84話 二人きり⑨
激しいグリダの攻撃はしばらく続いた。
一方的にラヒムは押され、気が付けば酒場の壁際までに追い詰められていた。
グリダの表情は甲のせいでわからないが、きっと満足げに甲の中でほくそ笑んでいるに違いない。その証拠に肉食獣が獲物を追い詰めた際に出すような、勝ち誇った声を出した。
「もう後がないぞ。」
ラヒムの喉元にはグリダの長剣が当てられ、もうひと押しすれば、簡単に彼の喉に兆件の切っ先が突き刺さる。
「後生だ。助けてくれ。」
ラヒムは情けない声を絞り出し、グリダを見上げた。
だが、グリダとてラヒムに仲間をロストされている身であるし、勿論容赦する訳がない。
「見苦しい奴。今になって命乞いか。」
「頼むよ・・・。俺はまだロストしたくねぇんだ。」
「巫山戯るな。ニグ達だってそうだろう。最後まで屑なやつだ。」
そして、グリダは斧を振り上げた。きっとラヒムの頭部を思いっきり叩き潰したいのだろう。
そうでもしなければ仲間の無念は晴れそうにない。
だが、その一撃の予備動作は勝利の余裕もあってか、若干遅かった。
ラヒムに言わせれば、この時が一番危ない。
窮鼠猫を噛むと言うことわざがあるが、今まさにラヒムはその鼠であり、そして、追い詰められ猫に噛み付く隙を、グリダが斧をゆっくりと振り上げた際に見出したのである。見出したのである。
「ユエさん。まだいますか?」
ラヒムは壁際に追い詰められ、今まさに殺されそうな瞬間でありながらも、呑気な声でグリダの背後で心配そうにしながらも、食器から手が離せないユエに話しかけた。
「いますよ。どうしました?」
ユエもラヒムと同じように呑気な声で返した。
彼女の方もこういう場面には、ここ数日で慣れてしまったらしい。
「これは遺言っていうことになるかはわからないのですが、あなたに一つ教えて置かなくてはならないことがあります。」
「はい。なんでしょう。」
二人の会話は専用チャットでは無く、周りにも見える普通チャット欄にて書かれた。
よってその文がグリダにも見えるのだが、わざわざラヒムの会話を邪魔せずに、今だに斧を振り上げたままでいるところを見ると、彼は外見の割にとても親切なプレイヤーらしい。
だからこそ、彼のようなプレイヤーのキャラをロストさせることは多少胸が痛むのだが、今更どうこう言える場合でもない。
「あなたはきっとこれから様々な出来事があると思いますが、今はその一つについてのアドバイスをしておきたいと思うのです。」
それを聞くと、ユエは食べ物を飲み込みながら頷いた。
緊張感に欠ける人だが、後ろを振り向けないグリダはユエの呑気さが目に入らず、少々切なげな場面だと、きっと斧を振り上げているグリダは思っているのかもしれない。
正真正銘の屑野郎にも恋人の様な存在がいて、その屑野郎が残される愛人に何か最後のメッセージを残そうとしている場面と見えているかもしれない。
感動的な場面とも言えなくはない。
だが、ラヒムにとってはこの光景こそまさに愉快で仕方ない場面だ。
確かにグリダは斧と長剣の扱いにおいては、ラヒムも舌を巻くほどの腕前だ。
だが、あくまでそれだけのことで、今まで剣技に秀でた奴など腐る程相手にしてきたラヒムにとってはその中の一つにしか数えられない。
剣技の扱いが秀でていることは無論、戦闘の勝利に対する条件には必須なことだ。
だが、必須なことだが、それが絶対条件ではない。
仲介屋はグリダの事を大した腕じゃないといったが、それはきっと全体的な意味でのことだろう。
剣技については言う事はないが、他の点があまりにもお粗末なやつだ。
まず、動きが遅すぎるということがある。
甲冑を身につけていれば当たり前のことだが、グリダのように全身に装甲を身に付け、ラヒムのような素早さを強みとするキャラを相手にするのには少々無理がある。
確かに装甲の隙間に剣を差し込むことは至難の業ではあるが、何も勝利する方法はそれだけではないのだ。
「それはですね・・・。こいつの様な甲冑着込んだ奴を相手にする場合の対処方法です。」
その文がチャット欄に映し出されたとたん、グリダはその感動的な場面をぶち壊すような発言に激昂し、斧をラヒムの頭へ一気に振り下ろした。
だが、壁際に追い詰められながらもラヒムの頭部を斧が叩き割ることはなかった。
そして、その刹那グリダの体が大きく傾き、そのまま床に倒れ込んでしまった。
一瞬何が起きたのか、ユエはわからなかったが、倒れたものの必死に起き上がろうとしているグリダを見てすぐに察しがついた。
「足回りですよ、足回りを狙えばいいんです。こいつのような重装甲だと、大体自分の力だけで起き上がれるような重さではないですからね。こうなれば楽なものです。」
つまりラヒムはグリダの斧が自分の頭に到達する前に素早くしゃがんで、グリダの足に足払いをかけて、転倒させたのである。
普通のキャラのステータスではこう上手くはいかないが、ラヒムやユエの様な小柄ですばしっこいキャラだからこそできる芸当であった。
仲介屋が言ったグリダの腕が対したことはないというのはこういう事であった。
本来傭兵組合などに所属し実戦などを積めば、次第と甲冑の有利な部分と不利な部分がよくわかるはずのだが、彼にはそれがなかった。
大体の相手にはきっと重装甲で押し切る戦法でなんとかなっていたのだろうが、腕の良いというより、一般的な傭兵組合員ならば絶対に通用しないゴリ押し戦法だ。
結局その程度の初心者に毛の生えた奴だったのである。
多方装備も貧弱なゴロツキ共を大勢血祭りに上げて、名を挙げたのであろう。
そして、もう一つ大事なことはいくら自分が勝ちそうな場面でも、手を抜いてはいけないということだ。
これは最も肝心なことで、それが無ければ正念場を制することはできない。
しかし、このことをグリダに教えてあげるつもりはラヒムにはなく。
転倒して起き上がれず、必死にラヒムに近づかれないようにと斧と長剣を無茶苦茶に振り回すグリダだったが、その得物を簡単にラヒムに取り上げられ、甲も取り上げられ、その先程まで勝利を確信してほくそ笑んでいた面に、ラヒムは思いっきり短剣を突き刺してやった。
『万能な防具なんてないよ。特にこのゲームにはね。』
~鍛冶組合所属 ドード




