依頼:魔道具作成
「えっと。私に…依頼、ですか?」
アテナは言われた事が信じられず、思わず聞き返してしまった。
信じられないと言った表情のアテナにギルドの受付嬢も同様の顔をして頷いた。
「けれど」と真剣な表情で口を開き、依頼書を差し出した。
「…ここに書いてありますように貴方宛の依頼なんですよ。ご存知ですか?」
「いいえ。知らない人です。…あの、これ本当に私が受けてもいいんでしょうか…?」
「はぁ…大丈夫じゃないかしら?」
受付嬢は面倒そうに答える。
最初の頃は嫌っていた少女の事も最近は仕事も頑張っているようだし、何より挨拶をしているのが好印象になりつつある。
それでも嫌悪感や知らない物に対する恐怖はあるけれど。
「ちゃんと貴方の名前が書かれているし。それに貴方のレベルなら簡単に作れるはずよ。…これは私的な解釈なんだけどね」
躊躇いがちに口を開き、受付嬢である彼女は声を潜めた。
その様子にアテナも面倒事の気配を感じて眉を寄せる。
「あんまり効果を強めない方が良いと思う。良い噂を聞かない人だから」
「…効果レベルは書かれていないので一般に流通している物と同じ程度か、それ以下がいいでしょうか?」
「その方がいいわね。出来たら此処に持って来なさい」
「はい。色々とありがとうございます」
「…別に貴方が心配だったからじゃなくて、依頼が達成できないとギルドの価値まで下がるから…しょうがなく、よ…」
「えへへ。はい!」
言葉は棘々しい時もあるけどギルドで働いている人達は本当に優しい。
アテナは受付をしてくれる女性の優しさと忠告に素直に頷くと、用は済んだとばかりにギルドを後にした。
◆ ◆ ◆ ◆
アテナの自宅は大通りから一本入った所にある民宿だ。
何人かの同居者が居るらしいが嫌われ者のアテナは滅多に顔を合わせる事はない。
出会ったとしても物凄い勢いで背を向けられるか、または罵倒されるか。
どっちにしても悪い結果が待っている事には変わりない。
民宿の旦那さんは無口だが優しい人だ。
正確には『人』では無いのだが、外見的には人間で間違いはないだろう。
民宿に泊まる上での決まり事は少ない。
1、誰とも喧嘩をしない。
2、各部屋備え付けの浴室利用時間は夜の10時まで。
3、延長料金の支払いは速めに済ませておく事。
これだけを守れば済ませてもらえる。
どんなに嫌われ者であろうと、人間で無かろうとも。
旦那さんの性格が温厚だからかもしれないが、この宿には多くの問題児が集まっている。
アテナはその筆頭ではあるが、性格面から考えれば一番下とも言える。
そして、ある意味宿最悪の問題児は…。
「チッ! 俺が通るんだから道を開けろよなッ!!」
「どうぞ(さっきから開けてるのになぁ)」
「…忌み子がッ」
口も悪く、性格も最悪。
街中からの嫌われ者であるライオンの獣人『オルセス』と言う男だ。
もしかするとアテナよりも嫌われているかもしれない。
誰彼構わず喧嘩を吹っかける男で、アテナや他の冒険者も理不尽な言いがかりを食らった経験がある。
デカイ図体をしていながら精神的には子供過ぎて誰からも相手にされていないのが現実だろう。
一応ギルドには所属しているらしいので仕事は出来ているのだろうが。
壁際に沿って身を寄せたアテナに舌打ちを一つしてオルセスは出かけていった。
出入り口は一つ。食堂を通らなくてはいけないので出入り時間には特に気を使っているのだけど。
今日だけは運が無かったようだ。
「おかえり」
「あっ、はい! 只今帰りました!!」
「ん…」
初めて会った時も静かな人だと思った。
良く鍛えられた身体をしているから昔は冒険者をしていたのかもしれないと思っていたが、尋ねた時にあっさりと否定されてしまった。
何でも樵として生活していたらしい。
そのせいで筋肉だけは無駄についてしまったんだとか。
それを聞いた時。失礼な事にアテナは「なるほどー」等と思ってしまったのだ。
鍛えられた身体を小さく縮めて調理場に立つ姿は何だか可笑しかったからだ。
「おじさん。お昼ごはんを作ってもらってもいいですか? 今日は部屋で過ごす予定なので持ってきて下さると助かります」
「分かった」
それだけの会話だ。
世間話をする隙も無く、旦那さんは厨房へと入って行った。
アテナはそれを横目で見ながら自分も自室へと引き上げる事にした。
今日中に仕上げなければいけないのだから時間を無駄に出来ない。
部屋へ戻って彼女がすべき事は幾つかあるが、その中でも一番大変なのは作業場所を確保する事だろう。
依然述べたように彼女の部屋には場違いなほど大きなベッドが置かれているのだ。
普通ならば退かす事のできないベッドだが、魔法使いでもあるアテナには然程難しい事ではない。
浮遊の魔法でベッドを慎重に宙に浮かせ、素早くポシェットに押し込む。
それだけの簡単な作業だ。
ただし細かな魔法操作が必要とはなるが慣れてくれば問題ではない。
「よしっと。後は依頼通りの品を創り上げるだけ、だよね」
ベッドを締まった事で広く感じる室内の床の座り込み、アテナは難しそうな表情で依頼書を眺めていた。
何処も可笑しいところはないが、しいて言うなら「何故市販品では駄目なのか」と言う事だろうか。
普通の魔法使いが作る品と魔道具店で売っている品との違いはほぼ無い。
多少の能力の違いは出てくるだろうが、余程危険な事をしようとしない限りは変わりは無いのだ。
「依頼にあるのは幸運のお守りだからなぁ。私が頑張ったって市販品との違いなんて滅多に出来ないんだけど」
「幸運のお守り」とは、その名の通りに少しだけ運が良くなる魔道具だ。
持っていると攻撃を受けにくくなったり、魔物を倒した際に出る『贈り物』の質が良くなったりする。
それ以上の幸運を期待するのなら「神の護符」と言う魔道具になるのだが、作り手が少なく希少価値も高い。
今では作っている職人の数は数えるほどしか居らず、その多くは国によって保護されている。
強力な魔物が出ると言う地域に出稼ぎに行く冒険者や商人以外にはそれほど需要は無いはずだ。
だから依頼人も「幸運のお守り」を注文してきたのだろう。
…何故かアテナを指名して。
「良く分かんないけど、依頼は依頼だもんね。…とりあえずは普通よりもちょっとだけ質を落としたほうがいいのかな? そしたら金じゃなくて銀を使って…」
アテナは独り言を呟きながらも製作に入る。
本来であれば基礎となる鉱石を「金」から「銀」へと下げる。
銀を空中で溶かして液体まで戻し、しばらくは熱したまま宙に浮かせておく。
続いてポシェットから取り出したのは「幸せのクローバー」。
四つの葉からなる金色の植物で少々値は張るが道具店にも普通に売っている物だ。
同じようにポシェットから取り出した薬品瓶の中に「幸せのクローバ」を放り込むと風魔法で丁寧に粉砕していく。
液状になるまで切り刻んでから風魔法を止め、先ほどの銀と同じく宙に浮かせておく。
「う~ん。あんまり品質を落としすぎても駄目だから、後は魔石で調節するしかないかな。…っと。この間倒したウルフのでいいかな?」
小さな魔石を二つ。
先日のウルフ退治による『贈り物』だ。
それらを溶かしておいた銀の中に投げ込み、ゆっくりと魔力が外に流れ出さないように注意しながら溶かす。
その間に切り刻んでおいたクローバーに「黄金の蜂蜜酒」を少量振りかけておく。
外国から伝わった貴重な酒なのだが、実際に飲んでみた事はない。
飲酒用ではなく魔道具作成用の材料なので、どんなに芳しい香りがしても飲んでみる事は出来ない。
完全に銀と魔石が混ざり合ったところでクローバーを少しずつ流し込んでいく。
一気に流し込むと変な塊が出来てしまう事があるので注意が必要だ。
何度か掻き混ぜてクローバーが混合したところで、銀が反応を起こして金色になるまで時間をかけて魔力を注ぎ込んでいく。
魔力は注ぎすぎると器である銀までも破壊してしまうので慎重に。
込めている魔力の量に気を使いながらも手早く形を作っていかなければいけない。
銀が冷えるまでのわずかな時間で依頼書にある形に形成していく。
魔力を使っての形成になるので魔法使いとしての技量が試される緊張の一瞬だ。
依頼書にあった指定の形は「ハート」。
用紙の隅に詳細な図も書かれていたので出来るだけ沿うように形を練り上げていく。
魔力を注ぎ込める適量になる前に形を決定しなければいけないのだ。
自然とアテナの額に汗の球が浮かぶ。
「…ふぃーッ! 終わりっと」
額に浮かんだ汗を拭いながら息を漏らすアテナの手には、彼女の魔力によって色を変えた「幸運のお守り」が握られている。
だらりと床の上に寝そべりながらアテナは今出来上がったばかりの作品に欠陥が無いかを入念に調べ上げる。
自分で使う物なら適当でも構わないが、お金を貰う仕事である以上は万全にしなくてはいけない。
「うんうん。品質は下がっているし、大きな問題は無いね」
完成した作品に不備が無い事を確認すると、今度は大きく安堵の溜息が漏れる。
仕事をした後の達成感と言うのは、どうしてもこうも気持ちいいのだろうか。
仕事を終えてだらけきっているアテナの部屋にノックの音が響く。
控えめでありながらも力が入りすぎているノックの音に小さく笑みが零れた。
ノックの音だけで誰が来たのかが分かるようになった自分に少しだけ驚きながらも立ち上がって扉を開ける。
そこには予想通りの人物が仏頂面で立っていた。
「おじさん」
「ん。昼飯持ってきた」
「ありがとうございます! わぁ! 生姜焼きだぁ!!」
「…後、これ。作りすぎたから」
お盆に載せられた昼食に頬を綻ばせているアテナに旦那さんはぶっきら棒に可愛らしい袋を差し出した。
中身は何かと問いただす前にアテナは噴き出してしまった。
だって、そうだろう?
ガタイの良いおっさんが可愛らしい兎の描かれた袋を持っているのだから。
「……」
「すっ、すいまっ、せんッ!!」
笑いを堪えながらも謝ったのだが逆効果だったようだ。
眉間に皺を寄せて黙っている旦那さんに頭を下げて謝ってから袋の中身をようやく聞く事が出来た。
「チョコクッキーだ。確か好きだっただろう?」
「はい! 大好きです。ありがとうございます! 昼食の後に頂きます」
「ん。じゃあ」
「はい。あ、夕食もお願いしますね」
アテナの言葉に旦那さんは手を上げる事で答えた。
階下に消えていく広い背中を見送ってからアテナは自室に鍵を閉めた。
旦那さんが営む宿屋なので変な人は居ないが、ちょっと色々と可笑しい人は多いので用心が必要だ。
現にアテナは何度か危険な目にあっている。
いや命の危機と言うわけではないのだが、ある意味では命の危機だろう。
女としての、だが。
あれは何時の事だっただろうか。
アテナは疲れていた事もあってか。
部屋に戻るなり倒れるようにして寝てしまった。
…部屋の鍵をかけずに、だ。
翌朝まで彼女自身に危険は無かったのだが、部屋には危険が置かれていた。
真っ赤なトレーに乗せられた可愛らしい少女の人形。
部屋の主であるアテナに似せて作られた人形には大量の針が刺され、その身体には白濁した液体が撒き散らされていたのだ。
幸い大きな被害になる前に犯人は捕まったのだが、それでも恐ろしい事は恐ろしい。
それ以来、アテナは部屋の鍵をかけるようになり、更には魔法で封をするようにまでなった。
色々な危険があるのだと知る事の出来た事件ではある。
「うんっ! おいしい!」
まぁ、食欲に重きを置くアテナには然したる問題ではなかったようだ。
あの事件の後も旦那さんに甘いお菓子を渡されて機嫌を直し、何が怖かったのかも忘れかけていたくらいなのだから。