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依頼:薬草採取



 「おはようございます!」


 「おう。今日も元気だな、アテナ。おはよう」



 元気良く挨拶をするアテナに真っ先に反応を返してくれたのは、ギルド一階に設置されている酒場の店主だ。

 艶やかな黒髪を一つでまとめ、頭には三角巾を被っている。

 大きく張り出した見事な胸は街中の年頃の乙女や男共の視線の的だ。

 そして忌み嫌われているアテナを早い段階で受け入れてくれた人物でもある。



 「はい! ルイさんもおはようございます」


 「今日も元気で大変宜しい。依頼を受けるんなら早く行った方が良いと思うよ。昨夜の内に王都の奴等が街に来てるからね。面倒事に関わりたくないなら急ぎな」


 「はい。分かりました」



 店主の忠告に頭を下げながらアテナは急ぎ足でギルドの受付カウンターを目指した。

 朝早くからの出勤と言う事もあってか。

 半分寝ているかのような女性がカウンターに座っている。



 「おはようございます」


 「……ああ、うん」


 「薬草採取の依頼を受けます。えっと」


 「カード、貸して。……はい。受理終わり。じゃあね」


 「は、はい。ありがとうございましたッ」



 適当な言葉とは裏腹にアテナに向ける視線は冷たい。

 隠すことなく晒されている髪色が特に気に食わないようだ。

 それでも受付嬢としての仕事はしてくれるのだからアテナとしては有難い限りだ。

 することが終わったので慌てて頭を下げながら外に出る。


 ギルドカードを丁寧に四次元ポシェットに仕舞い込む。

 冒険者銀行のカードも兼用しているので無くしたら大惨事だ。

 それ以外にもギルドカードには様々な機能が付いている。


 先ほど述べたギルドメンバーである事を証明する証であり、冒険者専用の銀行のカードも兼ねている。

 また冒険者自身のレベルを示す事も出来るようになっている。

 その人の大まかな実力を0~の数字で表示できる。

 これは本人が表示したくなければ隠す事もできる任意表示の機能だ。

 仕事の都合上。どうしても見た目で舐められてしまう場合などに使用する事が主だろうか。

 

 初心冒険者は図鑑として使う場合も多い。

 報告によって随時追加されていく図鑑で、採取に必要な物の見た目や効能、狩るべき獲物の生息地や攻撃方法等が細かに記載されている。

 しかし、気をつけて欲しい。

 図鑑を使うには多少の魔力を消費する。

 見続ける時間にもよるが、いざと言う時に「魔力切れで死んでしまった」などと言う事にならないように気をつけるべきだ。


 さて。ギルドカードの説明はこの程度にしておこうか。

 アテナは足早に街を出て近場の森に向かっているようだ。

 向かう先は「躊躇いの森」。

 冒険者になりたての新米が最初に目指す場所であり、彼等が生まれて初めて魔物を殺す場所でもある。

 初めて生き物を殺す事に躊躇いを覚える冒険者は多い。

 だからこそ此処は「躊躇いの森」と呼ばれているのだ。



 「私も最初の頃は苦労したなぁ」



 足を止めずに小さくアテナは呟く。

 その視線の先には震えながらも剣を構え、汚らしい唾液を垂れ流すグレムリンが居る。

 「小さな子鬼」と称される彼等は単体で行動する事が多く、冒険者として初めて討伐する事になる魔物だ。

 剣戟に弱く、魔法でも倒せない事はない。

 余程の弱者で無い限りは村人数人でも倒す事ができる。


 アテナの目の前では、腰が抜けそうになりながらも背後に居る仲間を守ろうと剣を構えている少年の姿がある。

 そして少年に勇気付けられて少しずつ気力を立て直している仲間が。

 …アテナには喉から手が出るほど欲しい仲間の姿だ。

 互いを助け合い、時には対立し、それでも仲間だと胸を張って言える存在なのだろう。

 彼等の瞳には「諦め」の色は見られない。

 彼女が手を貸すまでも無いだろう。



 「羨ましいけど…私にも居場所が出来たんだし…高望みは駄目、だよね」



 寂しそうな少女の呟きに答える物など居はしない。



  ◆  ◆  ◆  ◆



 振り上げて、振り下ろす。

 ただそれだけを繰り返すこと数度。

 アテナは疲れた表情で周りを見渡した。



 「これ、全部かぁ」



 小さな少女を4体のウルフが囲っている。

 げんなりした顔を崩しもせず、アテナは一度だけ悲しそうに目を細めた。


 彼女がこうなる原因を作ったのは見知った顔ぶれのチームだった。

 冒険者は何人かで集まってチームを作ることが普通だ。

 あの街で活動する冒険者のほとんどはチームで行動を共にしているが、アテナを目の敵にするように敵意をぶつけてくるのは少ない。

 大抵の人間は幼い彼女に同情や憐憫といった感情を抱くため、直接的な行動に出る者はほとんどいない。


 しかし、彼等だけは違う。

 ボイルと言う剣闘士率いるチームの連中はアテナを見かけるたびに嫌がらせを繰り返すのだ。

 街中で会った時には罵倒を浴びせられ、ひどい時には暴力を振るわれそうにまでなる。

 幸いな事に彼等のレベルが低いためにアテナが怪我を負う事は無いが。


 それでも今回のように魔物をけしかけられる事は多い。

 出来るだけ早い時間に出てきてはいるのだが、どういう訳か彼等のチームも仕事を始める時間が早いのだ。



 「まぁ、どうでもいいか。うん」



 アテナはそう考える。

 街から追い出される事はないのだし問題は無い。

 近場の狩場から離れる事はないから数に物を言わせて追いかけてくる魔物から逃げる事は難しくも無いのだ。

 レベルを上げておいて本当に良かったと思っている。

 彼女自身、罵倒や暴力に慣れ過ぎているせいで感覚が麻痺してしまっているのだろう。

 何をされても何も感じない代わりに、自分から他人に何かを感じる事がひどく少なくなってしまった。



 「切り替えは、大事だよねッ!!」



 背に担いでいた大剣を構えることも無く振りかぶる。

 舌なめずりを繰り返していたウルフに大剣を真上から叩きつける。

 とりあえずは囲いから出たいので威力にはこだわらない。


 叩きつけると同時に他のウルフ達が少女から距離を取る。

 グルル…と低い唸り声と共に牙を見せて威嚇している。

 転がりながら囲いから開放されたアテナは素早く体勢を立て直した。

 剣を下方に構え、陣形を取り始めるウルフ達を見つめる。


 前に2匹、その後ろに視線を左右に彷徨わせているウルフが2匹。

 同じように左右を確認していたアテナは気付く事ができた。

 奥に居る2匹が視界を錯乱させるか。もしくは彼等が左右から死角を攻めて来るか。

 どちらにしてもウルフ達の考えは無意味だ。

 彼等には地の利があるだろうが、アテナには魔法がある。

 剣を構えているからと言って魔法を使えないわけではないのだ。



 「馬鹿正直に付き合う必要は無いよね? うん。ちょっと可哀想だけど仕方ないよね…」



 依頼とは関係の無い魔物の命は奪いたくないのだが、緊急状況だから諦めるしかないだろう。

 アテナは切なげな溜息と言葉として理解できない呪文を口にする。

 本当は簡略化した呪文もあるし、少女ほどの魔力と熟練度があれば無詠唱で魔法を行使できるのだが…。

 細かな制御を行うには呪文を詠唱しないと(アテナの場合は)失敗してしまうのだ。



 「『燃えろ』」



 アテナの言葉と共にウルフ達の身体が燃え上がる炎に包まれていく。

 彼等が草に身をこすり付けて火の粉を振り払う間もなく、哀れな魔物達は光の粒へと分解されてしまった。

 後に残された小さな宝石と小袋を手にアテナは目的の薬草を探しに場所を移した。


 ここで補足しておこうか。

 この世界には魔物と呼ばれる生き物が生息している。

 彼等は時には人の言葉を理解し、共に共存する事を望む場合がある。

 だが、多くの場合は本能的に動く生き物だということを覚えておいて欲しい。


 魔物に一定以上のダメージを与えると、その姿は光の粒へと分解され、後に残されるのは『贈り物』と呼ばれる物である。

 『贈り物』は魔物の種類によって様々であり、同じ魔物を2体倒したとしても同じ物が残されるとは限らない。

 唯一全ての魔物の『贈り物』として共通なのは『魔石』と呼ばれる宝石である。

 それ自体に強い魔力を秘めている石で、魔道具を作る際には必ず必要となる物だ。

 冒険者であれば使う必要の無い魔石は売りに出すのだが、これがまた良い値段で売れる。

 アテナのように魔法を使えるものであれば、ある程度貯めて置いた魔石を拳大の魔石に固めなおして売りに出す。

 こうすれば普通に売るよりも高い値段で売れるのだ。


 魔物を倒す事に抵抗のある者は少なくない。

 だが、本当に魔物を殺しているわけではないのだ。

 …消えるまでの苦痛は本物だけど。


 魔物を作り出した所謂『神様』と言われている存在が居る。

 神様は人間の用意した祭壇が安置されて居る場所(つまりは神殿の事)に100年に一回姿を現すと言われている。

 少女はまだ見たことが無いが、実際に目にする事は可能らしい。

 まぁ、その話は置いておこう。

 つまり神様は本当に居るのだ。それが良き神かは知らないが。


 神様は人間に課す試練として魔物を創造した。

 けれど生き物を必要以上に殺す事に昔の人々は戸惑ったと言う。

 そこで神様は考えて言われた。


 『魔物を殺す事はない。気絶寸前まで追いやられた魔物は全て我が元へと還って来るのだ。…そうだ。良い事を思いついたぞ。人間達よ。主等が倒した魔物の代わりに我から良い物を届けてやろう』


 神様は大層楽しそうに笑っていたという話だ。

 誰でもがそんな話を信じ込み、冒険者へと身を転じていく。

 それは今でも変わらない。

 己の力だけで生活していける冒険者という職業は脳筋達にとって啓示にも等しい仕事だったのだ。


 魔物を狩る事によって生活は安定し、全体的な生活水準もぐんと上がった。

 それもそのはずだ。

 今まで居なかった魔物が素晴らしい『贈り物』をしてくれるのだから。



  ◆  ◆  ◆  ◆



 小さな花園。

 そう言った表現が良く似合う場所だ。

 森の中でありながら日差しが差し込んでいるおかげで明るく、木々の間から漏れる太陽光のおかげで花々が咲き誇っている。

 色とりどりの花が咲き誇る中でアテナはその場にしゃがみ込んだ。


 よくよく見なければ見逃してしまうような小さな植物だ。

 緑色の双葉の上に水色の双葉がついている。

 これが『薬草』である。


 薬草を根元から引き抜き、丁寧に土を払っていく。

 本来は適度な長さで手折っても依頼は成功となるのだが、鮮度がよければ依頼達成料金が少しだけ増える。

 アテナも最初は気付かなかったが、根っこから引き抜けば鮮度が長持ちするようだ。

 依頼では20本とあったが、自分で使う用も含めて40本持って帰る事に。



 「うん。今日もいい天気だねー」



 薬草を採り終えた達成感と木漏れ日から感じる温かさ。

 その両方のおかげでアテナの瞼も重たくなってくる。

 軽く頬を叩き、今日は帰ろうと立ち上がる。


 のんびりとした日差しと静かな森。

 街の中も好きだが、こうした雰囲気もアテナは大好きだ。

 誰からも疎まれる事がないから…。


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