83話 二人きり⑧
「一体どんな奴ですか?」
「なんであんたに言わなくちゃいけないんだよ。」
今更仕事に真面目な顔をされても困る。
ラヒムは乱暴なことをしてでも聞かなくてはならないと思い、仲介屋の喉元に素早く短剣の切っ先を突きつけると、彼は慌てて話してくれた。
「言うよ。言うから剣を引っ込めろ。まさかあんた無抵抗の俺を殺そうなんてしないよな?」
「返答しだいですよ。飛び道具を使ってくる奴じゃ困る。」
「わかった。わかったから・・奴は飛び道具を使わない。ただ甲冑装備だ。・・・あんたの腕なら甲冑着込んだ男の一人ぐらい訳ないだろ?え?」
仲介屋は脂汗を額に浮かべながら、ラヒムがそのまま喉元へ短剣を突き刺さないように、媚を売るような目で彼を見上げる。
中々図々しい奴だが、その媚を売る目は先ほどのラヒムとよく似ていた。
もう一人刺客がいるというだけで、酒の心地よい酔いが全て吹っ飛ぶような感覚を味わう。
画面の前にいる小林には全く関係ないのだが、先ほどの戦闘が終わり、一息いれだしたところにとんだ邪魔が入ってしまった。
しかも、一人だけとは言え甲冑装備は厄介だ。
装甲の隙間に短剣を差し込んで倒すような描写はよくアニメや漫画でお目にかかるだろうが、実際問題このゲームではそれは現実と同様に、相当の技術とタイミングが必要になってくる。
ラヒムにその様な技術が有るのか無いのかと聞かれれば、小林は無いと即答できる。
ラヒムは確かに素早く相手の懐へ飛び込む素早さを持っている。
装甲の隙間へ切り込むのにその素早さは必要なのだが、ラヒムにはどこかの剣技の達人のような技術が欠けていた。
つまり、ラヒムには素早さしかないのだ。
それだけでは重装甲の相手には勝てず、その為ラヒムは非常に焦っていた。
そんな焦るラヒムさらに追い詰めるかのように、酒場の扉が乱暴に開いた。
開けた主は仲介屋の言っていた通り、確かに甲冑を着込んでいた。
大体のプレイヤーはキャラの顔が隠れるのを嫌い、甲を被らないか、もしくは表情が出せる程度の甲を被っているものなのだが、今入ってきた男は、卵と同じように顔面を完全に隠しきれるタイプの物を被っている。
そして、その甲を被っている胴体は、先ほど相手した刺客達の防具や衣服とは比べ物にならないほど、頑丈そうな鉄の鎧であった。
しかも胴だけではなく、足回りと腕周りもしっかりと篭手や脛当てで固め、動くたびにまるで機械人形のような鉄の擦れ合う音を立てる。
「・・・お前がラヒムか。」
入っていた男が甲の中から声を出した。
仲介屋は先ほど怒り狂っていると言ったが、男の口調は静かなものだ。
だが、それはきっと怒りを心の内で押し殺しているのであろう。
その証拠に体は怒りによって小刻みに震えている。
「違います。」
ラヒムは仲介屋へ突きつけていた短剣を引っ込めた。
多分というか、きっと無理であろうが、重装甲の敵など一人で戦いたくなかった。
先日は卵やシシャモがいたが、今は状況が違う。
「嘘をつくな。人相に容姿、全て手配書通りの姿をしているぞ。」
「他人の空似でしょう?俺みたいな奴なんて、探せばどこにでもいる。」
「ほぉ。では床に散らかっている俺の仲間を殺したのは誰だ?」
「私は知りません。酒場に入ったらこうなっていた。別にこのゲームじゃぁ珍しい光景ではないでしょう?」
ラヒムはこの時ほど、もう少し自分の口が上手くなれば良いと思ったことはなかった。
勿論今言った事を男が信じる筈もなく、男は腰に差した斧と長剣を引き抜き、こちらへゆっくりと進んできた。
「よくも・・ニグを・・カーナを・・そしてノリスを・・・貴様だけは絶対に許さん!」
男は怒声と共に切り込んできた。
右手に握っていた斧が唸りを上げて、ラヒムを目掛けて振り下ろされる。
ラヒムはそれを横に飛んで回避しようとしたが、男の左手に握られていた長剣が回避しようとしたラヒムに襲いかかる。
間一髪のところで直撃を避けたが、長剣はラヒムの横腹を切り裂き、多少の血が酒場の床を再び汚した。
「傭兵組合に所属しながらも、同胞を血祭りに上げ逃げ出し、しかも今度は追い剥ぎ組合に所属したとは言語道断。この『腹裂きのグリダ』が成敗してくれる。」
男は腹に多少の傷を受けつつも横へ飛び退いたラヒムに激しい怒りの視線を甲の奥から向けながら、威勢良く啖呵をきった。
『腹裂きのグリダ』と聞いてラヒムはピンと来なかったが、きっと賞金稼ぎやゴロツキの間ではそれなりに名の知られた奴なのだろう。
そうでもなければ二つ名を堂々と言ってのける奴など、ハッタリ屋や気色悪い初心者に決まっているが、素早さに自信のあるラヒムを浅傷にしろ、斬り付けたのだから実力は確かだ。
仲介屋は男の腕を大したことはないと言ったが、彼の言うことは全くあてにならないらしい。
もっとも彼が真実を殺す対象であるラヒムに、真実を教える道理はどこにもないのだ。
「勘弁してください。あんたのお仲間さんを切り捨てたのは悪かった。だが、あれは不可抗力だ。向こうから襲ってきたんだ。」
無理とは思いながらもラヒムはできる限り、腰が低い口調で彼に話しかけた。
先ほどの連中なら3人いようが4人いようが構わなかったが、彼のような実力のある奴と戦うのは御免被りたかった。
「問答無用!あの世にて3人に詫びろ。屑めが」
グリダは怒声をあげながら、再びラヒムに切り込んできた。
慌ててラヒムは短剣で自分に向かってきた長剣を防いだが、その隙に斧がラヒムの脳天を叩き割ろうと襲ってくる。
それをなんとか、後ろへ飛びぬくことで事なきを得たが、グリダはラヒムに反撃の暇を与えないように、甲冑を着込んでいる割には素早く前進し、また再び襲いかかる。
ラヒムはしばらくグリダの猛攻を、短剣で防ぎ、危なくなれば後ろへ飛び退いて、隙を見出して反撃に移りたかったが、グリダはラヒムにまったく攻撃のチャンスを与えない。
彼の動きは実戦において洗練されたものであり、それは今までそれなりの修羅場をくぐり抜けてきたラヒムでさえ、舌を巻くほどの攻撃だった。
『たった数度の戦闘でも生き残れば、このゲームではベテランの域だ。大体の連中は2回目辺りでロストするからね。』
~傭兵組合所属 隻眼のジェニー




