Prologue:01:村島さんの事情―ナチとか花島
私こと村島は平凡な女子高生ではない。
そもそも変なところでリアリストな私は何が何でどうすれば平凡に慣れるのか分からない。どこにでもいるような顔をして、成績が良くも悪くもなく、陰気でも明るいというわけでもない人間が平凡というのだろうか? 全てが平凡で固まった人間はむしろ平凡というものではなくなり、ごく少数になるだろう。つまり私の考察として、平凡な人間はいないのだが、しかし先程述べた項目が合っているならば、私はある程度平凡な人間に属することとなる。
どこにでもいるような顔をしており、成績は良くも悪くもなく強いて言えば良いほう。陰気でも明るいというわけでもなく普通のテンションだ。
では何故平凡ではないか。理由は二つある。
一つ。どうしようもない夢物語を見続けていること。
「ないわー」
これはとある朝、明晰夢から目が覚めて早々に呟いた言葉である。
その明晰夢は一人の少女の物語。夢で見る物語だから、夢物語だと称した。
その少女の名前は分からない。呼びかけられている声を聞いても、どうしてか目が覚めると忘れてしまう。夢で知っても、すぐに記憶がなくなってしまうのだ。
少女――ためしに最近よく会う女の子の名前で、ナチとしよう。そのナチを取り巻く日常が夢物語であり、その夢物語は流石フィクションというべきか散々でしかし最高なものだった。続きが気になる、という意味で。
まずナチは母子家庭だった。そのことで幼少期は苛められ、自分に自信が持てず小学生になっても暗い子として扱われて、中学では過激なリンチ。相手が権力者の子供で賢いらしく、ナチは泣くばかりで何もできなかった。
しかし物語なためか、救いの手は現れなかったが、癒しの手は差し伸べられる。ナチの苛めの所為で落ちた成績を、母親は遊んでばかりでいるのだと思ったのだ。それもナチが苛められていることを隠そうと、制服のほつれなどを笑顔で友達とはしゃぎ過ぎたと言い訳していたから。それ快く思わなかった母親が、家庭教師をつけたのだ。
学校のこともイジメのことも知らずに、教師として暗い性格などに慣れているようで、まったく気にせず笑いかけてくれるその人に、ナチはその家庭教師に恋心を持つことになった。それが相手にとっては当たり前のことで、自分がどれだけ虚しい感情であったか、ナチはちゃんと分かっていた。その家庭教師には、恋人がいたから。心を開いて仲良くなり、勉強の休憩に話していた時に知ったらしい。
成績がよくなって中学も卒業に近づいた頃。もともと高校に入学するまでの契約で、その終了日。ナチは玉砕覚悟で告白した。恋人がいると知っているのに、迷惑がかかると分かっていたけど、耐えられなかった。哀しく辛い心情が表情や行動で伝わってくるのだ、こっちまで泣きたくなってくる。相手はナチとそれなりに仲が良かったため、勿論罵声などは浴びせなかったが困ったように笑い断った。ナチは、笑っていた。
今までありがとうございましたと礼を言い別れたナチは、失恋をして髪を切る代わりに何か冷たい飲み物がほしいと、家の冷蔵庫を開けて見た。でもほとんど飲み物も食料さえなく、丁度今日の夜に買い物に行こうとしていたところだった。財布を持って家を出る。近くのコンビニでジュースとアイスを買って帰ろうとしたところを。
信号無視の車に撥ねられて、即死した。
救われなさすぎで最悪の後味しか残らないそれが、夢物語とナチの全て。それら全てを一日で見たわけではなく、一週間かかった。つまり七回に分けられて、ナチの人生とその終わりを知ったわけなのだが。自分の作った夢が、こうも連続するものか? しかも物語の続編のように、繋がっているし。これは平凡に過ごしていたらないものだろう。
二つ目。陰気でも明るくもなく普通のテンションだが、毒舌だということ。
「そんなところで一人泣いているのって、寂しくない? 慰めてくれる友達いないんだ? ――……ああ、今日の騒動でもう離れていったんだね」
これは、現在の状況と共に説明させて貰おうと思う。
いつも通り多少平凡ではない私が学校から帰り、ナチが死んだ日のように冷蔵庫を見てみたけどあまり飲み物がなく――私の場合一番好きな牛乳がなかったためだが――コンビニに牛乳を買いに行った。あんまり人の通らないコンビニの裏から続く近道のほうから帰っていれば、小さな嗚咽が聞こえてきた。
あ、怪談フラグか、そーですか、さようなら。
物語の主人公か興味津々などっかのヒロイン予備軍などとは違い、私は嗚咽を気味悪く思って昨日見たホラー番組を脳裏に回れ右。夏が近いとか言え、もう夕方で薄暗い。そんな時間帯に誰も来ないような道を通り死亡、だなんて。勿論オカルト類を信じているわけではないが、怖いものは怖いのだ。
さっさと帰ろう。そしてこの怖さを思い出し、アレはなんだったのだろうかと牛乳に相談しよう。
しかし恐らく存在しないだろう神様は信仰心のない私が嫌いなようである。回れ右をして他の道で帰ろうとした私のシューズは、履いている人物の前を見ずに進むという薄暗い道で一人の女子高生がやるとか思えない行動により、傍にあった家の壁の下にある煉瓦にぶつかってしまった。その擦れた音と微妙な痛みに出した私の小さな声によって、その嗚咽が止まり静かになる。
なんと。私の人生はここで終わるのか。人外によって。既に嗚咽の正体が化け物だと決定している私の頭は混乱中。いや嘘、結構スリルを楽しんでいたりする。怖いのは変わらないけどね!
しかしこのまま帰るというのも怖いというのがモロにばれてていやだ。こうなったら自分から突撃して行こうか。
嗚咽が聞こえていた方向に足を向ければ、私が一歩も動かず何の音もなくなったことについてもう誰もいなくなったと勘違いしたのだろうか、また嗚咽が聞こえてきた。これはやっぱり泣いているんだよね。人がいると思って泣くのを一旦やめたとか、こんな誰も来ないところで泣いているんだから、誰にも知られたくないだろうなとか思うけど、私には関係ない。さあ、口裂け女かトイレにいない花子か一人自棄酒しているおっさんか?
そして、角曲がって泣きじゃくっていたのは清海高校の制服着ている男子高生でした。
目立つ黄茶色の短髪を持つのは、学校で一人しかいない。
――花島亮介。
笑った顔が可愛いとクラスメイトの女子が言っていた、お調子者のイケメンだった。その人気者な彼が、ベンチと鉄棒しかない小さな公園でマジ泣きしている。両膝抱え込んで。俯いている花島くんはどうやら私に気付いていない様子。
よし、帰ろう。選択肢には帰宅しかないのだ。
回れ右。
「………………ナチ、」
思わず振り返った。しかしその名前がすぐに私の知っているナチなのではなく、現実の那智さんのことだと分かり、再び彼の方に向いた体をどうしようか迷っていた。
那智は、九重那智のことだろう。一年のマドンナだ。彼女にはいい思い出がない。
「はあ、」
思わず溜息を吐くと、花島くんがようやく私に気付いてか、顔をあげた。目には大きな涙が溜まっており、私の顔を見た時に丁度、頬を伝って制服のズボンに落ちた。その部分だけ黒くなっていく。
そして私と言えば。
「そんなところで一人泣いているのって、寂しくない? 慰めてくれる友達いないんだ? ――……ああ、今日の騒動でもう離れていったんだね」と言って。
悪役な彼の泣き顔に惚れていた。
更新は遅くなると思います。結構に掛け持ちしているので。