があってはいけないと思う。凜歌の会社がないと私たち近宮家は飢え死にしているだろう。

 お母さんまでドタバタ足音をたてて走ってくる。両親は並んで、

 「いつも大正字社長には感謝しております。これからもよろしくお願いします」

 と、ペコペコ何度も頭を下げた。

 凜歌は少し戸惑っていた。分からなくはない。友達の両親にこんなことされたら私ならどうしただろうか。たぶん苦笑いすることしかできないと思う。でも凜歌は無理にでも笑顔を作って、両親に対応した。

 「こちらこそです。早速ですがご両親にお願いしたいことがあります。羅音さんを私の家に泊まらせてあげてください」

 凜歌は頭を下げた。両親は顔を上げるように勧めた。

 「羅音。これはあなたが凜歌さんに頼んだの?」

 「そ、それは・・・・・・」

 私は黙り込んでしまった。これでうん、と答えたら無理なことを頼むな、と叱られるだろうし、だからといって違う、と答えたら、迷惑でしょう? お断りしよう、と勝手に判断されるかもしれない。

 やはり私はまだ反対的、否定的な意見に恐れていた。当然これではダメである。ここは私がしっかり二人に気持ちを伝えなければいけないと思う。

 「私がお願いしました。私たちには明日まで固めなければいけない意見があります。今日中に固めなければ絶対後悔します。だから、私が家に泊まらないか、と提案しました」

 凜歌は顔を真っ赤にして必死に訴えてくれた。次は私の番。

 「お父さん、お母さん。凜歌の家に泊まらせて? 絶対に迷惑はかけない。だから・・・・・・」

 私は下を向いてしまう。これは逃げている証拠。反対、否定されるのが怖いから顔をそむけているのだ。あと一言。お願い。私の喉から出て!

 私は凜歌を一瞬見ると、言い放った。

 「お願いします!!!」

 私は声を張り上げた。喉を最高に開いて心から出した。

 「分かった。いいだろう。その代わり、迷惑はかけるなよ」

 お父さんの大きくて温かい手が私の頭に乗っかる。ゆっくり顔を上げる。

 「良く言ったわね。あなたもついに一皮むけた感じね」

 お母さんは微笑む。凜歌の笑顔が女神ならお母さんのは天使だ。お父さんの例えは思いつかなかった。

 体が軽くなったのがはっきり分かる。反対、否定に打ち勝ったのだと思うと達成感が込み上げてきた。これもなかなか味わったことのない感じで、足先から手先、髪の毛の先まで温かい。心は断トツで温かく、今にも溶けそうだ。

 「ありがとう。荷物、用意してくれる? 早く行かないと日が暮れちゃう」

 「そうね。準備してくるわ」

 「頑張れよ」

 二人は満足そうにリビングへ歩いて行った。

 「ご両親、とても優しいね。私の両親ならこうも理解が良くないと思う。おかげで私も助かった」

 「うん。何か疲れたし、座ろ」

 私たちは廊下に座った。足は玄関に出している。

 三分もすると、お母さんが再び廊下を走ってきて、荷物を渡してくれた。

 「夕飯は凜歌さんのお家でいただけるのかしら?」

 「はい。迷惑ではないのでお気になさらず」

 「お願いします。羅音、お行儀良くね」

 「分かってるよ」

 私と凜歌は玄関を出る。

 外は一段と寒くなっていて、マフラー、手袋無しでは厳しい。

 「良かったね、凜歌。そのマフラー温かい?」

 「もちろん。とても温かい。貰って良かった。迷惑じゃなかったのかな?」

 「全然」

 玄関を出ようとしたときお母さんが凜歌にあげたのだ。使っていなかったマフラーを。せめてものお詫びとして。

 だから私たち二人はマフラーの温かさに酔いしれていた。

 私の家を出て五分。いろいろ角を曲がってたどり着いたのが凜歌の家。大豪邸。

 大きな門。門を通り抜けると扉までが遠い。噴水の横を通ったり階段を上ってみたり。おかしいくらい何もかもが広い。

 「広過ぎでしょ。完全に圧倒されてるよ、私」

 「ふふふ。そんな広くもないと思うけど」

 きっと凜歌は謙遜したのだと思う。ここで広いでしょ、と言えば私の家が狭いみたいになってしまうから。(実際狭いのだけれど)

 でもその謙遜は嫌味にしか聞こえなかった。こう言っちゃうと、じゃあ凜歌はどう言えば良かったんだ、と疑問が飛んできそうだけれど、答えなんて無いと思う。

 凜歌はこれまた大きな扉を軽くノックする。絶対中まで聞こえていないだろうと思うくらい軽く。

 「おかえりなさいませ」

 それでも扉は開いた。しかもお手伝いさんの手で。玄関担当、とかなのだろうか。それにしてもすごい。こんな私がサービスを受けちゃって申し訳ない限りだ。

 「ただいま帰りました」

 凜歌は不愛想に言った。顔も一瞬変わった。先程までのにこやかな凜歌から、男子に話しかけられた時の冷たい凜歌に。家庭の事情なので変に堀り下げないようにしよう。

 「こちらはお客様でしょうか?」

 「ええ。お友達です。お通しください」

 「分かりました。外はお寒いのでお入りください」

 「すいません。失礼します」

 私は恐る恐る玄関へと一歩を踏み出した。私の目に移った光景は、夢でしか見れないようなものだった。

 「わあー。きれい」

 「何綺麗っって。汚いとでも思った?」

 「そんなっ。私の家と比べ物にならないなーって思ってさ」

 凜歌は靴を脱ぐとしっかり揃えた。そして廊下にあったハンガーに制服の上と手袋、マフラーをきれいにかけ、フックにかけた。私は見惚れていた。

 「あがって。いつまで玄関にいるのよ。ふふふ」

 凜歌は女神のような笑みを浮かべる。その時、お手伝いさんの目が光った気がした。

 「どうぞ、おあがりください」

 お手伝いさんにも勧められたので、靴をしっかり揃えて廊下へとあがった。

 「えらいですね。靴をしっかり揃えられて」

 「い、いやー。いつものことです」

 嘘です。いつもはこんなことしません。お母さんにもう、とか呆れられながら直してもらってます。

 「こちら同じクラスの近宮羅音さんです。今日は明日に控えた学級活動の話し合いのためにお招きしました。一泊されます」

 「よろしくお願いします。お迷惑おかけします」

 お迷惑ではなくご迷惑である。普段使わない言葉を使うとこうなる。気付いてなければいいけど。

 「こちらこそ。ではご夕食、ご入浴の準備はしたほうがよろしいでしょうか」

 「はい。お願いします」

 「それでは凜歌様のお部屋に案内いたします。よろしいですね?」

 凜歌を見る。これは私が決めれることではないからだ。

 「はい。お願いします」

 まったく、ホテルに来ているようである。でも何かと気を使うので疲れる。

 玄関からまっすぐに伸びる廊下を進む。床は温かい。もしや床すべて床暖房なのだろうか。贅沢過ぎる。

 扉に差し掛かる。するとお手伝いさんは扉を開け、先に中へと入る。扉を開けて待ってくれているのだ。私は申し訳なくて駆け足で中へと入る。

 そこはリビングだった。広い。第一感想だ。教室二つ分は余裕である。

 「わあー。広いねー」

 床から天井まですべて光って見える。ソファーは複雑な模様が描かれていて、テーブルは長い。学校の机を縦に十個くらい並べると同じくなりそうだ。そして天井に堂々と吊るされたシャンデリア。開放的で大きな窓。すべて高そう。きっとすべて高い。

 リビングを進んでいると、二つ目のソファーにオーラのすごい人物が・・・・・・。お手伝いさんはそのオーラの前で止まる。

 「こちら凜歌様のお父様です。茂様、こちら一泊される近宮羅音様です。凜歌様のお友達であらせられ、明日に控えた学級活動の話し合いのために来られました」

 「そうか。こんばんは。羅音様」

 「こ、こんばんはでございます。呼び捨てで結構です。一泊させていただきます。よろしくお願いします」

 「ずいぶん緊張しているねー。私がいること凜歌から聞いてなかったのかい?」

 「は、はい。ご両親はいないと聞いておりました。ですのでびっくりしています」

 困った。お父さんに会うなんて想定外の外。急すぎる。

 茂さんは口を大きく開けて大胆に笑った。凜歌に似ている。

 「面白い人だなー。こちらこそお願いするよ。学習の一環ならば大歓迎だ。満足のいくまで話し合ってくれ」

 学習の一環ならば。この言葉にビクッとした。遊ぶために来ました、とか言ったらどうなっていたのだろうか。考えたくも無い。

 「それではお部屋への案内を続けてよろしいでしょうか」

 「いいだろう。凜歌、失礼の無いようにな」

 「分かっています」

 凜歌は両手をお腹のあたりで重ね、礼をした。親しき中にも礼儀あり、とはこのことだろうか。

 リビングの奥にまた扉があった。先程同様開けたまま待っててくれるお手伝いさん。私はまた駆け足で中に入る。

 そこは長い廊下。両脇にしょうじが見られるので和室といったところだろうか。がある。進むと左右に分かれていて、右は行き止まり。左には階段があった。もちろん左へと進み、階段を登る。

 階段を登り切ると、左右に廊下が伸びていた。

 お手伝いさんは一歩前に出て、私たちに向き直る。

 「お二人から見て右がおトイレ、左がお部屋になっております。お部屋は奥からリンカ様、香様、茂様のものでございます。凜歌様のお部屋に泊まるということでよろしいですか」

 「はい」

 「それでは私からの案内を終了させてもらいます。これからは凜歌様、羅音様をよろしくお願いいたします」

 お手伝いさんはニッコリ笑ってから階段を下りていく。

 「奥の部屋に行こ。樹乃のベットがあるから使って」

 「え!? お兄さんのなんでしょ? 私が使っていいの? ってか何で凜歌の部屋にお兄ちゃんのベットが? ブラっ!」

 思わずブラコンと言いそうになった。凜歌が口を抑えてくれたから全部言わずに済んだ。でも終わり方が・・・・・・。別の意味になってる。

 「入って」

 凜歌がお手伝いさんと全く同じことをする。扉を開けたまま待ってくれていたのだ。お金持ちも礼儀やらで大変そうだ。

 凜歌の部屋はピンク一色! と言っても良いほどピンク色の物が多い。ピンク色のソファー、テーブル、寝具、机、極めつけは壁。見渡す限りピンク。凜歌がピンク色好きだとは知っていたけれどここまでだとは思っていなかった。

 普段学校では制服は黒いし、髪も黒い。筆箱も下敷きもバックも黒い。そして男性嫌い。私の前以外では滅多に笑わず、黒が似合う大人な女子。といった感じだ。ピンクどころか赤、黄、オレンジ色の物も使っていない。さすがの私でも驚いた。

 「わっ! ピンクばっかり。こんなにピンク好きなの? なんか似合わなーい」

 おちょくってみた。目を細めて小さく指を差す。凜歌はフグのように頬を膨らませる。

 「いいじゃん別に。ピンクはいいよね。柔らかそうなイメージがあって安心できる。白や黒だと孤独感があるっていうか、テンションが下がるっていうか。何か分からない?」

 「う、うん」

 分からなくもないので同意はしておく。確かにそうかもしれない。壁が黒い部屋とピンクの部屋だと、断然ピンクの部屋が安心する。これは学校祭に活かせるかも?

 「ねえ凜歌。外壁がピンクとかオレンジとか明るい色だと安心するしテンションも上がるよね!」

 考えが溢れ出てくる。今言っておかないと忘れてしまいそう。止めることなんて無理だ。

 「もちろんよ」

 「じゃあ、『お菓子の国』をやるときは外壁をオレンジ色や黄色にしよう。色紙を張るとかでいい。後はキャンディーとかクッキーの絵を描いたりしよう。段ボールで作って立体感を出してもいい。どう!?」

 「羅音、テンション高過ぎ。声大きい。今の意見は覚えておくから夕食にしましょ。塾のない日は七時半なの。今何時?」

 私は腕時計を見る。時計は七時二十八分を示していた。

 「七時二十八分だけど」

 「やばい。羅音、荷物適当において。一秒でも遅れたら死ぬ」

 死ぬ? たぶん大げさな表現だろうけど、急がなければいけないらしい。ともかく凜歌に着いて行こう。

 「こっち!」

 私たちはドタバタ足音を立てながら先程来た道を戻る。そしてリビングにつながる扉の前に着いた。

 「あー、疲れた」

 「あと十秒で七時半だけど・・・・・・」

 「え!? 入ろ!」

 高そうな長テーブルには高そうな料理がズラリと並んでいた。おいしい匂いが鼻を刺激する。

 「お父様、なぜ料理が五つもあるのでしょうか」

 「ああ。後にわかるさ。ははははっ!」

 茂さんは口をおっきく開けて笑う。何というか迫力がすごい。社長の風格が感じられる。

 「席に座っておきましょう」

 どうやら凜歌は家で敬語を使っているらしい。親に敬語とは違和感がある。きっと凜歌は当たり前のように思っているのだと思う。お金持ちだから完璧に幸せ、ってわけでは無さそう。

 私の鼻がピクピクしてる。この匂いに興奮しているのだろう。鼻は全く正直である。

 長テーブルには席の前に料理が置いてある。今夜はハンバーグのようだ。

 皿は中心部がへこんでいて、そこにハンバーグがはまっている感じだ。ハンバーグにはキラキラ光っているデミグラスソースと、緑色が美しいブロッコリーがかかったり、のったりしている。そしてホワイトソースがハート型にかかっている。芸術品にようで食べるのが惜しい。

 ハンバーグの他にはみずみずしさ全開のサラダや、何か見たことのないものが入っているスープがある。今お手伝いさんがごはんを持ってきた。ライス、とかおしゃれな言い方でもするのだろうか。

 「失礼します。ライスでございます」

 「ありがとう。二人は?」

 茂さんは冷静に問うた。茂さんが言う二人が残りの席に座るのだろうか。

 ちなみに長テーブルは私と凜歌の二人が横向きに座っていて、私たちの正面に二人、横向きに座れる。茂さんは縦向きに座っている。

 「ただいま確認して参ります」

 「ああ。よろしく」

 「失礼します。ライスでございます」

 「ありがとうございます」

 「すいません」

 凜歌はいつも通りなのかしっかり感謝している。私も言い方は違えど感謝はした。いろいろ学ばされる。

 「皆様、お食事の準備が整いましたでしょうか」

 「ああ」

 「整いました」

 「は、はい」

 三人が順に返事していく。どんな二人が来るのだろうか。少し楽しみである。

 「それでは、お入りください。香様、樹乃様」

 お手伝いさんが嬉しそうにそう言うと、扉が開く。

 一人はピンク色のモフモフコートを着た女性。もう一人は名前を聞いてすぐ分かった。凜歌の緒兄さんである樹乃さんだ。ということは、コートを着た女性は凜歌のお母さんだろうか。

 「お母様、お兄様! なぜ今お帰りになられたのですか?」

 「久しぶりね、凜歌。そしてお父様、お手伝いさん方も。あら、お客様?」

 香さんが私を指す。人差し指で鋭く指すのではなく、指五本全部で柔らかく。

 「ただいまお邪魔しております、近宮羅音と申します。一泊させていただくとのことでしたので、よろしくお願いいたします」

 結構良いんじゃない? 礼儀正しいお客様、として二人の目に映ってくれれば良いけれど。

 「そうでしたか。こちらこそ、よろしく」

 「お父様、お手伝いの方々、お久しぶりです。そして羅音様、いらっしゃいませ」

 樹乃さんはイケメンフェイスをニッコリ笑顔へと変えた。笑ってもイケメンフェイスには変わりない。

 樹乃さんは被っていたであろうハットを胸の辺りに当て、きれいに、そしてかっこよく礼をする。凜歌がブラ、お兄さん好きになるのが良く分かる。惚れないわけがない。

 「それではこれからお誕生日パーティーを始めましょう」

 香さんを初めに拍手が起こる。私も今日誕生日の誰かに向けて拍手を送る。

 「お父様、お誕生日おめでとうございます」

 お母さんは女神のような笑みでそう言った。笑顔はリンカと良く似ていた。

 ここで一つ。私は重要なことに気付く。

 「ねえ凜歌。私完全にアウェーじゃない?」

 「そう?聞いてみよっか」

 「え、あっ。やっぱ」

 凜歌はやっぱり良い、と止めにかかった私の声を無視して聞いてしまう。

 「皆様、盛り上がっているところ申し訳ありません。羅音様がアウェーでないかと」

 「アウェーというと?」

 茂さんに聞かれる。全員の視線が集まる。ここで答えないわけにはいかないので、勇気を振り絞ってアウェーと思った理由を話す。

 「今日はお父様のお誕生日なんですよね? そんな大事な日に他人である私がいて良いのかなって」

 「お手伝いの方々も元は他人よ。今は家族同然だけど」

 香さんに言い返される。結局どっちなのだろう。

 「凜歌、結局いていいの、私?」

 蚊の鳴くような声でリンカに問う。凜歌は何も言わずに首をかしげる。困った。いて良いのかすら分からない。

 「いて良いということです。さあ、パーティーの準備を」

 「かしこまりました」

 樹乃さんが重い空気をさりげなく吹っ飛ばす。いていいらしい。面倒臭そうに言っていた気もするけれどまあいいだろう。せっかくのパーティなのだから楽しませてもらおう。

 「夕食にしよう。二人とも座るんだ」

 茂さんは二人が座ったのを確認すると、いただきます、の先陣をきった。みんな続いていただきますを言う。

 「こんばんは、羅音様。ゆっくりしていってください」

 「ありがとうございます」

 「お兄様、研究は順調ですか」

 私と樹乃さんの会話に凜歌が入ってくる。別に悪いことではないのだけれど、何となく樹乃さんを意識している気がする。声が少し高めかも。やっぱりお兄さん好きだ。

 「ああ。教授候補に挙がってるらしい」

 「え!? すごいですね、二十三歳で教授候補は。さすが凜歌のお兄様」

 「そうかしら。まだまだよ」

 「ありがとう。凜歌・・・・・・」

 樹乃さんはあたかも自分が教授候補のような返答をした凜歌に苦笑いを浮かべていた。樹乃さんも凜歌が自分を好いてるってわかってるはずだ。案外わかりやすい。学校では男子には全く動じないポ-カーフェイスなのに。本当の凜歌を見れた気がする。

 それにしてもみんな食べ方が綺麗。片手のフォークはハンバーグを押さえていて、もう片手のナイフはハンバーグを切り分ける。そのままフォークに刺さったハンバーグを口に入れ、時々ライスも。さらに時々ブロッコリーも。

 全くやったことの無い食べ方である。まず家にナイフが無いのだ。見様見真似で頑張ってみる。

 まずフォークをハンバーグに刺す。そしてナイフでハンバーグを切る。一切れが大きくてかっこ悪くなってしまった。フォークを刺す位置がおかしかったようだ。でも自己評価的には上出来。

 「このホワイトソースはお母様が」

 「そうよ。愛を込めてね」

 香さんだったのか。妙にかわいらしいなと思ったら。

 いただきますをして十五分は経っただろうか。ここで香さんが席を立つ。

 「ちょっと失礼」

 「ああ。そうでしたね」

 続いて樹乃さんも。二人は玄関へ続く扉へと消えていった。お手伝いさんたちもそわそわしてる。

 するとクラシックが流れる。天使がゆらゆら飛んでいるのを彷彿とさせるような、優しい音楽だ。

 香さんと樹乃さんが笑顔を浮かべながら再び部屋に入ってくる。両手を後ろに回している。角度的に私と凜歌には見えた。プレゼントだ。

 「いつもありがとう。お父様が良く使う万年筆よ」

 「僕からはパソコンを。お父様のが調子悪いと聞きましたので。今日発売の最新型です。仕事に役立ててください」

 茂さんは席を立つと、二つのプレゼントを嬉しそうにもらった。

 すると凜歌は慌てた様子で玄関へ続く扉に消えていった。

 息を切らして入ってきた凜歌の手にはもちろんプレゼント。

 「お父様、日頃の感謝を込めてクッキーを作りました。どうぞ」

 「手作りかー。頑張ったものだな。おいしくいただくよ」

 二人は顔を見合って笑う。良い家族だ。見ているだけで心がほっこりする。

 「茂様、私どもからはマフラーのプレゼントでございます。これからもよろしくお願いいたします」

 お手伝いさんたちは五人全員揃って礼をした。誕生日プレゼントかー。最後にお父さんに渡したのは小学一年生だっけ。

 「もう八時ですね。そろそろ終わりにいたしましょう。最後にお父様に拍手を」

 ぱちぱちと拍手がリビングに響く。茂さんは大きな口を横に開けて笑っていた。

 それからはお風呂に入らせてもらい、今は体がほっこりしている。

 これから凜歌との話し合いが始まる。私はシャーペンを持って準備完了。

 話し合いの結果は明日のお楽しみです。


 

 

 

どうでしたでしょうか。今回はリンカの家庭の様子をピックアップしました。「ございました」など書きなれない文が多々あり、苦戦しました。

遂に明日が学活です。ちゃんと発表できるのか。これからを知っている私でさえ興奮してきました。

最後に。読んでくださった方に史上最大級の感謝を!

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