凄いのは私じゃない!
「風よ!」
私は風を腕に纏い、人型の的に向かって手を突き出した。すると風は私の腕を離れ、鋭い一突きとなり、的を破壊した。
これを見た瞬間、へスターさん、あ、私がアシュマルと初めてご飯食べた時にいた人ね!執事さんだよ!灰色の御髪が渋いです!
そのへスターさん、すっごく驚いていましたのですよ。どうやら風は形が無いから扱うのが難しいらしいのよねー。
とか言いつつ、へスターさんも風の使い手なんだよ!一回見せてもらったけど、いやあ……破壊力凄かったよ……的滅茶苦茶にはじけ飛んだもんね!!あれは怒らせちゃあかん奴や……。
「流石です、ユズ様。そのお歳でここまでとは…城で働く事も夢ではないですよ」
へスターさんが感心したように褒めてくれる。純粋に嬉しいよ?いや、けどさ、へスターさんに言われても……ねえ?
それにお城に仕える気ないし!!
「ありがとーへスターさん!けど、私お城に仕える気ないからいいんだよー」
「そうなのですか?勿体ないですねぇ…」
「それに、言うならアシュマルだよ」
私はへスターさんから目を逸らして、少し離れたところで実践をするアシュマルに目を向けた。あ、アシュマルはあれから3日で私に追いついたよ!天才だよかっこいいいいいいい!!
その青い瞳が輝いてるね!!!
「火よ、燃やせ!」
アシュマルは指を擦り合わせる仕草をした後、その指を的に向けた。
途端、的の下から火花が散り、炎が上がった。的は下から上へと燃え広がってゆく。
「風は確かに掴みにくいよ?だけど、火はさらに難しいと思うんだよね」
「理由をお聞きしても?」
「……火は確かに見えるから想像しやすいけど、『燃やす』という意思を持たなくちゃ無理だって本で読んだよ」
つまり、いかなる物でも燃やす想像をしなければならないのだ。
アシュマルは商人の息子だ。それもかなり権力が強い。アシュマルはこの屋敷に数人の使用人と共に住んでいる。まぁなんで一人なのかは、アシュマルの兄貴が関わってくるんだけど、今はそれはおーいーとーいーてっと!
権力を持つとさ、必ず狙われるわけよ。つまり、アシュマルは常に危険と隣り合わせということになる。へスターさんを初めとした使用人さんたちは素晴らしい魔法の使い手たちだけど、アシュマルは彼らに任せっきりにすることは出来ない。
アシュマルは自分で身を守らなければならない。色んな場合に備えてね。だから普通は四角とか丸の的だけど、あえて人型を使ってるわけ。
この世界の襲われた場合の死亡する大抵の理由は、襲われた側が火の使い手だったことだ。燃やす想像ができなくて、死んでいく。
「人を殺すことも、躊躇ってはいけない。人が燃えることを想像しなければ、アシュマルはいけないんだよ」
「………」
「アシュマルはもう、既に聞かされてるんでしょ?いつかそうゆう事もあるって。やらなければならないって。じゃなくちゃ、アシュマルはあの的を燃やすことは出来ないんじゃないかな」
アシュマルは優しい。
だからこそ、誰かからそういう説明を受けなければ、こんな人型を燃やすことは出来ないんじゃ?と考えたわけだよ。
的って言っても、それはリアルな人型だからね。
アシュマルは、この歳で既に覚悟をしてるってこと。
だから私は、アシュマルが凄いと思う。
「確かに、アシュマル様は既に覚悟をなさっています。ですが…」
「へスターさん」
「はい?」
「私は、モステトですよ」
「………」
へスターさんは、きっと、だったら私も凄いのでは、と言いたかったんだと思う。でもね、違うんだよ。
私はモステトだ。味方なんていなかった。敵に囲まれる中、たった一欠片の食べ物を争う。
人を殺す覚悟なんてない。
モ ス テ ト に と っ て 、 そ ん な の は 当 た り 前 な の だ か ら 。
「――――――――。――――――――」
私の言葉にへスターさんは驚いたあと、悲しそうな顔をして、直ぐにそれを感じさせない笑顔になった。
「…お茶にしましょうか」
「やったあ!アシュマル呼んできます!」
私もそれに気付かぬふりをする。
無邪気を装い、愛しのアシュマルの元へと急ぐ。
…ごめんね、へスターさん。私はこんなにも汚いんだよ。
「アシュマール!お茶にしようだってー!!」
「分かった!」
本当にアシュマルはかっこいい。好きな人だからだろうか。アシュマルには危ないことをして欲しくない。
だから私はへスターさんにああいったのだ。
「いこっか、ユズ」
「うん!」
二人して手を繋ぎながら屋敷に歩いて行く。
歩きながら私は言った言葉を反芻した。
『火は災厄だよ。私はアシュマルを守りたいんです』
火は始まりであり、終わりでもある。
アシュマルの火からも、敵からも、私は大好きなアシュマルの為に、盾にも剣にもなろう。
私はアシュマルを守るんだ。