92話 バストロク炎上②
「姉さんっ!」
御者台の横から頭を出して、燃え上がるバストロを見ながら、ユエは絶叫した。
ユエの姉である(実際のところは知らないが)リビがバストロクで待っているのだ。
一体何があの都市で起きているのか、4人は知る由もない。
だが、とりあえずあの都市へ向かい、報酬を貰うためにここまでやってきたあのであり、引き返す理由もない。
手綱を先ほどから持っているニッキは只管に場車を走らせる。
「早くっ!早くっ・・・」
「これが精一杯だよっ」
御者台にて座る大女を急かす少女の光景はそこそこ奇妙であったが、二人共必死に場車を走らせている。
その少し後ろの荷台にて、痩身の剣士と短身の追い剥ぎは神妙な面持ちで、燃え上がる大都市を見ていた。
「一体何が・・・」
「今まで、村が焼き払われることは幾度とありましたが、バストロクの様な都市であのような事が起きるのは、前代未聞ですね。」
「火事ですかね?」
「いえ、あの混乱よう只事ではないですよ。全体チャットの欄をご覧なさい。」
バックスはそう言って、ラヒムに全体チャット欄を見るようにと促した。
全体チャットとは普段、皆が使うようなチャットより、遥かに広範囲にチャット文を発信する欄であり、普段は大都市などでの商品の宣伝や、騎士共のよくわからに布教活動などに使われていて普段は全く見ないのだが、ラヒムがそれを開いて見てみると、一瞬にして、画面を覆い尽くすような文字群が現れた。
阿鼻叫喚とはこういうことを言うのだろう。
助けを必死に求める様々なキャラの文が現れた。
ロスト寸前で、友人や周囲のキャラに必死に助けているような文ばかりが広がっている。
「これは一体・・・。」
「戦争ですよ、ラヒム君。バストロクの中において戦争が起きている。」
バックスは今までにないぐらいの真剣な面持ちで、炎上する都市を睨んだ。
しかし、ラヒムはバックスの面持ちなど気にせず、全体チャット欄を食い入るように見つめた。
もしかすると、この膨大な文字群の中に依頼主である、ユエの姉のリビのチャットがあるかもしれないと思ったからだ。
だが、10分ほどかけてチャット欄を見たが、彼女の記述らしきチャット文は見つからない。
どれもこれも、この位置にいるから助けてくれだの、一体何が起きているのかと混乱した文ばかりである。
いや、よく見てみるとそれだけではない。
『c4にて、騎士共の小隊と戦闘中。本部に増援を求む』
とその様な文章がちらほらと確認できる。
畏まった文体とチャットを打った名に、ラヒムは見覚えがある。
長谷川のキャラだ。
まさか、彼のキャラがバストロクにいたとは知らなかったが、その様な文を見るだけで、バストロク内で何が起こっているのか、ラヒムは大体理解した。
「騎士だ。騎士と傭兵連中が戦っている・・・。」
「傭兵だけではない。鍛冶組合やら盗賊組合からも数人参戦しているようで、協力を要請する文も見受けられます。」
「本当に戦争だ。しかし、騎士がこんな大規模な事をするなんて・・・。」
「有り得なくはないですよ。最近大掛かりな徴兵をしたそうですからね・・・。」
そのバックスの発言を見て、ラヒムは昨晩の酒屋での一件を思いだし、その例の依頼とはそういうことだったのかと納得した。
騎士共の目的は知らないが、なにか邪悪なものをラヒムは感じた。
「そろそろ着くよっ!門が見えてきた。」
ニッキが御者台から叫ぶ。
馬車は既にバストロクの門が近くに見える場所までに辿り着き、その門の手前でニッキは場車を停めて、御者台から意気揚々と飛び降りた。
その声に応じて、バックスが細身の長剣を抜いて、馬車から躍り出た。
それに続いてラヒムも短剣を抜く。
ユエには馬車の中にて、待機して貰いたかったが、門の近くまで来てしまったからには、安全地帯はもうどこにも無さそうだ。
仕方なくラヒムは不安げに体を震わす、彼女を後ろで庇うようにしながら、場車をゆっくりと下りた。
燃え上がる都市の巨大な門は、まるで地獄の入口のようにも見えた。
門の前には騎士の驚異と火災の驚異から逃げようとする。
バストロク市民が都市から避難しようとしているところだった。
門の脇には普段なら不審者などを頑なに拒む門番が、この時ばかりは、誰しも構わず門を開放している。
いや、正確にはあれは門番ではない。
整ったバストロク専属の衛兵らしい鎧ではなく。
継ぎだらけの汚らしい鎧を着込んでいる容姿を見ると、どうやら臨時で番兵の職務を引き受けている傭兵のようだ。
「おいっ!」
4人が避難者を掻き分けながら、門を潜ろうとすると、門の外へ出る者を大勢見ていた門番の目に、逆に門の内へ進もうとする者はよく目立ち、呼び止められた。
「私らは友人から都市内からの救助を頼まれて、馳せ参じた者です。」
バックスがそう慣れた口調で、番兵に説明したが、彼は納得してくれず、携えた槍の穂先をバックスの喉元へ突きつけた。
「それはならねぇ。気持ちはわかるが、都市の外に出すことはあっても、中に入れるのは厳禁という上からのお達しだ。」
「なにをぉ?!」
番兵の得物である槍の穂先と同様に鋭い言葉に、バックスの横に立っていたニッキが声を荒立てて、前に進み出ようとした。
彼女の場合、怒りに身を任せ、番兵を叩き潰すのではないかと、一瞬背後にいたラヒムは危惧したが、森で聞いたニッキが人を潰すような音はせず、逆に彼女は構えたまま、一歩も番兵の前に進むことができなくなっていた。
「ならねぇと言ってるんだ。先程も似たような奴らがいたが、騎士共の増援だった・・・。返り討ちにしてやったがな。」
『手練』だと、ニッキは先程までバックスの喉元にあった穂先が、己に素早く向けられていることを知って、瞬時にそう思った。
よく見れば番兵の横には、彼の言うとおり先ほどの騎士であろう、亡骸が何体か積まれている。
「お前もそうなりたいのか?えぇ?」
番兵は鋭く己より遥かに巨大な女を睨みつけながら、言ってのけた。
装備は汚らしく貧弱だが、それを遥かに覆す実力が備わっているのがよくわかる。
「嫌なら、さっさと出て行け。この門はこのギレットが通さねぇぞ。」
ギレットと名乗った男はどっしりと構えながらそう名乗った。
奴は槍においては傭兵組合の内にて、上位の実力を誇る奴だと、ラヒムは後方で眺めながら、そう思った。
確かに奴なら、騎士の一人や二人どうってことないだろう。
だが、それを思い出した途端、ラヒムの背筋が寒くなった。
確か奴は俺の顔を知っている筈だと。
『奴の外見は汚いけど、ジレットの槍は綺麗だ。あぁ槍だけな。』
傭兵組合人事取締 ヴェニッジュ




