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プロローグ


 ウサギ、イヌ、カメ…。

 可愛らしい人形で溢れかえった狭い室内。

 その中でも一際異彩を放つのが大きなベッドだ。

 天蓋付きの薄桃色のベッドが部屋の大半を占めている。

 そのベッドの中で上半身を起こしている少女がこの物語の主人公である。



 「……おはよう…くーちゃん」



 アテナはウサギの人形におでこを押し付けながら言う。

 ぼんやりとした表情で人形を脇へ追いやるとベッドから滑り降りた。


 薄いネグリジェの隙間から見える素肌は健康的な白。

 少女らしい丸い腹部をさすりながらアテナは服を着替えるために箪笥を開けた。

 中は全て同じ服が色違いで揃えられ、下着に関しても同様に色違いだけのようだ。


 気分に合わせて取り出した服を着付け、大きなあくびを一つ。

 ベッド脇に置かれた机の上にあるバスケットからパンを取って口に咥えた。

 硬い食感と舌に感じたわずかな塩味が堪らない。

 噛めば噛むほど味が染み出てくるようだ。


 服を着付け終われば次の準備だ。

 腰に付けたベルトに小型ナイフと魔法瓶を幾つか。

 ナイフには毒が仕込んであるし、もう一つの方は肉をさばく時ようだ。


 魔法瓶には様々な種類があるが、アテナが好んで使っているのは麻痺瓶だ。

 標的に当てればそれだけで攻撃チャンスが増える便利なアイテムだ。

 薬局に行けば庶民でも十分手の届く範囲の値段で販売されているが、買っていくのはもっぱら冒険者や狩人ばかり。

 売り上げ的には助かるのだが、普通に薬を買いに来た客が驚いて引き返してしまうのが店的には悩みの種だとか。


 アテナは手短な場所に置いておいた携帯食を市販の四次元ポシェットにしまう。

 持ち主を性格に記憶しておくことができ、その人の魔力保留量に応じて入れておける量が増えると言う冒険者の強い味方だ。

 平均的な魔法使いであれば机やベッド、衣装箪笥から冷蔵庫まで収納出来るらしい。

 平均を大きく超える魔力を内蔵しているアテナは小さな家一件程度なら四次元ポシェットに締まって置く事ができる。

 まぁ、そこまでする必要は無いのだが。


 分厚い皮を何重にも重ねて作られた冒険者用の靴に足を入れる。

 冒険者御用達の防具店で販売されている女性剣士用の靴。

 動きやすさと防御面、通気性を考えて作られた見た目に反して軽い靴だ。

 膝小僧の少し下まである程度のブーツに似た靴ではあるが、普通の品とは違う点が幾つか見て取れる。


 まずはブーツに備え付けられているポケットだろうか。

 人差し指程度の薬品瓶であれば5本は収納しておける。

 また、冒険者であれば暗器やナイフ等を締まっておけるだろう。


 もう一つだけ上げるとすれば、その頑丈さであろうか。

 皮で作られていながら刃物を一切通さない。

 それなのに軽くて通気性も良いのだ。


 アテナ達女性冒険者達の強い味方であるブーツを履き終えると、ドアの前に掛けられていた剣を手に取った。

 150センチ程度の身長しかないアテナの半分ほどもある大剣だ。

 幼い身体には似つかわしくない大剣ではあるが、彼女はそれを軽々と担ぎ上げる。

 そのまま背中に背負っている布袋に大剣を納めると玄関を後にした。



  ◆  ◆  ◆  ◆



 アテナは大通りで適当に朝食代わりになる物を買う。

 買う際にはいつものように罵倒や嫌悪感を混ぜ込んだ陰湿な視線を向けられたが、アテナは小さく頭を振ってその場を後にする。



 「いつもの、こと…なんだから…慣れなくちゃ、駄目ッ」



 込み上げて来る熱いものを唇を噛み締める事で我慢する。

 何度も何度も自分に言い聞かせるようにして同じ言葉を繰り返す。



 「大丈夫。大丈夫なんだから。ちゃんと、お金さえ払えば売ってくれるんだから…」



 大丈夫、大丈夫。

 そう繰り返す彼女を通りを歩く人々は異質な物を見るかのように避けて通る。

 わざと肩をぶつけてくる男や、これ見よがしに悪口を浴びせる主婦達。

 道端にうずくまる浮浪者ですらアテナを見ると場所を移動するかのように動き出す。


 白に近い白銀の髪。薄桃色の瞳。

 アテナは自分の両親達から何一つ受け継ぐ事ができなかった出来損ないなのだ。

 村でも迫害を受け、加護を与えてくれるはずの両親からも見放され。

 何処にも居場所が無かった彼女は冒険者と言う荒くれ者達の集まるギルドに身を寄せた。

 誰にでも門を開いているギルドでさえ、気味の悪い髪と瞳を持つ少女を受け入れるのには時間が掛かった。


 それと言うのも。

 白い髪と紅の瞳を持つ者は災厄を呼び寄せる存在として畏怖されているのだ。

 別に彼等が何かをしたわけで無い。

 単に髪色や瞳の色が両親に似なかっただけ。

 たまたま彼等の生まれた年に飢饉が起こってしまっただけ。

 彼等が何かしたわけではないが、人間と言うのは脆弱な生き物だ。

 己と違う者を受け入れるには器が小さすぎるのだろう。


 それでも少女はこの街が好きだと胸を張って言える。

 お金を払えば物が買え、道を歩いていても暴力を振るわれる事はない。

 冒険者仲間の多くは異質な自分を受け入れようとしてくれる。

 少女にはそれだけで十分幸せだと感じられる。


 誰もが少女に悪意を持っているわけではない。

 初めて宿にも泊まる事ができたし、今では小さいけれど部屋を借りる事さえ出来ている。

 食事だって頼めば部屋まで持ってきてくれるのだ。

 …本当は食堂で食べたいけど、さすがに断られてしまった。



 「大丈夫。大丈夫。……よしっ!」



 小さく息を吸い込んで気分を切り替える。

 毎日行われている買い物には悪意がつき物なんだし、この程度でへこたれていては冒険者業はやっていけない。

 迷いのある殺意で殺された獲物達にも申し訳が立たない。

 何より。親身なってくれるギルドの仲間に心配を掛けてしまう。

 アテナは元気良く顔を上げると冒険者ギルドの扉を開けた。



 「おはようございます!!」



 さぁ、今日も新しい一日が始まる。


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