Prologue:02:村島さんの事情―恋愛感情だったり
ナチが過度の苛めに精神を病まず、愛しの家庭教師に会うまでどうしていたかと言うと、自分がハマった恋愛シミュレーションゲームで適度に癒されていたからである。
元々物語が好きで、漫画は勿論小説の文学からミステリー、恋愛にSFまで片っ端から読んでいた彼女が所謂オタクと称されるまでになったのは、ハマった漫画の中の一つが本来ゲームとして売られていることを知ったのが切っ掛けだった。
その本を大層気に入っていたナチが、すぐさま溜まる一方だったお小遣いでゲームを買って始めると、見事ナチの好みのど真ん中。続編まで買ってしまうところも夢物語では見ることが出来た。
『La Folia-枯れた花のさき-』
それが、件のゲームの名前だ。
攻略対象は、確か六人。犬気質な生徒会長、優等生な図書委員、世話好きな幼馴染、クールなクラスメイト、癒し系の後輩、俺様な先輩。
物語は、突然幼馴染の胸に黒い花が見えるようになったヒロインが、謎の人物にそれが未来の恋人候補なのだと教えられ、入学した高校で黒い花のある人物に接触していき、真実の愛を得るというもの。
システムとしては、攻略対象がそれぞれ何か暗い過去やら、表に出せない秘めた思いやらがあるため、それを克服していく内に黒い花がどんどん枯れていき、同時に桃色の新しい花を満開に咲かせてハッピーエンド。花イコール好感度だと思えば分かりやすいだろう。
そして、何故私がこの話をしたのかというと、目の前で号泣している情けなくも可愛い花島亮介が悪役になるというものも、その乙女ゲームが関係あるからだ。
驚くことは纏めて知らせようと思う。
ここは乙女ゲーム『La Folia-枯れた花のさき-』の世界で、
ヒロインの九重那智は隣のクラスの生徒で、
今日、恋敵の排除と称して攻略対象の一人をカンニングの罪に着せようとした、という濡れ衣を着せられた悪役が、このえぐえぐ泣いているこの花島亮介である。
乙女ゲームの世界と言っても、大体は現実と変わりない。ヒロインである九重那智や攻略対象たちに都合のいい世界になっているとしても、一般生徒には迷惑のかからない程度になっている、――――はずだった。
花島亮介は、お調子者でクラスの人気者だった。成績はあまりいいとは思ないようなものだったが、太陽のような明るい性格で顔もよく、男子ウケもよかった。
でもそれは、全部過去の話だ。
私は見たのだ。
花島亮介がその攻略対象をカンニングに陥れたとされるその証拠は、その攻略対象が忘れて言った筆箱からシャーペンを出し中にカンニングペーパーを忍び込ませるもので、その現場を私は見たのだ。
しっかり、見ていた。
その時の彼の目が、まるで意識がなく操り人形のように生気がなかったことも。フラフラと教室から出た後、何かから目が覚めたように「俺、此処で何してたんだ?」と不思議そうに首を傾げていたことも。
私は知っているのだ。
知っていて証言しなかったのかと言われればそうである。だって面倒事に関わりたくないし、そもそも信じてもらえるわけがない。ナチの夢物語があるお陰で、それがどういうことなのか私なら分かるが、真剣な顔で誰かに話してもただ笑いものにされるだけだ。第一、顔がよかろうが性格がよかろうが、私は花島亮介という人間に興味すら持ってなかったのだから。
乙女ゲームの世界に転生しました。だから?
ヒロインが性格の悪い逆ハー狙いでした。だから?
無実の罪を着せられた人がいます。だから?
モブから成り上がるための知識があります。だから?
攻略対象が悪女に騙され、優しい人たちが犠牲になっています。だから九重那智から男を奪いましょう! って? 馬鹿馬鹿しい!
犠牲になった人は仲が良かったわけじゃないし、攻略対象に興味があるわけじゃないし、親友が好きな人を取られて泣いているわけじゃないし、この状況を回避しなければ死ぬ危険性があるわけじゃないし。
どうして理由もないのにわざわざ死亡フラグを立たせなければいけないの?
だけど、もう、違う。他の人気者を敵にまわして悪役になった彼に、ゲームでは名前すら与えられなかった私は惚れしまった。単に顔がいいとかそういうわけじゃなくて、今この場所で自覚してしまっただけで、思えば、切っ掛けはたくさんあったのだ。
毒舌が故に友達が少ないほうである私に、気軽に笑いかけてくれたことがあったとか。嫌がりながらも勉強を頑張る姿とか。文化祭の時に買い出しになった私と友人に、女二人じゃ持てないんじゃないかって、自分の担当をサボってまでついてきた事があったとか。他の人気者がまわりにいて自身がないのに、一生懸命惚れた九重那智にアピールしていたこととか。
そう、それこそ、学校じゃ強がっていたくせに、誰にも見つからないこんなところで泣いているところも。家族がいる家を泣き場所にしないところとかも。
仕方ないじゃないか、惚れてしまうのは。
罪を着せたゲームのシステムに対して、カンニングのことがばれた瞬間彼を突き放したヒロインに対して、これほどにない怒りを感じてしまうのは。
だから。
驚いている彼に暴言を浴びせながらも、前に落ち込んでいた時に彼が私にしたように、髪がぐしゃぐしゃになるほど強くその頭を撫でた。
「! え、なに、」
「ねーえ、聞いてるんだけど。もしかして、一人寂しく泣いているアンタって、私のこと忘れている? 花島のくせに生意気だね」
「…………なんなんだよ、お前」
問いには答えず返事だけする花島。結局私のこと覚えているかどうか分からない。
「お前じゃなくて村島なんだけど、何、本当に覚えてなかったの?」
「いや、覚えてるけどさ、……此処に何しに来たんだよ。お前も俺のこと嗤いにきたのかよ」
ん? どうやら花島は、私がいつもの調子で言った軽口に、本気で落ち込んでいるようだった。生意気っていうのが見下されているように感じたらしい。
ムカつくからどうでもいいけどねッ!!
唸れ私の右腕、【愛の鞭】!
「ちょ、何すんだよ!?」
「今のアンタ、すっごいウザい。頷いてほしかったわけ?」
「う、いや……」
「へたれが中途半端にやさぐれてもまったく効果ないから。漫画にしたらちょくちょくでしゃばる最初に殺されるキャラ並みに効果ないから」
「ほとんど効果ねえ!? てかその例えなら、村島は毎回結局主人公に倒される敵役になるぞ!?」
「違う! 最初は仲間と見せかけて途中で裏切る実は敵でしたキャラに決まってる!」
「どっちにしろ敵じゃねえか!」
泣いた直後に大声を出した所為で痛いのか、言い終わると喉を押さえる彼。いつもの調子に戻れば、一度溜息を吐き、少し睨むように私を見た。
「結局、何しに来たんだ? からかいに来たのか?」
「自意識過剰なアンタに教えてあげよう、またまた通りかかっただけだ」
「嘘だろ、この道ほとんど人通らねえよ。ここに来る道すら知らねえ人も多いし」
「それはいいけど牛乳飲んでいい? ぬるくなる」
「マイペースすぎる……!」
頭を押さえ俯き首を振る花島を見ると、どうしても嗜虐心がくすぐられる。もっと弄っちゃダメかな。
袋の中から牛乳を取り出して、ストローを出すのに悪戦苦闘すれば、花島が私の手からひったくってストローを出してくれた。ありがとう、口に出して言わないけど。
ちょっと牛乳を飲んでから一息つくと、改めて向き直る。
「ね、花島ぁ……」
「……なんだよ?」
「明日からアンタ、独りぼっちだね。もう軽蔑して誰も近寄ってこないよ」
「………………ああ、」
「カンニングの濡れ衣着せたってね、証拠もバッチリだとか」
「………………ああ、」
「九重那智に嫌われたね、表面上は笑顔だけど、態度と目が冷たくなったことくらい分かるでしょ?」
「………………ああ、」
「花島ぁ、花島くぅん、――――絶対に裏切らない仲間、ほしくない?」
「……いれば、な」
ニヤリと笑う。驚きに見開いた目には、微かな期待が籠っている。
応えてあげようじゃないか、その期待に縋りに。
「私さあ、――――アンタのこと、好きだよ。勿論、恋愛的な意味で」
「…………は?」
驚きが唖然に変わった。