91話 バストロク炎上①
小林は夕方辺りに『Lamia?』へログインした。
本当なら午後一にログインしたかったのだが、昼際に数学の課題を終わらせた後に、よくよく思い出してみると、現文の課題も残っていたのだ。
それを片付けるのには大分時間を要した。
何故、いちいち小テストと抱合せに、漢字の書き取りノートまであるのか。
あんなものは中学生か、小学生で十分ではないかと、小林は担任の課題方針を心底疑いながらも、それをなんとか終わらせた。
夕食は確か両親の帰りが遅いので、地区の集まりから帰ってきた祖父と共に先ほど食べた。
歳を取ってくると早めに飯を頂きたいらしい。
こちらも食事でゲームを放置していると、卵にどつかれそうな気がするので、好都合ではあった。
ラヒムが姿を現したのは馬車の荷台であった。
昨晩の乱闘から、ユエと共に逃げるように馬車へ逃げ込んで、翌日どうするか話あったのだ。
だが、その時刻まではまだ20分ほどあったのだが、馬車は何故だか少し揺れながら動いていた。
ラヒムの今いる荷台の奥からでは、逆光でよくわからないが、御者台に誰か座っている。
直様馬車が奪われたのかと、ラヒムは思って、短剣を素早く引き抜いて、御者台に近寄ると、そこには手綱を握るユエの姿があった。
「ユエさん?」
「あら、早いですね。」
「・・まだ大分集まるまでには、時間がありますよ?」
「待ちきれなかったんです。」
ラヒムは素っ頓狂な声を出したが、それに対し、彼女は至って平静で、彼に対して脇目も振らずに答えた。
「そうだぞ。遅かったぜ。」
ふとラヒムの背後から声がした。
慌てて彼が振り向くと、そこには気怠げな顔をしているニッキが座っていた。
先程は荷台が暗くて、何かの荷物のグラフィックだと思っていた。
「なんで保護対象に、手綱持たせてるんだよ?」
「やらせてくださいって言われたからだよ。」
そうニッキは不貞腐れたように、頭の後ろで腕を組んで、荷台の幌を支える柱に背中を寄りかかる。
「あぁー・・・俺やりますよ?」
「大丈夫ですよ、任せてください。」
「いやぁでもなぁ・・・」
「いいですって」
そうユエが言い張るので、仕方なくラヒムは頭を掻きながら荷台の奥へ戻っていった。
果たして、こんな調子で報酬が貰えるのかと、たまにラヒムは心配になる。彼女をロストをさせてはいないが、前の村では負傷もさせているのだ。
本来なら、こんな屑共に嫌気がさして、どこかに逃げ出したくもなるだろうが、このゲームは娘一人で彷徨ける程甘くはない。
そんなことでもすれば、すぐに同業者たちの餌食だ。
身包み剥がれるなら、まだマシな方で、大体はロストさせてから、物を奪っていくやり方が主流だ。
しかも、そのロストしてからの転生する場所まで特定された場合は目も当てられない状態となる。
本当にシステム的に欠落しているゲームだとは思うが、それでもこのゲームに大勢のユーザーが居着いているのはなぜなのか。
きっと他のゲームに嫌気がさした、はぐれ者が集まるのだろう。
運がよければ装備の良い連中をロストさせ、組合内にて立身出世もできるゲームだ。
運以前に金や地位に大きく左右される現実よりは、そう言う意味においては、まだ希望があるのかもしれない。
「そういえばさ」
「あん?」
荷台の奥でラヒムはニッキを見上げて話しかけた。
この際に前から少し気になっていた事を聞くこととした。
「なんで女キャラ選んだの?」
「なんで、そんな事聞く」
「いや、ただ少し気になっただけ」
「色気が欲しかったから」
ニッキがそう事も無げに言いのけたので、ラヒムは目をひん剥いて彼女を見た。
『色気』、確かに彼女の口からその言葉が出た時、画面の前の小林は普段は全く使わない国語辞書をとても使いたくなった。
全身を筋肉に覆われ、腕の力のみで森賊を一撃にて葬り去る、怪力女が色気という言葉を使うのか。
一体ニッキを操作する米山の感覚はどうなっているのかと、ラヒムは心配に思った。
「色気・・・か?」
「そう色気だ」
ラヒムはもう一度ニッキを見上げながら聞いた。
なんでそれが色気なのかと聞きたかったが、それを口にした途端に脳天をニッキの豪腕に叩き割られそうなのでやめておいた。
「健康的なものなんでしょうね。」
今度は横から男の声が聞こえた。
そちらを見ると、反対側の柱に寄りかかったバックスがいた。
ローブに身を包んだ痩身の剣士は口元に微笑を浮かべている。
「今、ログインしたんですけど・・。御者を保護対象にさせるとは貴方達血も涙もないですね。」
「え。いや、それは・・・」
ここでニッキの方が口篭った。
何故だか知らないが、ニッキは彼に非常に弱いらしい。
力でねじ伏せることなど容易いはずなのだが、それでもあの痩身には頭が上がらないというのだからよく分からない。
しかし、それよりもっとよくわからないことは、その頭の上がらない奴が止めるのに、それでも村に強引に入っていたということだろう。
一体何をしたいのかわからない。
「早く代わってあげなさい。見苦しい」
「はっ・・はいっ。」
そう言って、バックスはニッキに御者をさせ、ユエを奥へ引っ込ませた。
お前はやらないのかとラヒムはそう心の中で思いながらも、何も言わずに馬車の外の景色に目を走らせた。
外は既に陽が落ちようとしている時で、黄昏時というのだろうか。
周りに広がる草原はとても薄暗かった。
「今日にはもうバストロクに着くんだよな。」
ふと御者をつまらなそそうにしているニッキが後ろを振り向いて、ラヒムに聞いた。
「あぁ、そのようだ。」
「着いたら報酬貰えるんだよな?」
「あぁ。リビさんの方からくれるんじゃないかな。」
「ほほう・・・。」
ラヒムの言葉を聞いて、ニッキは何故だか少しだけ顔を曇らせた。
それを見てとったラヒムは彼女に近寄る。
「どうした?」
「いやぁ・・・じゃぁあれがバストロクってことになるんだよなぁ?」
彼女は手綱を片手に握り、もう片方で正面を指差した。
黄昏時はそろそろ終わりそうで、辺りに暗闇が満ちてきている。
遠くの村などは小さい明かりを灯し、その場所にあることを示しているが、そのニッキの指差す先にある物は、まるでキャンプファイヤーの様に力強く輝いていた。
バストロクはフィールドの中央近くに位置する大都市であり、街灯などが明るく照らし、遠くからでもどれがバストロクかわかるようになっているのだが、それにしても輝きが強い。
ラヒムは目を細めて、遠くのその力強い輝きを見ようとした。
彼の瞳の中に、黒煙を吐き出す龍の如く燃え盛る都市バストロクが映った。
『容姿とかは関係ねぇ。要は中身だよ。』
傭兵組合人事取締 ヴェニッジュ




