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Prologue:03:村島さんの事情―愛に縋って溺れて堕ちていきたいの


 漫画のように口を開けて、ポカーンとした表情で固まっているさまを見ると、どうしても可愛く見えてしまうのは私だけじゃないはずだ。クスクス笑いながら花島の鼻を摘まめば、ようやく我に返り無意味に視線を右へ左へ。


「え、お前俺のこと好きだったの? てか、いや、何言ってんだよお前!」

「だって、そう言わないと、ただ仲間になるって言っても信用ないでしょ。それに、これから二人になる機会が多くなるんだから、まず意識して貰わないと困るし」

「確かにそう言われると…………ってなんねえよ!」

 そういうもんか? 俺が知らねえだけでそういうパターンって普通だったりすんの?


 いやいやいやいや、と首を振る姿は惚れた欲目なくてもキュンと来る。ポンポンと背中を叩けば、丸くなったまま上目遣いでこちらを見てくる。


「……俺と一緒にいたら、お前も嫌われるぞ」

「だろうねえ。でも、私って元々嫌われるほうだし」

「……共犯だって疑われるかもしんねえ」

「証拠がないんだから噂で終わるよ。どうでもいい相手からどう思われようと気にしないから」

「……お前の親友が敵にまわるかもしれねえ」

「所詮どれだけの相手だったってことでしょ」

「……そんなことしても、好きになる可能性なんて100パーじゃねえんだぞ」

「知ってる。一緒にいてやるから惚れろだなんて、馬鹿馬鹿しいほどがある」

「………………」

「…………で、他は?」

「もうない」

「そう」


 もう一度牛乳を飲んだ。時間が経つのは早い、もうぬるくなっている。

 二人しかいないため、すぐに沈黙する。でも、もう私に話すことはないし、今は一緒にいたいかどうかを花島が決める時だ。

 でも、きっと、いや、絶対、人に囲まれてた花島は、孤独に耐えられない。


「――なあ、村島」

「ん?」

「後悔しないなら、俺、村島と一緒にいたい」

「自分から提案してるんだから、後悔するわけないでしょ」


 そもそも、あの時花島を放っておいたことに罪悪感はないが、後悔はしている。人気者だったから今気持ちを自覚して、周りに人がいないから丁度いい。人が近寄らないなら嫉妬することもそうそうないし。……九重那智については、仕方ないかもしれないけど。


 溜息がついてきそうな声音に、何を勘違いしたか花島はビクッと体を揺らす。その内、昔話をするかのようにポツリポツリと話し出した。


「……俺、なんであんなことしたんだろう。やったって証拠もあるし、目撃証言もあるのに、やった覚えは全然ないし。そもそも嫉妬に狂ってそんなことするほど、俺、九重さんのこと好きだったのかも、もう分かんなくなってきた……明日学校行ったら机の上に花瓶置かれてたりすんのかな…………」

「その場合は利用すればいいわよ、写真取って教育委員会へ。信用できないならネット上に流せばいいわ。人の噂とか情報より怖いものってないしね」

「堂々としすぎてるだろ」


 飲み終わった牛乳のパックをビニール袋に入れる。二本目を取り出せばまた驚いてポカーンとしだす。三本目を取り出して飲むかと問えば、驚きの表情のまま、いいと首を横に振った。


「花島ぁ」

「ん?」

「アンタ、まだ九重さんのこと好き?」

「…………うん」

「そっか」


 分かってたことだから、ショックはない。しかし、あの悪女もいい加減にしないと、嫉妬に狂った女どもが出てくるぞ。人は怒れば年齢関係なしに平気で人殺せるよ。怖い怖い。とはいえそんな激情を私も持っているわけだけど。ちょっと復讐してもいいよね。いや、復讐じゃなくて悪戯にすればいいね。うん。


「ま、花島も此処で号泣するのはいいけど、夜中はやめなよね。妖怪じゃあるまいし」

「……なんだよ、怖いんだ?」

「アンタなんか朝からメリーさんの電話が来て学校でトイレの花子さんとおままごとして夜の海でネッシーに喰われればいいのに」

「どう反応していいか分からん」


 怖がればいいのか怒ればいいのか笑えばいいのか、微妙な顔で微妙なツッコみをすると、花島はその場で立ち上がる。夏に近くなったとはいえ、まだ五月。夜の風は冷たく、冷えたのか腕をさする。


「村島、お前もう帰ろうぜ。流石にこんな暗くなるまで外にいたら、親御さん心配するだろ? 村島の両親って過保護そうだし。送るからさ」

「は? アンタの送りとかいらないし。カッコつけたくても、私だったら変質者でもゴジラでも花島でも撃退するし」

「なんでそこに俺が並ぶんだよッ!」


 変質者並みに変態だと言いたいのか、それともゴジラ並みに何かしそうだと言いたいのか。私の願いでは中間を取った送り狼になっても大歓迎なんだけどね。撃退して押し倒すけど…………犯罪なんてしないし。


 じゃあね、と一方的に言って返事が返ってくる前にスタスタと歩いてその場を離れる。本当は送ってもらってもよかったんだけど、どうみてもあの表情はまだ吹っ切れてない。無理に笑っているのがバレバレの状態で人の傍にいるのは、少し考えれば心の負担になることが分かる。きっと、私が去った後でまた少し泣いてから帰るんだろう。一時間後くらいに家から抜け出して慰めに行ってあげてもいいけど、今日は放っておくのが仏心というものだ。私に仏心があるのか、聊か――かなり疑問だが。


 人通りの少ない夜の道は静かだった。それが嵐の前の静けさだと言わんばかりに。


※※※


 一週間かけて見たので、そろそろ終わったのかと思えば、番外編かオマケ感覚なのか、今日もナチが私の夢に映し出された。どうしてそう思ったのかと言われれば、そこにいつもみたいな日常風景があったわけじゃなかったから。


 ナチは、どこか暗い空間に、一糸まとわぬ姿でしゃがみ込んでいた。膝をかかえ丸まっているナチは、泣いているが故に周りが見えず、ナチ視点の夢物語では、だから背景が捉えられないのかと思ったが、その推測が合っているかどうかは分からない。誰も、ナチも、教えてくれないから。


 マーカーで塗りつぶされたように見えない背景の中、ナチの涙がキラリと光って見えた。よく見れば、腕にはイジメの跡なのか小さな傷がある。見るからに痛痛しいものだ。


 不意に、ナチが顔を上げた。真っ赤に晴れた目元は、まるで私のことが見えているかのように、そう、目が合った気がした。何を考えているのか、何も考えていないのか、その潤んだ目は〝私〟の方から離れてくれない。


 いつもとは違う展開に、その目に、その空間ではないはずの心臓がドクリと音を立てた。そして、その目に哀愁を纏わせ、彼女は震える声を出す。


※※※


 どうして、わたしがこんな目に合わなきゃいけなかったの?

 どうして、わたしは最後まで報われなかったの?

 どうして、わたしの父親はいないの?

 どうして、そのことの所為で私の性格は暗くなってしまったの?


 報われない、報われない。わたしより不幸な人はいるかもしれないけど、わたしはこのままで終わりたくない。惨めなままなんて我慢できない。


 最後まで娘として可愛がってくれた母親よりも、会った事が無くわたしをどう思っていたか分からない父親よりも、偽善で苛めてきた彼女に隠れて手を差し伸べて来てくれたあの教師よりも、笑いかけてくれた彼よりも。


 もっともっと、無償の愛を、貪欲で深い、絶対に裏切らない愛がほしい。

 わたしは、愛されるべきだ。だって今まで不幸だったんだから、今度は幸福が迎えに来てもいいはず。だって、そうでしょう?


 わたしは、愛される存在であるべきなんだ。


※※※


 響いた、縋りつくような声音に、朝日を浴びた私はそうだね、と肯定することしかできなかった。



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